第14話 午後の噂と、紅茶の香り(芽吹月四日・午後)
午後、東庭から戻った私は、茶器を手早く洗い終えると、少しだけ物思いにふけっていた。
(今日の姫様は……少しテンションが高かった気がします)
そのとき、後ろから肩をぽんと叩かれた。
「アイリス、さっきリーゼ様が厨房に顔出してたよ?」
振り返ると、そこにはユトラの落ち着いた表情。
「……何か言ってましたか?」
「んー。“いつも通り”って言ってたけど、ちょっと目が鋭かったかも?」
「……警戒されているのでしょうか」
「されてるね、間違いなく」
笑い混じりの返事に、私はため息をひとつ。
「まあでもさ、姫様の“日課”になってるのは事実だし。さっきカレンも“あれはもうアイリスの出番前提”って言ってたよ」
「……そうですか」
私は包みを畳みながら、東庭でのやりとりを思い出していた。
“いつもより楽しそう”──あれは、ただの冗談か、それとも……。
そのとき、厨房の入口から声がした。
「アイリス、午後の配達当番頼める?」
文書の束を抱えたベルンが、少し遠慮がちに立っていた。
「構いません。行き先は?」
「書庫、です」
──昨日と、同じ場所。
「……分かりました」
茶器を布で包み直し、私は静かに歩き出した。
東庭以外の時間。 姫様がいない場所でも、彼女の言葉がふと頭に浮かぶ。
“明日も楽しみ”──
(……なぜか、その言葉が胸に残るのです)