第13話 二倍トークと、ふたりの距離(芽吹月四日)
芽吹月四日。昨日の雨が嘘のように晴れ、空は春らしい青だった。
厨房での当番を終えた私は、包みを整えているところで声をかけられた。
「おっと、また東庭? ほんと毎日律儀ね、アイリス」
顔を上げると、赤毛をきゅっと結ったカレンが、いつものように肘で私の肩を小突いてきた。
「カレン……何か?」
「別に〜? 姫様の“専属”みたいになってるって、ユトラも言ってたよ。『あれはもう婚約者レベルだ』って」
「……それは誤解です」
「まあまあ、真面目アイリスが“誤解です”って言う時点で怪しいんだけどね!」
「私には任務がありますので」
そう言って包みを抱えて立ち上がると、カレンは「はいはい行ってらっしゃい」とにやついて手を振ってきた。
そんな視線を背に受けつつ、私は東庭へと向かった。
今日はすでに姫様が来ていた。 陽光を受けて銀髪がやわらかく輝き、花壇の縁で、ノートをめくっている。
「おはようございます、姫様」
「おはよう、アイリス! 待ってたわよ。今日は“二倍トーク”って決めてるんだから!」
「覚えていてくださったのですね」
「当然でしょ? しかも今日は話題カード、新作12枚持ってきたから!」
「……その熱意には頭が下がります」
姫様のノートには、“空を飛べたらどこへ行く?”“一番好きな季節は?”“今朝の夢は?”など、自由すぎる問いが並んでいた。
紅茶を淹れている間も、姫様はテンション高めだった。
「今日のブレンドは?」
「ミントとベルガモットを合わせました。すっきりとした味に仕上がっています」
「うん、今朝の気分にぴったりね。じゃあ、いくわよ! 第一問!」
姫様はカードを引いた。
「“最近驚いたことは?”」
「……昨日、厨房のユリが卵を床に落として、その上を自分で踏みました」
「それは……二重事故!」
「まったくもって不可解でした」
「じゃあ次。“小さいころの夢は?”」
「……大工です」
「えっ! なんで!?」
「積み木を積むのが得意だったので、周囲が勘違いしていたようです」
「可愛いじゃないのそれ……!」
紅茶をすすりながら、ふたりは笑い合う。
「じゃあわたしの番。“今、一番お気に入りの飲み物は?”」
「……言うまでもないでしょう?」
「うん! もう私の中で、紅茶以外の飲み物は“その他”扱いになってる!」
「それは極端では……」
「そして最後にこれ。“今日のあなたをひと言で言うなら?”」
姫様は私をじっと見た。
「“いつもより、ちょっと楽しそうなアイリス”かな」
私はそれにどう返すべきか迷い、紅茶の湯気に目を落とすしかなかった。
やがて、姫様が侍女のリーゼに呼ばれて立ち上がる。
「今日もありがとう。また明日ね」
「……はい。明日も紅茶を」
そのあと、私は東庭の落ち葉を拾いながら、空を見上げた。
風が吹いていた。 その風の向こうに、また“明日”がある気がした。