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18 手っ取り早い手段

 オーティスが呼びに来たので付いていくと、幾つものシートが敷かれ、その上に見覚えがある使用人たちが横になっていた。

 なんだか死んでいるようだ。


「え。こわ。公爵家に歯向かった者は、問答無用で即・殺・斬?」


「リコリス。人聞きが悪いことを言わないでくれ……。多少の事情聴取はしたけど、殺すまではしていない」


「冗談冗談。仮にも私はS級の探索者だよ。死人と生人の違いぐらいは分かるってば。それで、どういった状況?」


 オーティスに問いかけると、この使用人たちの事を教えてくれた。

 事情聴取(躰のダメージを見るからに暴力込みだろうね)をしている時は「リコリス・ウルガストンだからやった。自分は全く悪くない」という意味不明な主張を声高らかに叫んでいたようだ。

 特にジオラグはかなり私に対して罵詈雑言を言っていたらしい。

 オーティスは何度も嗜めるものの、一向に改善されなかったようだ。

 埒が明かないと、次の行動を考えて実行しようとした矢先に、うめき声を上げて倒れたという。

 王城に常駐している医師に見てもらっても、原因は不明のようで、私ならどうにかできるかもしれないと考えて、連れてきたらしい。


「リコリス。彼らは酷いことをしたと思う。元に戻ったら望むようにしよう。原因を探って対処してくれないか?」


「別にいいよ。酷いことって言われても、子どもの悪戯レベルだから、あんまり気にはしていないし」


 どうせなら毒を盛ったり、短刀などで暗殺してきてくれた方が、よっぽど真剣に相手をした。

 残飯や料理の失敗を渡される程度で怒るほど、私は狭量じゃあない。

 そもそも探索者をしている以上、腹を満たすためには、なんでも食べる事が癖づいているので、特に気にはならなかった。


「まあ、ちょっと驚いたのは、そっちの大浴場で入浴していると、男の使用人が何人か一斉に入ってくる事があったぐらいかなぁ」


「「は?」」


 おお。旦那様とオーティスの声がハモった。


「あ、先に言っておきますけど、何もありませんでしたからね? 気配を消さずに脱衣所に入ってきた時点で、察したので、後々で不貞を疑われて、私の方が有責離婚されるのは嫌だったので、肌は男女問わずに使用人には晒していません」


 そもそも、覗くにしろ、不埒な行いを考えているにしろ、水がある場所で私にどうこうするとか無謀もいいところ。

 まだ裸でワイバーンに挑んだ方がマシってレベル。

 私が魔力を込めた水滴は、オリハルコンやアダマンタイトさえ貫く。

 未遂だから何もしなかったけど、もしも本気でやる気なら、相手は身体中を水滴で穴だらけになっていた。


「……因みに君の入浴中に押し入ったのは、どの使用人だ」


「旦那様。何も無かったといいましたよね。バチバチと煩いので落ち着いてください」


 全く……私の夫気取りですか。あ、旦那様だった。

 まあ、それは置いておくとして……。

 シートの上に寝かされている使用人の一人――たぶんジオラグの躰に触る。

 魔力の過剰消費によって精神がかなり擦り減っている状態。


「――これは、何かに取り憑かれていたっぽいなぁ」


「取り憑かれていた? ゴーストとかか?」


「ううん、違う。ゴーストなら生気が失われるけど、この人たちはそんな様子はない。それに、天使や悪魔でもない」


「……天使や悪魔か。そんな存在が実際にいるのか?」


「いますよ。まあ、天使は融通の効かない真面目系委員長。悪魔は力を持った不良系クソガキ。面倒だから会いたくはないですね」


 オーティスと旦那様の問いに答える。

 憑かれていたモノに関しては、全く分からない。

 ゴースト系、天使、悪魔とかなら、魔大陸や向こう側でも取り憑かれたのと対峙したので、幾ら上手に隠しても把握できる。

 でも、何れも私の識っている気配とは全て異なっていた。

 ……触れてフルアナライズして分かった消耗具合からして、かなり長い期間――数カ月は取り憑かれていたと思う。

 数ヶ月。数えるほどだけど、何回か顔を合わせたにも関わらず、取り憑いていると分からなった。

 ――――少しだけ悔しい。


「いつもみたいな感じで治してやっくれないか」


「……ちょっと厳しいかな。あ、嫌がらせを受けた仕返しに治さないって言っている訳じゃあないよ」


「なら、どうしてだ?」


「私のは治癒力を増幅させて治している訳じゃなくて、因果律を操作して元の状態に戻しているんです。だから、取り憑いていたものがいなくなった状態で、いつもの感じで治したらどうなると思います?」


「まさか、憑いていたモノも、同じように戻って来るのか」


「はい。だから、今回は私ではなくて、王城にいる治癒師にでも声をかけて治してもらった方がいいですよ」


「……取り憑いていたモノを、憑き戻す事ができたら、そこから今回のことに対する黒幕を探ること可能か」


「――――可能か不可能かといえば、可能です。でも、やりませんよ。私は、躰の方は細胞さえ残っていれば元に戻せますけど、精神や魂はまだ戻せるレベルじゃあありません。憑いていたモノが戻ってくる事で暴走して、精神を病むことにでもなったら、私は責任を取れません」


 身体の傷は体験があるので戻す事は出来るけど、精神(心)の傷や、無くなった魂を元に戻す事はできない。

 まあ、お祖父様なら出来るけどね。

 お祖父様は精神崩壊した者、死んだ者も、完璧に戻すことができていた。

 ……私ができないのは、単純に経験不足。

 対精神用の攻撃には何千ものプロテクターやファイヤーウォールを構築しているので、呪詛などで精神に対してダメージを受けることがそもそも無かった。

 殺される前に、相手を斃していたので、私は死んだことがない。

 精神ダメージを受けたり、死んだりして、実際に身を持って経験を積めば、そのうちに出来るとは思う。たぶんだけど。


「リコリス様。我が愚息に、その業を使用してくれませんか。全ては私が責任を取ります」


「誰?」


 旦那様に私が治している業のデメリットを説明していると、燕尾服を来たイケおじ様が話しかけて来た。


「申し遅れました。私はジオラグの父親、ジオン・ラインスと申します。この度は愚息が大変失礼を働き申し訳ございません」


「あ、いえ、大丈夫です。実害はほとんどありませんでした!」


 この二ヶ月は公爵夫人としの実務を全く行わず済んでいたので、デメリットよりもメリットが大きかったぐらいだ。


「此度の失態で失墜した名誉を挽回させるためにも、サタナキア家に喧嘩を売ってきた者を突き止める一役を、愚息に担わしていただきたい」


「で、でも、ですね? 憑依系を戻すのは、さっきも言いましたけど、生死に関わる危険が」


「承知の上です。愚息も、このような行いをした以上、どんな形であれ責を取ることは免れません。でしたら、せめて命を賭して少しでも名誉を挽回させていただきたい」


「ぅぅ。旦那様! オーティス! ジオンさんを説得してくれない?」


 眼光が引く気がない事を物語っている。

 覚悟が決まりすぎているッ。

 これは説得するのにも骨が折れそう、そもそも、私では無理っぽい。

 ここは知り合いである二人に説得をしてもらおうと、声を掛けると視線を外された。


「え、2人共……。どうしたの?」


「あー、前公爵の父さんは職務で忙しくて、中々、兄弟の相手をしてくれなかったんだ。そんな中で、父親代わりに俺達を教員してくれたのが、ジオンで――。まあ、説得するのは無理だ」


「いやいやいや。諦めないで説得っ。旦那様は!」


「キリディス様。この度は愚息が勝手をしてしまい申し訳ございません。――ただ、二ヶ月も新妻を放置して、公爵邸にも一度も顔を出さないのは、どうゆう心積りだったのでしょうか」


「それは、だな――」


 あ、旦那様はジオンさんに少し説教をされていて、説得は無理っぽい。

 こうなったら、さっさと治療しようかなぁ。

 確かに何時もみたいに、因果律を操ってする回復する手段は取れないだけで、精神疲労を回復する手段は別にある。


 ヴァサラ流奥義・高御産巣(タカミムスビ)

 巨大な神の樹を産み出して、辺り一帯を神域と化して様々な回復効果を創り出す。


 問題は……これを使用したら、魔力がスッカラカンになって、魔力残量0の状態となってしまう。

 それを好機にと攻めてきてくれたら対応をやりやすいけど、今までの行動からして、それだけじゃあ攻めてきそうにない。

 たぶん99%ではなく、100%、いや、120%の勝率がないと、攻め気を出してこない気がする。

 だから、色々な事をしている黒幕に辿り着く手っ取り早い方法は、憑依した存在を元に戻すことだけど、リスクをとってまでしようとは思わない。


「リコリス様」


「あ、はい。なんでしょう、ジオンさん」


 思考に耽っているとジオンさんが、話しかけてきた。


「リコリス様。貴女様は公爵家の女当主。ジオンと呼び捨てで結構です」


「……わかりました。ジオン」


「先ほど、キリディス様と話し合いをした結果。憑依したモノを愚息に戻してください」


「ちょっと、旦那様!!!」


「……今のところ、その方法が一番手っ取り早い。サタナキア公爵の内を好き勝手された以上、速やかに犯人の目星をつける必要性がある。もし、ジオラグに何かあっても、キミが気にする必要はない。全ては当主である俺が責任を取る」


「いえ、愚息のことに関して言えば、父親である私が責を取りましょうぞ。キリディス様の手を汚す必要はありません」


 短剣を鞘から出して言うジオン。

 ――だから、貴族ってのはあまり好きじゃあない。

 いや、私も貴族令嬢だけどさ。

 ほとんど貴族らしい生活なんてせず、泥水を啜る生活をしていた身としては、ほとんど一般人と変わりない。


「――わかりました。やります。やればいいんでしょう」


 大きくため息を吐いた。

 私が固辞し続けた場合、他の魔導士を呼んで、似たことをやりかねない。

 その場合、ジオラグへのリスクが高すぎる。

 正直、私ほどこの業に慣れている人は王国にはいないと思うので、戻す際の機微に関しては私に一日の長がある。


――ヴァサラ流・千手鮮招(せんしゅせんしょう)――


 千手ではなく、今回作り出したのは一手だけ。

 まずはジオラグのシャツのボタンを外して、胸元を出して直に触れる。

 そして何時ものように、因果を一定期間巻き戻す。

 同時に体感時間をかなり遅くする。

 今の私の感じる時間の流れ、1分が数千秒に感じられるほどに遅い。

 そして感知を最大。異物を感知したら、直ぐに「千手鮮招」で捕らえる。

 誰も責任なんて取らせない!


「捉えた!」


 魔力で出来た手をジオラグの精神に潜り込ませて、一本釣りのように引揚げた。

 捕まえたのは、白面金毛の狐だった。


「はーい、お姉様。その狐を大人しく開放してくださいな?」


 少し前に聞いた、私の天敵(フラリス)の声が背後からした。





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