ep.6 別れの唄
なんでこんなことをしているのかな?
体育館に朝から集まって、卒業式の練習。
先生達は「あと一週間しかないのよ、ほら、ちゃんとして」と、あれこれ口うるさい。
会場(この体育館なのだが)への入場の練習一つ取ったって。足並みが揃っていない、手の振り方が足りない、前の子と間隔が空きすぎている......
ただ、ここへ入ってくるだけで、コレだ。
卒業証書の授与では、今年は卒業生が少ないからと、卒業生代表ではなく全員が校長先生から渡されることになっている。
もちろん、事前練習がある。
今まさに、その真っ最中で、硬いパイプ椅子に座って自分の番を待っているところだ。
いくら人数が少ないとはいえ、1人ずつ壇上に上がって、卒業証書を受け取り、席まで戻る。いい加減時間がかかり過ぎて嫌になる。
壇上には多忙な校長先生の代わりに、学年主任が立っている。
この先生がまた煩いのだ。証書を受け取る手の出し方が、受け取った後のお辞儀の角度が、アレコレ注意をしてくる。
わたし達、主役だよ、まだ小学生だよ、そこまで要求するの、と心の中では毎回大ブーイング。
などと不満を募らせているうちに、自分の番が来た。
心に思っていることなどおくびにも出さず、キリリとした表情で返事をする。
キビキビと壇上まで進み、両足を揃えてピタリと立つ。
学年主任は満足そうにニセモノの卒業証書を渡してくれる。
が、ここで安心して気を抜くとお小言がくる。しっかり礼をし、キッチリ90度で横を向き、舞台横の階段を目指す。
これで学年主任の視界からは逃れるのだが、この後は担任のチェックが待っている。
まぁ、担任はあまり煩くないので、何とかこなして、席に戻る。
本来ならこの後続く校長や来賓の式辞や祝辞はなく、代わりに学年主任からここまでの今日の出来について一言ある。
今日は流石に初日でもないので「この調子で......」といった程度の内容。
在校生代表送辞に卒業生代表の答辞。これは個別で練習しているのか、今のところ全体練習では省略されている。
そして、別れの歌、感謝の歌ということで、卒業生全員で合唱だ。
そして、わたしはこれが一番苦手だ。
歌は好きだ。
一人で歌うのも、みんなでの合唱も。
だが、これは、この卒業式というシチュエーションでの合唱というのがいただけない。
初回、わたしは素直に合唱を楽しみにし、実際楽しんで歌った。
だが、歌い終わって気づく。何故かすすり泣く声、嗚咽を堪える声があちこちから聞こえることに。
誰?
何故?
何に対して?
辺りをうかがって戸惑った。友人が二人すすり泣いている。
そして釣られるように一人二人と連鎖していく。
見ると、副担任までハンカチを顔に当てていた。
わたしは、心底驚いた。
練習だよ! 本番はもっと先だよ!
いや、それよりも。
私立に行っちゃう友人を除けば、みんな同じ中学に行く。
自宅だってお互いにそこまで遠くない。
何もしなくても、4月から日々顔をあわせるのだから。
100歩譲って、先生はわかる。
卒業してしまったら、用事もなく小学校に顔を出さないだろうから。
学年持ち上がりで6年間ずっと一緒にいたわけだから。
でも、まるで今生の別れのように、卒業式の練習で泣かないでほしい。
泣かないわたしを不思議そうに見ないでほしい。
こんな状態が練習初日から日々続き、わたしはかなりまいっている。
友人達の没入具合が日々酷くなっていくのだ。
カンベンシテホシイ......
卒業式まで残すところ後7日。
そして今日も合唱が始まる。
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季節外れの卒業式ネタです。
実は先日「最近の卒業式では、『仰げば尊し』『贈る言葉』は歌われなくなった」と新聞で読みまして。
仕事場で20代半ばの人達に尋ねてみたのです。
私:「卒業式で『仰げば尊し』って歌った?」
Å:「......歌っていないです」
B:「何ですか、それ?」
同僚達:「あおげば~......」(2フレーズほど歌う)
Å&B:「何ですかそれ?」
歌わないどころか、存在を知りませんでした!
歌った同僚達も当然驚いておりました。
タイトルを知らない、聞いた記憶も特にないと言われてしまいまして。
「本当に知らないの?」と繰り返し聞いていましたからね。
小学校と中学校、どちらも歌った記憶があります。
2月、3月、どこからともなく学校内でこの歌が漏れ聞こえてきて。
季節の風物詩的なものと思っていたのですが、今はそうではないのですね。
音楽の教科書にはもう掲載されていないんですかね?




