表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/100

第31話 紅茶の理由と、ひとつのすれ違い(芽吹月七日・午後の続き)

 午後の紅茶会が終わったあとも、姫様は珍しく席を立たずに、カップの縁を指でなぞっていた。


 「……なんだか今日は、時間が止まってるみたい」


 「午後の陽は、そう感じさせるものです」


 「違うの。たぶん……ここにいるから、だと思う」


 その言葉に、私は一瞬言葉を失った。


 「……アイリス、聞いてもいい?」


 「はい」


 「あなたにとって、紅茶って何?」


 思いがけない問いに、私はカップの中身を見つめた。

 紅茶の表面には、午後の陽がきらきらと反射している。


 「……境界、のようなものかもしれません」


 「境界?」


 「人と人との間に置かれる“静けさ”のようなものです。互いを傷つけずに、ひとつの温度を共有する……そんな存在です」


 姫様は驚いたように目を瞬かせ、それからぽつりとつぶやいた。


 「……やっぱり、アイリスって難しい」


 「申し訳ありません」


 「でも、それがいいの。……分かりたいと思えるから」


 その笑顔に、私は何か返さなくてはと思った。

 けれど言葉は、簡単には出てこなかった。


 「……姫様」


 「ん?」


 「いつも、どうしてそこまで……私に、丁寧なのですか」


 姫様は、しばらく黙っていた。


 その沈黙の中で、私はふいに不安を覚える。


 (……私は、聞いてはいけないことを)


 「ごめんね、アイリス。……本当はね、理由なんて、ないのかもしれない」


 「……そう、ですか」


 「でも、もし理由をつけるなら──きっと、最初から“そうだった”の」


 その言葉は、優しいけれど曖昧だった。


 私には、まだ理解できない“何か”が、姫様の中にある。


 けれど、それを問うには、私はまだ、その理由を受け止める準備が足りない。


 「本日は、長くお時間をいただき、ありがとうございました」


 「……また明日も来るから。今日のこと、忘れないで」


 「……はい」


 姫様の足音が、午後の風に溶けていった。


 私は紅茶を片付けながら、胸の奥に残る小さなすれ違いに気づいていた。


 それが、どちらのものだったのかも分からないまま──。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ