盗み聞き
王子をお父様の部屋の前まで案内する。
「あの…… ここが何か? 恐らくもう寝てますが」
「静かに! お前は下がっていいぞ」
まったく人の家を我が物のように。本当に勝手なんだから。
「困ります王子。さあ戻りましょう」
「だから静かに! ほら漏れ聞こえるであろう? 」
どうやら王子は得意の盗み聞きに興じてる模様。
まあこんな子に育てた覚えありませんよ。
「ああ…… お母さん悲しくなっちゃう」
「いいからお前も聞け! 」
何て強引な方なのでしょう。もう私は仲間? これでは言い訳できない。
仕方なく聞き耳を立てる。
「あの王子…… ここはお父様のお部屋でしてメイドの部屋はもっと先で…… 」
お婆様のお話では殿方はこのようなことが堪らなく好きだそうで。
残念ながら王子もその例に漏れない。
「馬鹿を抜かせ! 誰がそんな破廉恥な真似を」
王子は憤るが…… だからあんただって!
「お静かに王子。話し声が聞こえます」
どうやら部屋にはご友人がいるようで。何かを熱心に話されている。
断片的に聞こえるだけではまったく何を話してるのか分からない。
そんな状態でいくら耳を澄まそうと無駄な努力となる。
何が悲しくてこんな夜中に王子と盗み聞きをしなければならない訳?
しかもそのターゲットがお父様だなんてもう。
普通逆ですよ? 娘の様子が気になってつい……
「王子やめましょうこんなこと! 」
大体お父様のお話を盗み聞きして何になると言うのでしょう?
その娘の前で堂々と耳を立てる王子。
まさか聞こえるのでしょうか?
「うるさい! 聞こえないではないか! 」
初めから聞こえないのに何を言ってるんだか。
騒ぎ立てれば気づかれてしまうのに声を落とさない。
まったく何を考えてるんでしょう?
そもそも王子がコソコソするのはみっともない上に似合わない。
「王子…… 」
「いいから話しかけるな! 」
まさか王子は聞こえるとでも? それが事実ならば何と言う地獄耳。
もう王子に巻き込まれた。ちょっとのつもりが何分も経ってしまっている。
本当に癖になってしまう。
本来だった止める立場なのに何だか変な連帯感が生まれ王子の好きに任せる。
では私も王子に倣って集中して盗み聞きするとしましょうか。
ああでもいつ誰が来るとも分からない場所で間抜けな格好。
一発で怪しいと分かるスタイル。
お婆様にでも見つかったら言い訳できない。
よく耳を澄ませば聞こえてくるもの。
「ははは! 王子亡き後我々が支配するのだ」
「待ってください。そんな話は聞いてない! 」
「まだそんなことを言ってるのか? お前を嵌めた男のことを庇う気か? 」
「ですが王家に反旗を翻せない」
「もう遅いのだ。どうせお前は我々の側に着くしかない」
王子? 反旗?
よからぬことを考えているらしい。しかもお父様は唆されているみたい。
王子も熱心に耳を傾けてるので私以上に聞き取れたはず。
「王子…… 」
「堪えろ。今出て行けば親子ともども危険だ。
それだけではないぞ。この家の者も危険に晒すことに」
王子の言わんとしてることは大体分かった。
大人しく続きを聞くとしますか。
「では決行はその日で良いな? 」
「待ってください。私はまだ何も…… 」
「今さら何を抜かす? もう戻れないに決まってるだろう」
お父様は説得されている。
このまま放っておけば平和な世界は脆くも崩れ落ちる。
ですが今の私にはどうすることも。
それは王子も同じでしょう。
陰謀は誰にも止められない。
「もうこれくらいで良い。さあ戻るぞ」
言葉に迫力がない王子。思った以上の話に驚きを隠せない。
「大丈夫ですか王子? 」
「いいから早く! 」
そう言って無理やり腕を引っ張られる。
何て強引なんでしょう? つい赤面してしまう。
ああ王子に気付かれたら恥ずかしくて恥ずかしくて。
それからは無口で通す二人。
結局空き部屋もお客様が滞在されており昨日に続いて一緒に寝ることに。
それでも王子は何も発しない。
今王子は何を考えてるのでしょう?
国王のみならず自分にまでと焦っているのか?
ただ私と寝ることに興奮しているのか?
ここからでは窺い知ることができません。
今二人の関係は深まったのか? それとも離れてしまったのか?
重苦しい空気の中眠ることさえままならない。
続く




