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第77話 静寂の裏で動く刃(芽吹月二十一日・午後/カティア視点)

 城の東棟、補佐官執務区画。  私は廊下の端にある飾り棚の陰に立ち、目の前の扉をじっと見つめていた。


 中には、セディル・ヴァレンスがいる。  几帳面すぎるほどに整った文書と、仕立てのいい筆記具。  無表情な顔の奥に潜んだ計算。あの男は“綻び”を嫌う性格だ。


 だが──その綻びが、今まさに浮かび始めている。



 影紋課が掴んだ情報。  偽造帳簿、名義貸し、幽霊倉庫。  すべての記録に共通して登場するのが、彼の署名欄だった。


 「……誘い出すしかないわね」


 私は懐から、小さな印章を取り出す。  それは、かつてこの国の“裏契約”に使われた古い証印。  正規の記録には絶対に残らない“闇の契約”を象徴する刻印だった。


 「見覚えがあるでしょう? セディル」


 扉の向こう、声がした。


 「……懐かしいものを。まさか、まだ残っていたとは」


 私は扉を開けた。


 セディルは立っていた。姿勢は整い、笑みは作られている。  けれど、その指先だけがわずかに震えていた。


 「あなたがあの帳簿に関わっていたのは、もう明白です」


 「証拠は?」


 「……名簿の筆跡。あなたの“癖”が出ていたわ」


 セディルの笑みが引きつった。


 「……誰に吹き込まれた?」


 「私がこの目で見たのよ。隠しても無駄」


 その瞬間だった。


 空気が変わった。  セディルの外套の下から、見慣れない金属音。


 「...っ!」


 私は身を引いた。次の瞬間、廊下の影から──


 刃が走った。



 不意打ち。それも訓練された動き。  城内の兵ではない。殺しを知る者の動きだった。


 私は袖口から投擲用の小型刃を抜き、反射的に投げる。  相手の左肩に命中。


 しかし、動きは止まらない。


 「影を雇った……?」


 セディルは口を開かなかった。  ただ、その目が語っていた。  ──“これ以上、近づくな”と。


 私は後方へ跳躍し、距離を取る。


 アイリス。早く、来なさい。


 このままでは、“本当に消される”かもしれない。


 敵は一人ではない。  すでにこの城の中に、複数の“刃”が潜んでいる。


 やがて──城が血に染まる日が来る。  そんな未来の匂いが、足元に漂い始めていた。




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