第23話 “想いの予感”と、ふたりの温度(芽吹月六日・朝)
東庭に一番乗りするのは、すっかり私の日課になっていた。 今日も例外ではなく、私は静かにベンチのそばにクロスを敷き、準備を始めていた。
“想いの予感”。 今朝のブレンド名。 自分で名づけておいて少し気恥ずかしいが、それでも香りは優しく甘く、そしてほんの少し切ない後味が残る。
「……うまく伝わるでしょうか」
ポットの湯気に問いかけるように呟く。 そのとき──
「伝わると思うよ」
驚いて振り向くと、そこに姫様が立っていた。 白銀の髪が朝日を浴びてきらめき、その姿は、まるで物語の一頁のようだった。
「姫様……お早いですね」
「ふふ、今日はちょっと気合い入れて早起きしたの。ねえ、今日の紅茶……香りが違う?」
「“想いの予感”と名付けました。昨日とは違う余韻を意識して」
「“想いの予感”……」
姫様はその言葉を繰り返し、小さく微笑んだ。
「それ、すごく好きな名前かもしれない」
ふたりでベンチに並び、私はゆっくりとカップに紅茶を注いだ。
「今日も、ふたり分」
「はい。……姫様も、いらっしゃると信じていましたから」
「……その言い方、ずるいよ」
「ずるい、とは」
「なんでもない!」
姫様はカップを受け取り、湯気に顔を近づけてそっと香りを吸い込んだ。
「……うん。今日のは、あったかい味がする」
「温度は昨日より高めに調整しました」
「そういう意味じゃなくて……気持ちの話」
私は黙って、もうひとつのカップを自分の前に置いた。
「……アイリス」
「はい」
「昨日の夜、ふたり分の紅茶が嬉しかったって言ったけど、今日もまた……嬉しいの。だから、その……これからも、淹れてくれる?」
「……はい」
「“はい”って、それだけ!? もっと……なんか、気持ちとか……」
「はい、“喜んで”」
姫様はちょっとむくれた顔をしてから、くすっと笑った。
「よかった。……それなら、私も毎日来ちゃおうかな」
「ご自由に」
「つれないなあ、もう」
ふたりのカップから立ち昇る湯気が、朝の光に溶けていく。 その温度が、確かにふたりの間に伝わっていた。




