第74話 封じられた右眼の探偵(芽吹月十九日・午前/姫様視点)
「この人……やっぱり、変わってるわね」
政務室の応接間に、妙な空気が流れていた。 正面に座るのは、黒い眼帯をした女性──カティア・グランディール。 影紋課所属という、王城でもとくに内密な調査部署の人間だ。
「あいかわらず、目立たない服が苦手なのね」
「ええ。地味な服は、精神がすり減るので」
笑顔なのに目がまったく笑っていない。 アイリス曰く、かつて“とんでもなく理屈っぽくて、ひとを信用しない人”だったらしい。 今は──少しだけ話しやすくなった、気もする。
*
「セディル・ヴァレンス補佐官代理については、監察対象として過去にも記録があります」
「やっぱり」
「正確には、“不自然な帳簿修正の多さ”と、“再契約を通した複数の業者が後に不正を起こした”ことが主な理由です」
カティアが資料を差し出す。整った文字の中に、不穏な文字列がいくつも並んでいた。
「この“オルグ・トゥリム商会”もそうね」
「はい。特にこの納品記録。毒物取り扱いに関する許可証の記載が、別業者名義と一致していました」
「つまり、偽装?」
「そう解釈できます。名義の使い回しで、毒を合法的に流し込む仕組みが成立していたと」
私は椅子に背を預け、ため息をひとつ吐く。
「思ってたよりも、根が深いかもしれないわね……」
*
午後。 カティアとの話を終えて部屋に戻ると、アイリスが報告のまとめを進めていた。
「カティアさん、変わってませんでしたか?」
「ええ。変わってたけど……やっぱり変わってる」
「よく言われます、って本人が言いそうですね」
ふたりで小さく笑い合ったあと、私は真顔に戻る。
「でも、頼れる。すごく。私たちだけじゃ限界だった」
「……はい。ようやく“反撃”の形が見えました」
「まずは、セディルの帳簿。次に、オルグ商会との接点。あと……」
「“あの場所”ですね」
アイリスが小さく言ったその言葉に、私はわずかに頷いた。
「カティアさんが提示してくれた“空白記録のあった区画”──王都南部の旧第三区画」
「……はい。そこ、記録が断絶していると聞いて……思い出しました。昔、あの街区で見た荷車の印……オルグのものに似ています。子どもの頃、何度も目にしました」
彼女の声は低く、どこか震えていた。
「そのときは、何の意味も感じていませんでした。でも、今こうして見ると──全部、そこから始まっていたのかもしれないと思ったんです」
私はそっと目を見開いた。
「……だから、確かめに行くのね」
「はい」
私の付き人は、何も語らない過去を持っている。 けれどそのすべてが、今このときの強さに繋がっているのだと── 私はようやく、少しだけ理解できた気がしていた。




