第2話 また来たのですか
王城歴1349年、春月二十三日。 その日も、私は東庭の掃除に向かった。昨日と同じように、朝食の片付けを終えて、箒と籠を手に持って。
三度目の春風が、東庭を撫でていた。
敷石の間に咲く小さな草を抜き、木々の根元に落ちた花びらをそっと掃き集める。 変わらない日常。変わらない作業。 ただ、少しだけ――視線の意識が、増えただけだった。
「おはよう、アイリス」
その声に振り返ることもなく、私は小さく会釈をした。 もう慣れたつもりだったけれど、それでも“王族の声”というだけで、どこか背筋が伸びる。
「おはようございます、姫様」
背中越しにそう答えると、柔らかく衣擦れの音がした。 振り返れば、案の定、姫様は今日も花壇の縁に腰を下ろしている。
「今日もここにいるのね。……よかった」
どうして“よかった”のかは聞かず、私はまた落ち葉を箒で集める。 こうして姫様と話すのは、まだ二度目。 最初の驚きも、昨日の不思議な会話も、どこか夢のようだった。
それでも姫様は、まるでそれが当然のように、私に話しかけてくる。
「あなたって、不思議な人ね。黙っていても不快じゃない」
それは、褒め言葉なのだろうか。 私は返す言葉を見つけられず、少しだけ首をかしげた。
「わたくし、口数は多くありませんので……」
「それがいいのよ。無理に喋らない人って、心地いいわ」
姫様の声は、静かな春風のようだった。 感情を強く押し出すでもなく、どこかさらりとしているのに、言葉だけが耳に残るような……そんな声。
私はそれを、ただ“言葉”として受け取った。 感情ではなく、意味でもなく、記録のように。
姫様の言葉は、私にとっては“王族からの評価”に過ぎない。 そこに私情を差し挟むつもりはない。
「また明日も来るから。……あなたも、いるわよね?」
「はい、姫様。掃除当番が変更されない限りは」
「ふふ、それで十分よ」
姫様はそう言って、また白い花の咲く一角を見つめた。 その姿は、やはり高貴で、そして少しだけ……寂しそうに見えた。