第44話 沈黙ブレンドと、カレンの爆弾発言(芽吹月十日・朝)
芽吹月十日。 私は朝から厨房の香りの調整に追われていた。 昨日の夜に作った試作のブレンド──仮名「沈黙ブレンドその5号」は、香りは繊細だが、味がどこかぼやけている。
「……昨日の香りのほうが、まだ輪郭があったような」
呟きながら棚から茶葉を取り出していると、後ろから元気な声が飛んできた。
「おっはよー! 今朝はもう“恋煩い紅茶”作ってるの?」
「カレン。もう少し静かにしていただけますか」
「はいはい、でもアイリスが夜にノート抱えて“うーん”とか言ってるの、もはや完全に青春じゃない?」
私は深いため息をつきながら茶葉を計った。
「真面目に、香りのバランスを整えているだけです」
「ほうほう、“好き”という感情を“やさしさ”でラッピングした香りですな?」
「意味がよく分かりません」
「そういうとこだよ!」
カレンがカウンターにどさっと座ると、いつの間にかマグカップを勝手に用意していた。
「で、今日も来るでしょ、あのお方?」
「……おそらく。いつも通りなら」
「でも昨日は“いつも通り”の顔しながら、何か言いたげだったでしょ?」
私は手を止め、思わずカレンを見た。
「……どうして、それを」
「勘よ。乙女の勘。あと、アイリスが厨房に戻ってきてから“5秒に1回ため息つく病”だったから」
「……そんなに、分かりやすかったですか」
「うん。3秒に1回のときもあった」
私は思わず頬に手を当てた。 そこまで顔に出ていたとは。
「でも、ほんとに気になってるんでしょ?」
「……はい。姫様は、いつもやさしくて。けれど昨日のやさしさは、何かが違った気がするのです」
「そういう時って、想いがにじんでるときなんだよね〜。ほら、紅茶と一緒」
「……紅茶に例えるのは、やめていただけますか」
「なんで!? アイリスの人生、紅茶でできてるようなもんなのに!」
私は呆れながらも、内心ではカレンの言葉に小さく頷いていた。
姫様の“何か言いたそうだった表情”。 あれが気のせいではないのなら──今日こそ、少しでも受け取れるようにしたい。
「……今日は、決めているんです」
「お、宣言キター! なになに? もし姫様が何か言いかけたら“わたくしは常に受信モードです”って叫ぶの?」
「叫びません。けれど、目を逸らさずに……ちゃんと聞こうと思います」
「それでこそ、紅茶の妖精」
「妖精ではありません」
カレンがふふふと笑いながら立ち上がり、ティーカップを棚に戻した。
「がんばってね。私は午後に厨房で“見てないふりしながら全力で見てる係”やってるから」
「……ありがたく」
朝の光が差し込む厨房の中。 湯気と香りの向こうで、私は自分の想いにそっと名前をつけかけていた。
でも、その名前はまだ、口に出すには少しだけ怖かった。




