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第24話 手とカップと、触れそうな距離(芽吹月六日・朝の続き)

紅茶の香りが一段落したころ、姫様はふと自分のカップを持ち直した。


 「……ねえ、アイリス」


 「はい」


 「このカップ、ちょっと熱いかも。……持ち方、間違ってる?」


 「拝見します」


 私は身を寄せて、姫様の手元に目を落とす。  指がカップの側面に触れているせいで、熱が直接伝わってしまっている。


 「失礼します」


 そっと手を重ね、姫様の指をカップの取っ手へと導いた。  その瞬間。


 (……あ、近い)


 姫様の視線と、私の視線が、ほんの数秒ぶつかった。  朝の光が、カップの湯気の向こうで揺れていた。


 「ありがと……」


 「……お気をつけください」


 私はわずかに距離を取ったが、姫様はなぜか頬を手でおさえていた。


 「……熱かった、のかな」


 「紅茶の温度は適正です」


 「そっか……じゃあ、きっと別の理由だね」


 そう言って、姫様は少しだけ笑った。  その笑みは、いつもの“おちゃめな姫様”ではなく、どこかはにかんだような静けさを湛えていた。


 私は何も言わず、そっと湯を足す。


 「……ねえ、アイリス」


 「はい」


 「もし、わたしが何も言わなくても、気づいてくれる?」


 「……気づく努力はします」


 「答え、そんなに淡々とする?」


 「冗談、です」


 「……アイリスが冗談言った……!」


 小さく笑って肩を震わせる姫様。  その声を聞いて、私の中にもふっと力の抜けるような感覚が残った。


 紅茶をひとくち含む。  姫様は、湯気の向こうから私を見ていた。


 「ねえ、アイリス」


 「……はい」


 「もしわたしが“毎日来ていい?”って言ったら、どう思う?」


 「……姫様の自由意思にお任せします」


 「それ、ちょっとずるい言い方」


 「では、“来ていただけたら嬉しい”と」


 その言葉に、姫様はわずかに目を見開いて──そっと、微笑んだ。


 東庭には花の香りと、紅茶の甘さと、ふたりの間に生まれた“言葉にしない予感”が流れていた。


 いつかそれが、何かの名前を持つ日が来るのかもしれない。  けれど、今はただこの時間が、十分に“特別”だった。




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