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第54話 “姫様のそばに”という役目(芽吹月十二日・午後/姫様視点)

 午後、私は王宮の会議室を出たあと、そのまま足を止めずに東庭へと向かっていた。


 脇には、今日新たに決裁されたひとつの書状。  それは、私にとって特別な意味を持つ──“直属の付き人任命申請書”。


 (今なら、渡せる気がする)


 朝、スプーンを贈ったあの瞬間から、何かが変わりはじめていた。  アイリスの紅茶に感じたぬくもり。  沈黙の中にあった“ありがとう”の余韻。


 あのやさしさを、ずっと隣で受け取っていたい。  そして、私の一番近くにいてほしい。


 ──それは、わがままであり、願いでもあった。



 東庭に着くと、アイリスはすでにいつものように準備をしていた。  銀のスプーンを手に、丁寧に茶葉を計っている姿は、何度見ても飽きることがない。


 「お疲れ様です、姫様。本日はお早かったのですね」


 「ええ、今日は……あなたに渡したいものがあったの」


 私は手に持っていた書状を差し出した。


 アイリスは戸惑いながら、それを受け取った。


 「これは……?」


 「私の直属の付き人に任命する申請書。  すでに上層部には通っている。……つまり、あとはあなたが“了承する”だけ」


 アイリスは驚いたように私を見た。


 「なぜ、私などを……」


 「“私のそばにいてほしい”からよ」


 私はまっすぐにそう言った。


 「あなたの紅茶が、あなたの声が、あなたの沈黙が、私にとって“日常”になったの。  だから、それをこれからも、ずっと……そばで感じていたい」


 アイリスはしばらく黙って書状を見つめ、そして静かに、けれどしっかりと頷いた。


 「……光栄です。わたくしでよろしければ、姫様のおそばに」


 その返事に、私は思わず少し息を詰めて、それから小さく笑った。


 午後の紅茶が、そっと湯気を立てた。  その香りは、今までで一番穏やかで、優しく──そして、希望の味がした。



 「……ということは、今後は“公務”にも同行することになるのでしょうか?」


 「ええ。今後、式典や外出、公式の食事会にも。  もちろん、私の自由時間──この紅茶の時間も、すべて、あなたがいてくれたら嬉しい」


 アイリスは少しだけ顔を赤らめて俯いた。


 「……責任が重くなりますね」


 「その分、特別な立場でもあるわ」


 私はからかうように笑い、手元のカップを傾けた。


 「それに──あなたがいてくれるなら、どんな退屈な会議も乗り越えられそう」


 「……姫様」


 「それくらい、あなたを頼りにしてるのよ。……言葉にすると照れるけど」


 アイリスが静かに笑った。  その微笑みが、たまらなく愛おしいと思った。


 私はこの任命を“政務上の必要”という理由で通した。  けれど本当は、心があなたを呼んでいた。


 この紅茶の時間が、次は“ふたりで過ごす務め”になる。


 それが、とても、嬉しかった。




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