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第72話 姫様と、付き人と、苦い薬草茶(芽吹月十七日・昼/姫様視点)

 昼下がり、政務室での書類整理もひと段落し、私は小さくため息をついた。


 「ふぅ……やっと終わった……。今日の書類、なんだか地味に多かったわ」


 「昨日の警備関係の調整が影響しているのかと」


 「なるほど。毒を盛られたおかげで書類が増える……不本意極まりないわね」


 「“盛られた”という言い方は、いささか雑では……」


 アイリスは困ったように微笑む。


 「でも、私の命の恩人はあなたよ」


 「それを冗談っぽく仰られると、心がざわつきます」


 「じゃあ真顔で言うべき?」


 「それはそれで、心がざわつきます」


 ……うちの付き人、なかなか面倒くさいタイプである。



 昼食後、休憩のために私室に戻ると、すでにアイリスが“例のアレ”を用意していた。


 「……これは」


 「“薬草茶”でございます」


 「見た目がすでに茶ではなく、煮込み料理の副産物みたいなんだけど」


 「気のせいです」


 「香りも……野草をこう……踏みしめたあとの靴下みたいな」


 「それは完全に幻覚です」


 私が目を細めると、アイリスはさらに平然と注ぎながら言う。


 「姫様。これは“体を守る盾”です」


 「でも体に入れたくない盾ってどうなの」


 「お覚悟を」


 ──なぜか、騎士のような決意で差し出された湯飲み。


 私は観念して、ひと口。


 「……ぅぐっ」


 目の奥がぎゅっと締め付けられた。  魂が一瞬、別の世界へ旅立った。


 「……どうでしょう」


 「毒より衝撃強い」


 「これで免疫も強化されます」


 「味覚の尊厳は……」


 「……犠牲になったのです」


 シュールに納得するの、やめてほしい。



 その後、アイリスとともに書庫へ。  毒の出所について調べるため、記録を洗い直していた。


 「この“ヒューム系”って、貴族が使うこともあるの?」


 「使用例は少ないですが、“特定の家系”では昔から……」


 「“特定”とか怖いから! 今度家に招かれたら、真っ先にスープを疑うわ」


 「その前にティーカップの縁を拭く癖をつけましょう」


 「……侍女なのにプロの諜報員みたいなアドバイスね」


 「わたくしなりの“生存技術”です」


 「頼もしすぎる」


 でも、そんなふうに会話していると、昨日の緊張がほんの少し溶けていく。


 私の命を救ったこの付き人は──命を懸けた盾でもあり、  日常に戻るための“笑い”も、取り戻してくれる存在だ。



 その日の夕方。


 「姫様、今日の晩は、軽めにいたしますか?」


 「できれば胃がまだ薬草を咀嚼中だから、重いものは……」


 「では“回復粥”をご用意いたします」


 「なんか……ネーミングがすでに回復してない」


 「“生き延びる飯”のほうがよろしいですか?」


 「もっと勇気が欲しくなる」


 「では、“生存栄養強化食”──」


 「もうそのまま戦闘糧食って言って」


 今日も元気に、私は“毒と戦う付き人”と食卓を囲んだ。


 こんな日常が、明日も続くように。  私は、笑いながら願った。




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