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第73話 追う者、潜む者(芽吹月十八日・午前)

 朝の光が差し込む政務室で、姫様が書類に目を通している。  私はすぐ隣で、報告書の確認と分類を行っていた。


 ──昨日までとは、空気が違う。


 城の中が、ぴりぴりとした緊張に包まれているのが肌でわかる。  毒物混入の事件から、まだ二日。  警備局は徹底した調査に入り、関係者への聞き取りが始まっていた。


 だが──まだ、犯人は見つかっていない。



 「アイリス、こっちの書類、ちょっと見てもらえる?」


 「はい、姫様」


 差し出されたのは、王都外縁部の出入り記録。  毒の原料とされる“ヒューム草”の搬入許可書が、数日前に出ていたらしい。


 「この名、覚えがあるかしら」


 「……“オルグ・トゥリム商会”。以前、宮廷納品に出入りしていた業者です」


 「ここ、怪しいわね」


 姫様の目が細く鋭くなる。  昨日の薬草茶でやられたとは思えぬ切れ味だ。


 「警備局と連携しつつ、わたしたちでも動ける範囲で調べましょう」


 「……わたくしも、動いてよろしいですか?」


 「もちろん。むしろ、アイリスとじゃなきゃ行きたくないもの」


 少しだけ笑ったその顔に、私は自然と背筋が伸びるのを感じた。



 午後、私はカレンと共に書庫の奥に保管されていた旧記録を確認していた。


 「“オルグ・トゥリム商会”は、四年前に一度契約を切られている」


 「再契約が復活したのは……」


 「三か月前、理由は“業務改善報告”」


 「その“報告”を提出したのが──」


 「……第一補佐官代理、セディル・ヴァレンス」


 ふたり同時に顔を見合わせた。


 セディル。  姫様がよく“苦手”と口にする、あの神経質な補佐官。  以前から、アイリスに対しての態度もどこか“遠まわしな嫌味”を含んでいた。


 「狙いは……個人的なもの、あるいは政治的か」


 「いずれにしても、調べる価値はあります」


 カレンは、私を見つめて低く言った。


 「この件、下手に動くと……あなたが狙われる可能性もあります」


 「覚悟の上です」


 私はもう、躊躇しない。  姫様を守ると誓った日から、この身はそのためにあるのだから。



 その夜、私は姫様に報告をした。


 「──“再契約の推薦者”として、セディルの名前が記録にありました」


 姫様は、短く「やっぱり」と呟いた。


 「この件、明日には公式に調査申請を出しましょう」


 「はい」


 「でも、わたしたちだけじゃ危ない。信頼できる第三者の目が必要ね」


 「候補が、ございます」


 「……誰?」


 私は静かに、ひとりの名を挙げた。


 その名は──ある意味、姫様以上に“ややこしい”相手だった。


 でも今は、背に腹は代えられない。


 調査は、本格的に動き出す。


 狙う者と、守る者。  交差する中で、真実の輪郭が、少しずつ姿を現し始めていた。




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