癇爵(かんしゃく)
さあ今回はどのような爵位でしょうか?
役に立つといいんですけど。
「どうぞ」
「まあ嬉しい。ありがとうございます」
つい興奮して頬にキスをしてしまう。
何て大胆でふしだらな。もう恥ずかしくて仕方がない。
「へへへ…… 爵位をやるよ」
そう言ってしつこく迫る男。ついその気にさせてしまったらしい。
何て罪深いのでしょう? ああまた男を虜にしてしまった。
分かってるんです魅力的だって。だけどその気はないの。ごめんなさい。
「待て! これ以上触れるな! 」
王子は嫉妬したのかそれとも守ってくれたのか?
私を引き寄せて男から離す。
それはもう必死。王子とは言え一人の男ですからね。
「ああん? 何を勘違いしてる? お前はただの荷物持ちだろうが」
キスをしたことで男が強気に出る。
男に勘違いさせて王子と対立させるなんて私は本当に悪い女ね。
悪女と言われても仕方がない。
「それでこの爵位はどのようなものでしょうか? 」
「そんな他人行儀な。俺たちの仲じゃないか。へへへ…… 」
男がしつこく迫る。もううっとうしいな。
「ふふふ…… お願い」
何だか今日は変な気分。感情がコントロールできない。
どうしてしまったのだろう? こんなんことは初めて。
「ははは…… これは癇爵と言って国に忠誠を誓った勇者に送られる称号だ」
意外にも凄そう。
私ではよく分からないので王子に解説してもらう。
「この世界では大変貴重な爵位。しかし授かれば一生尽くさなければならない。
決して楽なものではない。できれば敬遠することをお勧めする」
「本当なの? 」
「ああ大体そんなところだ。あんた詳しいな」
男は王子を見直したらしい。
「これはどちらかと言えば勇猛果敢な者が授かるもので女子供には向いてない」
「だったらいらないわよこんなの! 」
爵位の記されたバッジを投げ捨てる。
どうせお婆様に見せたところで同じことをするでしょう。
再び無駄な時間を使ってしまった。
もう時間がないのにどうしてこうなの?
噂の爵位授与は幻? すごい焦りがある。
「おいおい怒るなって。お前が欲しくて並んだんだろ? 癇癪を起すなよな」
男に叱責される。確かにそうだけどさ…… もう少しまともなものはない訳?
何だかよく分からないけど頭にくる。
「うるさい! うるさい! 触らないで! 」
こうして今日もいらないものに時間を使ってしまった。
どうせ無理だって分かってた。でも最後の最後まで諦めない。
王子とのことも異国の王子とのことも。
どうにかして少しでもいい生活を送りたい。
それが私の偽らざる気持ち。
もう疲れたので屋敷に戻ることにした。
「おいクレーラ。機嫌を直せって。仕方ないだろ? 」
「あんたもうるさいの! 少しは黙ってなさいプレーゼ」
もう王子でも何でもない。ただ口うるさい新入り。
「どうしたんだよクレーラ? 君らしくない」
王子は気を遣って慰めようとしてくれるがそれがもううっとうしくて敵わない。
どうしたのでしょう私?
癇爵を授与されてからどうも精神的に参ってる。いらだってしょうがない。
焦る気持ちがそうさせるのでしょうが。どうしてもイライラする。
何だか得体のしれない者に支配されているそんな感じ。
帰宅。
「ほら成果を報告しな! 」
お婆様の追及を受ける。
「癇爵を授かったのですが…… 」
言いづらい。ロクな爵位ではないから。
そもそもただで貰えるものに価値など見いだせない。
「当然捨てたんだろうね? 」
お婆様の鋭い視線が刺さる。
「はい。頭に来て投げ捨ててやりましたよ」
お婆様に睨まれないように先手は打ってある。
「あんなものを持ち帰る馬鹿はいない。
それだけは頭の片隅に入れて実行してるつもり。だから…… 」
結局成果と言える成果はなかった。
今日も昨日までと同じことを繰り返すだけ。
そんな毎日。
「まあいいさクレーラ。あんたは戻ってきた。
入れ替わるように息子がいなくなってしまった。何か心当たりあるかい? 」
どうやらお父様は出て行ったきり戻って来なかったらしい。
王子を信じれば仲間と一緒に船に乗ったことになる。
「さあ夜になったら帰ってくるのではないかと」
希望的観測を述べる。
「こんな時にいないんだから頼りにならないよまったく」
お父様は失踪。まだ国王暗殺の疑いを掛けられたまま。
潔白を主張するにも本人がいなければ空しいだけ。
ああお父様! 今どちらにいらっしゃるのですか?
続く




