第19話 午後の気配と、ひと匙の好奇心(芽吹月五日・午後)
午後の光が中庭に斜めに差し始めた頃、私は茶葉の棚を眺めながら、次のブレンドに思いを巡らせていた。
「“甘さ”の次は……“少しだけ、苦いもの”?」
そんな自問に首をひねっていると、背後からぬっと現れた気配があった。
「悩んでる顔、なかなかいいじゃん」
「……カレン。厨房以外でも急に現れるのはやめてください」
「え、でも面白そうだったし? ……ていうか、またブレンドしてんの?」
「明日のための準備です」
「もはや職人。いや、それどころか“想い人のために茶を練る乙女”って感じ」
「表現が飛躍しすぎです」
カレンはそれでもにやにやして茶葉の瓶を覗き込み、勝手にラベルを読んで笑った。
「これ“星の涙”? なにこれ、ポエム? 恋してるの? アイリス、してるの?」
「……原産地の名前です」
「はいはい、そういう設定ね」
呆れるような顔で私は瓶を棚に戻した。
「……姫様は、明日もおそらく東庭にいらっしゃると思います」
「で、あんたは?」
「もちろん、紅茶を」
「ふふっ、やっぱりね」
カレンは満足げに頷き、そしてふと真顔になる。
「……アイリス」
「何ですか」
「自分が、誰かに必要とされてるって、すごいことだよ」
「……必要とされているのでしょうか」
「されてるよ。あの目で毎日見つめられてて、されてないって思えるの、逆にすごい」
私は少しだけ目を伏せた。
「まだ、わかりません」
「……なら、わかるまで、淹れ続ければいいじゃん」
カレンの言葉はいつも冗談交じりで、でもその奥に、妙にまっすぐなものがある。
「……そう、ですね」
私は再び棚に向き直り、次の茶葉を手に取った。
“星の涙”。そのラベルの意味を、今はまだ知らない。
けれど、明日も姫様のために、それを使おうと思った。