02 出立
誤字報告ありがとうございます。
「それじゃあ、お母さん、ナイト、メア。行ってきます」
オーティスとお別れをした翌日。
私は魔大陸の深淵部分にある自宅の前で、お母さんとナイトとメアの従者2人と別れの挨拶をしていた。
「――リコリス。本当にいいの。もし嫌なら今から私が直接あの人の下に行って説得するけど」
少し殺気を漏らしながらお母さん――エアリア・ウルガストンは言った。
実は私は貴族令嬢で、一応は伯爵家長女という立場だ。
伯爵当主……私のお父さんとお母さんが結婚して、私が生まれてからしばらくしてお母さんが魔力欠陥症を患った。
魔力欠陥症とは、身体の魔力がまるで穴の空いた風船から空気が抜けるように常に出ていく状態のことで、治療法はなく、延命手段としては魔力の濃度が高い場所で住み続けるしかない病気。
患った人の魔力総量によって住む場所は変化する。
お母さんは、運悪く魔力総量が大きかった事で、魔大陸ぐらい魔力が濃い場所しか生きる事ができなくなり、お母さんは伯爵邸から魔大陸へと移り住んだ。
私は伯爵家の長女だった事もあって、お母さんについていく事もできなかった。
お母さんが魔大陸へ移住して数日して、お父さんが男爵令嬢と子どもを連れてきた。
子どもはフラリスといい、私の異母姉妹らしい。
仲良くするつもりではあったけど、あの人が来てからというもの、伯爵家での私の扱いは最悪へと変化した。
部屋は倉庫に移され、食事もそこで一人だけで食べるようになった。
初めの内は使用人たちが気を使ってくれていたけど、その使用人たちも徐々にいなくなり、運ばれてくる食事も少なくなっていき、最後のあたりは腐った残飯を出されていた。
……それでも、今にして思えばお祖父様との修行時代と比べたらだいぶ天国だったのだけど。
しばらくそんな状態が続いていたある日、
『リコリス。私はもうお前を愛さない……。私の、子どもはフラリスだけだ。長女という立場のお前がいると、フラリスが自由に生活できない。邪魔なお前は伯爵家から出ていき、エアリアの所へ向かい、二度と私の前に姿を現すな』
お父さんから突然言われ、使用人も、荷物も持たされず伯爵邸から追い出された。
追い出されて呆然とする私に声をかけてくれたのは、お祖父様だった。
どうやらお母さんが私の現状をどこからか聞いて、伯爵邸から連れ去ってくるようにお祖父様に頼んだという。
お祖父様との魔大陸までの冒険は、刺激的な毎日だった。
魔物や盗賊などを瞬殺する圧倒的な強さ。
中でも、私の脳を焼いたのは、魔大陸に行く海上で、黒冥龍というSランクモンスターが出現。
黒冥龍が放った黒い閃光を、拳の一撃で無効化すると同時に黒冥龍を肉片へと変えるところを見た瞬間に、私はお祖父様への弟子入りを志願していた。
――自ら望んだとは言え、お祖父様の修行は地獄だった。
いや、地獄の責すらもお祖父様の修行からすれば生温いかもしれない。
正直言ってどんな拷問を受けても、口を割らない自信だけは誰にも負けないぐらいだ。
「お母さん、心配し過ぎだってば。私はヴァサラの名を継いだ弐代目拳聖だよ」
「ええ。貴女はお父さんの元で修行して遥かに強くなったわ。――私やナイトとメアが本気で闘っても、リコリスに勝ち筋が見えないもの。でもね、親にとって貴女はいつまでも子供なの。……だから、もしも何かあったらいつでも此処に帰ってきなさい」
「うん。ありがとう、お母さん」
車椅子に座っているお母さんを抱きしめた。
あ、別にお母さんは足が悪いわけじゃあない。
魔力欠陥症により放出される魔力を、車椅子に搭載されている魔石が吸収して動力としている形だ。
包容を終え、お母さんの左右に立っている執事姿のナイトと、メイド姿のメアへ話しかける。
「ナイト、メア。お母さんのことを宜しくね」
「……お嬢様。やはり俺かメアを連れて行ってくれませんか」
「ナイトは心配性だね。もしも王都でなにかあったら、友達のオーティスも助けてくれるから安心してよ」
「…………」
「ナイト?」
「お嬢様。ヘタレな愚兄は無視しておいて構いません」
「誰がヘタレだ!!」
「こうなる前にさっさと気持ちを伝えておけばよかったのに、ウジウジとして先延ばしにしたのが今の結果でしょう。ヘタレと言われる事が嫌でしたら、世間的にそういう男性をマダオと呼ぶそうですよ。今日からナイトではなくマダオと名乗ってはどうです。自己紹介もできて一石二鳥ではないでしょうか」
「誰が名乗るか!! お前はもう少し実兄を敬えっ」
「ハッ。敬ってほしいのであれば、行動によって示してくださいませ、お兄様?」
「ッ」
冷笑をするメアを睨みつけるナイト。
この2人は、本当に仲がいいなぁ。
ナイトとメアは追放されて魔大陸へとやってきた。
本人たちは語らないので、私は詳しく聞く事はしてないのだけど、教養などからして何処かの貴族だったと思う。
まあ、追放先が魔大陸というのは珍しい話じゃあない。
アレクサンダラには百ほどのマフィアやギャングがいて弱ければ食い物にされ、嫌で街から出たら魔物に食われる。
邪魔な人間をこの世から消したい場合に、手を汚さずに消す事が可能であった。
ナイトとメアは、アレクサンダラでマフィアに連れ去られる所を機転で脱走。
森に逃げ込んだところ魔物に襲われて死にかけていた所を助け、深淵にある実家まで連れていき、お母さんと一緒に治療した。
あの頃は未熟で、他者を癒やすことはできなかったので、お母さんの協力を得てなんとか治療する事ができた。
傷が癒えた2人は恩を返したいという事で、家に住むことになった。
私は反対した。
魔大陸の深淵部分で過ごすには、武力も魔力も低すぎて、ちょっとした事で死にかねないからだ。
『なら、リコリス。お前が鍛えればいいじゃろう。まだまだ未熟者ではあるが、他者に教えるとによって自身もまた成長することもある』
師匠であるお祖父様に反論する事ができずに、私はしかたなく2人を鍛えることにした
実際、2人を鍛えている最中に私も自分の未熟な部分を見つめ直せて成長することができた。
「しかしお嬢様。お兄様の私欲塗れた言ではないですが、嫁入りで従者一人もつけていないのは、相手方から侮られる一因にもなります」
「その点は大丈夫。お母さんから「マネット」を譲り受けたから、それを従者のフリをさせて凌ぐつもり」
マネットは中層部分に出てくるCランクのパペット型の魔物だ。
血を与えることで、血の元となった相手へ化ける事ができる。
ただあくまで姿形を真似るだけで、能力などは再現する事ができず、行動も1つ2つ程度しかやらせる事ができないのが残念なところ。
従者としてただ付いてくるだけなら、マネットで十二分だ。
それに結婚相手は、私を蔑ろにしてきた実家が言ってきた嫁ぎ先。
絶対にまともなところじゃあない。
別に私に対して何かしてくる事があった場合は対処できるけど、もし連れて行ったナイトかメアが、なにかされたら私は自分を抑えきれる自信はなかった。
王都で号外が飛び交うような事態を避けるためにも、向こうの状況が分かるまでは一人の方がいい。
「まあ、それにお母さんがキレた際はナイトとメアで止めて欲しいから、2人には残っていてほしいんだ」
「……リコリス。私はあまり怒ったりしないのは、知っているでしょう」
「でも、お父さんに関してはツーアウトだから、次、私に対して何かして来たら怒るよね?」
お母さんは笑みを深めるだけだった。怖い。
とある国に「仏の顔も三度まで」という言葉がある。
それに合わせてかお母さんは、二度までなら許すけど三度も繰り返せばガチで怒る。
怒ったお母さんは、やっぱりお祖父様の娘なんだな、と感じるぐらいにすごい。
「まあ、だから、2人にはお母さんのことを色々な意味でお願いするね。その方が、私も王都で安心して過ごせるからさ」
「……かしこまりました」「任せてください、お嬢様」
2人の返答に頷いた私は、ポケットから笛を取り出して吹く。
音はならないけど、これはそういう仕様だ
少しして、私達は大きな影に覆われ、その物体が私達の近くへ舞い降りた。
黒冥龍。
かつて私が魔大陸へ来る際に、お祖父様が一撃で斃した龍の転生体……らしい。
何度か挑まれてくる度に返り討ちにしていると、そのうちになんだか懐かれて牙をくれた。
どうやら龍の牙を特殊加工すれば龍笛と呼ばれるアイテムになるようで、その龍笛を吹けば、今回のように来てくれる。
牙と大本のである龍とは繋がっているようで、それを吹くことで自分を呼んでいると伝わるらしい。
「それじゃあサタン。乗せていってくれる?」
サタンは大きく鳴いた。
因みにサタンという名は、とある国の神話に出てくる神に反逆して地獄に落とされたものの別称らしい。
ヴァサラ流には転移術として『水鏡』というものがあるけど、魔大陸の外と内では空間が歪んでいて、移動することが出来ない。
お祖父様が言うには、魔大陸の魔物が空間転移で外に出ていかないための処置として施されているとのこと。
そのため初めは普通に船旅を楽しむつもりだったけど、今朝早くに二通の手紙が届いたことで移動手段を変えることになった。
一つは、オーティスからアレクサンダラで私に対して仕返しをしたい探索者やマフィアやギャングが集まっているとのこと。
一つは、各ギルド長の連名で、アレクサンダラを通らずに魔大陸を出ていって欲しいとのこと。
私と闘いたいって相手を無視するのは悪いから、ギルドの要請は無視して、全員を倒していく事も考えた。
ただそうすると、アレクサンダラ全体が騒乱となって、船の出港が遅れたりするのは確実。
――オーティスは一年ぶりに奥さんの所へ帰るのに、それを遅らせるような事はできないよね。
こうして私はサタンに乗って空の旅をしながら、ゴエティア王国王都アヴァニスへと向かうことにした。
私は地面を蹴り飛び上がり、サタンの背中へと着地すると、三人に向けて手を振りながら言った。
「それじゃあ、行ってきます!!」
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