表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/100

第4話 紅茶の香りと春の陽

春月二十五日――昨日から一日が経ち、東庭の花々はさらに色を増していた。


 私はいつものように掃除道具を持ち、回廊を抜けて東庭へ向かう。  前日、姫様が腰掛けていた花壇の縁には、薄紅の花びらがいくつか落ちていた。風が強かったのだろう。


 箒を持ち替えて掃き始めたとき、足音が聞こえた。  振り返らなくても分かる。もう、四日連続でその音は私の背後から届くようになっていた。


 「おはよう、アイリス」


 「おはようございます、姫様」


 姫様は今日も完璧な身なりで、まるで絵画のような立ち姿だった。  それが毎朝この裏庭に現れるという事実に、私はいまだ慣れきれていない。


 「ねえ、アイリス。今日は特別な日だと思わない?」


 「……特別、ですか?」


 「そう。今日はね、王宮で『紅茶を片手に会話を楽しむ日』よ」


 「そんな祝日があるのですか?」


 「ないけど、私が今さっき決めたわ」


 姫様は得意げに胸を張り、小さな籠を差し出した。中には昨日と同じくポットとカップがふたつ。


 「まさか……本当に紅茶を持ってこられるとは」


 「第一回よ。名付けて『東庭紅茶会』。……明日もやるかは気分次第だけど」


 「……では、昨日が“零弾”だったと」


 「おお、アイリス、冴えてる!」


 姫様はぱちぱちと手を叩いて見せた。完全にひとりで盛り上がっている。  私は静かに落ち葉を拾い集めながら、軽く首を横に振った。


 「そんなに否定しないでよ、アイリス。せっかく今日は新しいブレンドなのに」


 「ブレンド……お手製でございますか?」


 「もちろん。今日はバラの花びらとミント。ちょっとだけ蜂蜜も入れてあるの」


 「……なぜ、庭掃除に来る私のために、そこまで」


 「“そこまで”じゃなくて、“それくらい”よ。私がやりたいからやってるだけ」


 姫様はそう言って、花壇の縁に腰を下ろした。  私は少し迷ってから、その隣に立ち、手にしたカップを受け取った。


 「でも、こうして毎日あなたと話すようになって、思うのよ」


 「……何を、でございますか」


 「私、こんなに毎朝誰かに会うのが楽しみになるなんて、思わなかった」


 それは昨日までと違い、少しだけ重みを持った声だった。  私は視線を落としたまま、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。


 ミントとバラの香りが鼻をくすぐる。けれどその中に、微かに漂うのは姫様の“気配”だった。


 「……姫様。お気持ちはありがたいのですが、私にあまり期待をかけないでください」


 「……期待してるわけじゃないわ。ただ、あなたにいてほしいと思ってるだけ」


 それがどういう意味かは、私には分からなかった。  でも、姫様の声が少し照れているように聞こえたのは、気のせいではなかった気がする。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ