第45話 紅茶の間にあるもの(芽吹月十日・午前後半)
午前の東庭には、まばゆい陽が差し込んでいた。 私は予定より少しだけ早くティーセットを用意し、ポットの横に小さなハーブを添えた。
今日のブレンドは“やさしさの中の決意”──そう名付けたい一杯。 朝の香りに微かな芯の強さを足して、姫様の優しさに負けない味に仕上げたつもりだった。
そして、足音。 馴染みあるリズムに、自然と胸が静かに高鳴る。
「こんにちは、アイリス」
「姫様。お越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。……あれ? 今日、いつもより早い?」
「いえ、姫様が少し早くお越しになったのかと」
「ふふ、どっちにしても、会えるのが早くなったのはいいことだね」
姫様の笑顔はいつも通りで、それが少しだけ不安を紛らわせてくれる。
「本日の紅茶は、昨日より少し芯を強めました。気温も少し高いので、ハーブで清涼感を添えております」
「……うん。アイリスの説明、ほんとに癒される。味の前に心がほぐれてく感じ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
ふたりでカップを傾ける時間。 鳥の声、木々のざわめき、そして、紅茶の香り。
そのすべてが、まるで意味のある“沈黙”として流れていく。
「……ねえ、アイリス」
姫様がゆっくりと口を開いた。
「はい」
「もし、私が……ちょっとだけ、わがままを言ったら、どうする?」
私は一瞬、言葉を止めた。 けれど目を逸らさず、答える。
「内容によりますが、姫様のご希望であれば、最大限お応えしたいと思っております」
姫様はカップを置き、少しだけ肩をすくめた。
「……そう言ってくれると思った。でもね、今日のは……言おうか、まだ迷ってる」
「……そうですか」
沈黙。 けれど、それは居心地の悪いものではなかった。 言葉を探す間も、紅茶の香りがふたりをつないでいる。
「……じゃあ、また今度。言いたくなったら、言ってもいい?」
「もちろんです。いつでも、姫様のお話を聞く準備はできております」
「……ありがとう。じゃあ、その時まで、ちゃんと紅茶の名前も一緒に考えてね」
「はい。次の名前は、“まだ言えない約束”などいかがでしょうか」
姫様が、ふっと吹き出した。
「ふふっ……それ、絶対わざとだよね?」
「偶然です」
「うそー」
笑い声が風に乗り、庭の奥まで届いていく。 言葉にされなかったわがまま。 けれど、それでも少しだけ心が近づいた気がした。
次の紅茶には、どんな想いが込められるのだろう。 私はそっとポットを包みながら、その余韻を楽しんでいた。




