ep3-だからどうか私の趣味に付き合ってくれ-
私の幼少期のころからの死骸への偏執は、十年以上の時を経て変質し、殺人への渇望になった。
最初のターゲットは高校のクラスメイトにした。名前は憶えていないが、髪を短く切りそろえた、真面目そうな男子だったのを覚えている。
放課後先生に呼ばれたと認識させ、空いている教室へ自分で行かせる。それから数日間休んでいた日の補習だと認識させて、椅子に座らせて何時間もそのまま待機。彼から時間への認識と疲労への認識を取り除き、学校から人がいなくなるまで座ったままにする。
その間、ここに近づく人間にここに教室は無いと認識させ、教室に入らせない。
学校から人がいなくなった後は彼の認識を元に戻し、意識を外に向けさせてから、教室内に化け物がいると認識させる。
多分だが、彼には自身より大きい十本以上の足を持つ蜘蛛のような怪物が、人間の死骸を口にぶら下げたまま背後に居るのが見えたのではないだろうか。
勿論私の視界を保つために電気は付けたが、彼にはこの明るさを暗いと認識させ、周りの様子もよく認識できないようにしてある。
暗闇で、周りはよく見えないのになぜかハッキリと認識できる人を食べる化け物。
あの時の彼の表情は最高だった。分かってはいたが、興奮が止まらなかったよ。
そのまま、彼は悲鳴を上げ逃げようとするが、どうやら腰が抜けたようで、椅子から転げ落ちた。
ああ、あの悲鳴も最高だったな。不覚にも達しそうになってしまったよ。
興奮は収まらなかったが、メインディッシュが残っていると気を取り直して、手にしていた刃物を、彼の左胸に一突き。
肉を切り裂く感触、彼の痛みに驚く目、死への恐怖に歪む表情、滴る血の匂い。今でも鮮明に覚えてる。
思い出だけでもご飯三杯は軽いだろう。
恐怖に歪んだ表情で、色んな液体を体中から出して、そのまま彼は死んだ。
私はそれを見て、悦に浸っていた。
その後は乱れた自分の服装を整えて、彼の死骸はその場に放置して、家に帰った。
勿論、次の日は騒ぎになった。
警察がやってきて現場検証などを行い、置いてきた凶器からも私の指紋が検出された。しかし、警察は検出された指紋を彼の指紋だと認識した。
結果、私には何の影響もなかった。
どうやらいじめの捜査なども行われたそうだが、学校に行っていない私には関係ない。
結局彼の死は自殺とされ、周囲もそれを自然だと認識した。
高校を卒業した私は、働きに出た。大学に進学する意味を見出せなかったのだ。
と言っても、私は就活などしていない。
適当な会社の人間に就職していると認識させ、私が仕事をしていなくても私の口座に毎月お金が入る仕組みを組み立てた。
正直、お金は有ってもも無くてもどっちでもいい。払う機会が有ったとしても、払ったと認識させればいいし、何なら別に私を認識できなくして持ってきてもいい。
ただのスーパーに自動照準の防衛機構は無いだろうし、普通に暮らすだけならばその方が安全である。
しかし、現代社会は自動化の波が押し寄せている。人にお金を手渡しするのならばいいが、機械にお金を入れるのを今は誤魔化せない。
しかも私の戸籍から色々探られると、核心には至れないだろうが、かなり不整合な事実が出来てしまう。
普通の枠に嵌まっていた方が現代社会は行きやすいのだ。
そんなこんなでたまに殺人などを楽しみつつも普通に暮らしていた私。
しかし、何事にも飽きというものは来るのである。いろいろ趣向を凝らしてみたりもしたのだが、初めての時のような快感は得られなくなっていた。
その時の私は二十四歳。魔法が発現してから十年が経とうとしていた時だった。
起きている時も寝ている時も、ほぼ全ての時間魔法を発動してきた私の魔力は、既に世界中の人に魔法をかけるのに何ら問題ない量を宿していた。
そこで思いついたのが、世界の認識を書き換えることだった。
より残酷に、より凄惨に。今よりも血が流れる社会が見たい。
そうなれば、きっと今よりも満足できる。
だからこそ、私は世界を狂わした。
一応、平和に暮らしていた人には申し訳ないと思っている。
しかし、だがしかし、だ。
一度聴いたら止まれない。一度浴びたら戻れない。一度味わったら忘れられない。そんな狂気が私を掴んで離さないのだ。
だからしょうがない。しょうがないのだ。
だから、どうか私の趣味に付き合ってくれ。
な、少しぐらい、いいだろ?
よくねーよ、だって?
まあ、先ほども言ったが、私に「認識の魔法」を与えた世界を恨んでくれ。
……ところで、なぜ君の疑問に私が答えられるのかって?
おいおい、私は認識の魔女だぞ?
私を認識している相手を、何故私が認識できないと?
その繋がりを通して私の声を認識させるなど次元の壁があっても簡単さ。
ああ、心配しなくても、この繋がりが無ければ私はそちらへ干渉できない。安心してくれ。
まあ、今はな。
最後までお読みいただきありがとうございます。