苦い思い出
なぜか直接王宮には向かわずに寄り道。
馬車は元婚約者の屋敷へ。
王子の考えてることはまったく理解不能。
「そ…… それで改めて用件を聞かせてもらおうか」
天気が良いからと屋敷の中に通されずに庭で話すことに。
どうやらまだ王子だと気づいてないらしい。
息子の元婚約者が白昼堂々男を連れて乗り込んできたと。
余裕の表情を浮かべるが何だか焦りが見える。
疚しいことでもある?
カップを持つ手が震えて中身が零れ落ちそう。
「ですから最後の挨拶にと」
白々しい嘘を吐く王子。一体何を考えてるのでしょう?
確かにここが元凶。彼らが思い留まってさえいればこんなことには。
どんな理由があっても私を捨て婚約を解消するなんて許せない。
今更ながらおかしな感情が湧く。
「なぜ婚約を破棄されたのです? 」
「それは…… 彼女のお父様が嫌疑をかけられて爵位を返納することに。
我々としてもどうすることもできなかった。
もしそのまま婚姻すれば国王に反旗を翻したことになる」
もっともらしい言葉を並べるがより良い相手が見つかったからに過ぎない。
没落した我が一族を見限って有力なところへ乗り換えた。
でもそれも致し方ないこと。納得もする。
だからこそ私は去った。大した思い入れもないこの場所に留まる意味などない。
傷も浅く切り替えることができた。今ではこれで良かったと思っています。
「許してくれクレーラ! 私にはどうしようもなかったんだ」
ついに折れるがただむなしいばかり。
そう言えば当時はこんな風に頭を下げられることはおろか謝罪の言葉もなかった。
だからモヤモヤが残ったのも事実。
今それを解消している。王子には感謝しなくてはいけませんね。
うん? それもおかしいのか。元凶は王子だから。
ああこんなことをしに来たのではないのですが。
王子の暴走が止まらない。
元はと言えば王子がお父様を追放するから。それを人のせいにして逃れるつもり?
「それで当の本人はどうした? 」
「今はここにいない。帰ってくれないか! 」
ついに堪え切れずに攻撃的になる。
当然の行動。王子によるただの言いがかりに過ぎない。
もう吹っ切れたと思ったのに引きづっている自分がいる。
「嘘を吐くな! 少なくてもここにいるのは知ってるんだぞ? 」
婚約相手を出せとは王子も無茶を言う。まさかハッタリ?
揺さぶりを掛けたんだとしてもこちらに分がないのは明らか。
この辺で充分では?
「でしたら帰って来るまでお話を伺えないでしょうか? 」
王子は引き下がらない。彼が戻るまで粘ると脅す。
もちろん爽やかな見た目の王子ですから悪いイメージを抱かれることはない。
とは言えやり過ぎ感がある。
「分かった。済まなかったね」
ついに耐えきれずに息子を差し出す。
どうやら出掛けているのは嘘で下手な言い訳をしていたらしい。
「ああん何だお前ら? 俺に文句つけるつもりか? 」
現れたのは昼間から酒を呷るどうしようもないクズ男。
おかしいですね? 出会った当初は私を気遣う余裕があったはずなのに。
まるで別人のような豹変ぶりに驚いている。
言葉遣いだってもっと優しく丁寧だったのに。
それなのにここまで変わってしまった。
「お久しぶりです」
「アアン? まさかクレーラなのか? でも何で今更…… 」
「なぜ婚約を破棄したのか教えてくれないか? 」
王子は誰であろうと怯まずに果敢に向かっていく。
すべてを捨てる覚悟の王子。
もうどこまで恥を晒せばいいのでしょう? 私が追及されている気分。
「それはお前の父上が爵位を返納し没落したから価値を失った。
お前にはそれくらいの利用価値しかない。ははは! 」
酔っぱらって正気を失っている元婚約者。
大笑いで私と一族を侮辱する。
まったく何なのよ? 王子もこの男も私を貶めて何がしたいの?
「それはおかしくないか? 」
王子は納得がいってないようだ。
「おかしいも何も事実だ。そうだろクレーラ? 」
「それは確かに…… 」
でも王子は違うと言っている。これはどう言うこと?
ずかずかと家に上がり込んで私たちは一体何をしてるのでしょう?
今更真実も何もない。はっきりした事実があるではないですか。
それを分かっていながら私に恥をかかせるつもり?
「俺は悪くねえ! 悪いのはすべてお前の親父だ! 」
詳しいことを一切語らずに勝手に人のせいにする。
もうこれくらいで良いでしょう?
真実を知ったところで過ぎ去った時間も関係も戻らない。
せめて真実をと思ったが無駄らしい。
続く




