05 デメリット無き結婚?
「俺はお前を愛することはない」
公爵邸にやってきて5日。
ずっと応接室で放置されて末に、やっとやってきた旦那様が私に向けた言葉がこれである。
思わず殴り飛ばして、待っている間にシミュレーションをしていた王都制圧リアルタイムアタックを実行してやろうかと思ってしまった。
「お前の噂は聞いている。我家の名声を落とすように真似や、俺の手を煩わせるような行動をしない限りは好きにすればいい」
「……好きに? 本当に好きにしていいのですね?」
「二言はない」
「分かりました。……ところで、世継ぎはどうされるつもりですか?」
「問題ない。弟夫婦に子が生まれたら、そちらに公爵家は継がす。故に子供の事で、俺に取り入ろうなどとは考えないことだ」
「――少しお待ちくださいませ」
結婚した際に、旦那さまから色々と成約を言ってくる際は、きちんと文面で残すようにと、お母さんからアドバイスを受けている。
マネットに持たしていたトランクケースから、王国正式契約書を取り出して、ペンを走らせた。
書くことは三点。
1.サタナキア公爵家の名声、または公爵様の手を煩わせない限りは自由にしていい
2.公爵家を継がすのは弟夫婦の子供にする為、夫婦としての夜の営みを求めない
3.1と2以上の事は互いに求めない。
実際は貴族らしく長く回りくどく書いたけど、要約するとこの三点を記載した用紙を旦那様に見せた。
「でしたら、後々で言った言わないで揉めないためにも、こちらにサインをお願いいたします。私と旦那様。それと執事の方のサインがあれば宜しいでしょう。ああ、原本は旦那様がお持ちください。私は予備で構いません」
ざっと目を通した旦那様は、一言「いいだろう」と言ってサインを行い、続いて執事もサインをした。
一番上の原本と予備1枚目は旦那様が取る。
効力を発揮させるため、旦那様が法務省に提出してくれるらしい。
予備2枚目は私が取り、予備3枚目は執事が取ると、旦那様は別れの挨拶もなく部屋を出ていった。
「――それではリコリス様。お部屋へご案内いたします」
……奥様ではなく、リコリス様、ね。
まあ、旦那様の対応を見ていたら仕方ないとは思うけど、ちょっと執事としてどうなのよ。
執事に案内されたのは、公爵邸敷地内の隅にある建物。
扉を執事が開けて中を見ると、ベッドと机と衣装棚しか置かれてない、まるで宿屋のような簡素な部屋だった。
「こちらがリコリス様の部屋となっております」
私に鍵を手渡すと、執事は去っていった。
執事が本邸に入っていく事を確認した私は、ため息を吐いて用意された別邸へと入る。
とりあえずカーテンが締まっているので開けると、窓には鉄格子が嵌められていた。
「さすがは実家が嫁ぐように言ってきただけはあるなあ。扱いが悪いのは覚悟していたけど、ここまでは思わなかった」
ベッドに腰掛けて現状を整理する。
「旦那様とか公爵邸の執事の対応は最悪で腹が立つけど、現状、デメリットがほとんどないんだよね」
旦那様から自由にしていいというお墨付きを貰え、夫婦の義務を果たさなくてもいい。
更にそれ以上は求めないという契約があるから、公爵夫人としてサロンやお茶会を開いて、社交界という権謀術策が飛び交う斗いに挑む必要もなくなった。
住むことになった公爵邸の敷地の端っこで日当たりの悪い小屋だけど、こっそり抜け出す分には最適な場所だから問題もない。
自由にして良いと言ってくれたのだから、魔大陸同様に探索者・弐代目ヴァサラとして過ごすことが出来る。
用意してくれたこの場所は、雨風が凌げる寝所程度に考えておこう。
……王都って宿屋もそこそこするらしいから、ただで寝所を確保できたのはラッキーなのでは?
あ、一応、ちょっとした工作はしておこうかな。
「『お前は「メア」じゃあない』」
ずっと付き従っていたマネットに対し、確信を持って見つめてそう言うと、グニャグニャと音を立て元の木目調の人形へと戻った。
マネットを戻すには、確信を持って変化している者ではないと宣言をする必要がある。
次に指先を少しだけ爪で切って血を出すと、マネットへ血を与えると、先ほどのような音を立て、今度は私そっくりに変化をした。
服装は……メイド服でいいや。
ちょっと胸元が寂しくて、屈んだら見えるだろうけど……屈むようなことはないから大丈夫。うん!
それに鉄格子で塞がれた窓一つしかないのだから、外からは伺う事はできない。
「操者、ヴァサラが命じる。『扉をノック。または開けようとする』者がいた場合、次の言葉を発せよ。『公爵夫人としての命令です。私のことは放っておいてください』」
マネットは頷いた。
一応、試しておこうかな。
扉をノックした。
「『公爵夫人としての命令です。私のことは放っておいてください』」
次に鍵をかけてドアノブを回して開けようとして音を鳴らしてみた。
「『公爵夫人としての命令です。私のことは放っておいてください』」
執事の対応を見ていると、こう言えば深追いせずに去っていくだろう。
いやー、冷遇も悪くはないよね。
中途半端に厚遇されていれば、こんな子供だましの工作では見破られていただろうからさ。
できる工作は限られるので、これぐらいでいいだろう。
それじゃあ、王都の探索者ギルドに行って、王都でも活動できるように登録しようかな。
トランクケースから探索者用の衣装を取り出して着替えた。
やっぱりドレス姿よりも探索者のズボンスタイルの方が、私には似合っている。
扉がある反対側にある窓に向かい、自身を振動させることで、壁を抜けた。
お祖父様曰く、なんでも物質は原子という最小の粒で構成されているので、自身を透過することで擦り抜けができるらしい。
これを上手く活かせば、どんな攻撃も擦り抜けさせることが出来るのだとか。
実際にお祖父様に殴りかかった際は、これをやられて、まるで空気を殴っている感じで、苛つかされたのはいい思い出だ。
たしか「トンネル効果」がどうとか言っていた気がする。
色々と理論詰めて言ってきたけど、私は感覚派なので、ほとんど理解はできなかったので、説明は上手く出来ない……。
小屋から外に出た私は、魔力を纏い、姿を見えなくした。
お祖父様曰く、光を屈折させることで姿を見えなくする事が出来るらしい。
あくまで姿を見えなくするだけで、気配とかは残るので、そこは修練で消すしかないのだけど……。
まあ、暗殺者並みに気配遮断は身に着けさせられましたけどね?
旦那様が会いに来るまで放置されていた5日の内に公爵邸の全てを感知による索敵済み。
脱出用と思われる地下通路も、公爵邸にある地下部屋や秘密部屋も全て把握している。
姿を消した状態で裏口に向かい、公爵邸を普通に出ていくと、私は探索者ギルドへと向かった。
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