第22話 朝の準備と、胸に浮かんだ予感(芽吹月六日・早朝)
芽吹月六日、まだ陽も昇りきらぬ早朝。
私は、いつもより念入りに茶器の確認をしていた。 茶葉の量、温度、香り。 昨夜、寝つけなかったぶん、朝の手際は妙に整っていた。
「……今日のブレンドは、迷いますね」
私はそう呟きながら、“星の涙”の瓶に指を添えた。
けれど、蓋を開けかけて、ふと手が止まる。
(……同じものでは、だめな気がする)
昨日と同じではなく、昨日以上のものを。 それは使命でも、任務でもなく、もっと曖昧で個人的な、奇妙な感情だった。
「……今日は“想いの予感”にしましょう」
そう名づけた茶葉を選び、私は丁寧に包んだ。 棚の奥にしまっておいた小さな紅茶缶を取り出し、金のリボンをそっと巻きつける。 “プレゼント”というには些細すぎるけれど、なぜかそうしたくなった。
その頃、同じ頃。
王宮の高い塔の一室。
姫様は鏡の前で髪をゆっくりと梳いていた。 普段よりも少しだけ時間をかけて。
「……ふたり分、って言葉。なんだか、あたしのほうが嬉しくなっちゃうの、不思議ね」
鏡の中の自分を見つめながら、姫様はそっと指先を唇に添えた。
「“特別”って、こういう感じなのかな……」
窓から差し込む朝陽に手をかざしながら、姫様は微笑む。
「今日も……行こう。きっと、あの子はもう準備してるから」
扉の向こうで控えていた侍女のリーゼが静かに頭を下げる。
「姫様、ご移動のご準備を」
「ええ、東庭までお願い。……今日も、いい日になるといいな」
姫様の足取りは、昨日よりもほんの少しだけ軽やかだった。
それぞれの朝が、静かに、でも確かに動き出していた。




