第7話 痛みとの戦い
SIGN 二章 - SeVeN's DoA -
第7話 痛みとの戦い
「"復讐者(Avenger/アヴェンジャー)"…小守大成。
篠ヶ裏高等学校2年…現在登校拒否の17歳…」
「彼はまだ若いが、この世界に絶望していましたね」
暗闇に包まれた冷たい地下室…。
緋土京は"超越(Transcendence/トランセンデンス)"と会話をしていた。
「彼は弱者……強者であったが故に…弱者の渦に飲み込まれた弱者。
だがまさに崖っぷちまで追い詰められた彼は見事喰われる側から喰う側へと変貌を遂げた」
「確かに力を得た我々は常人を遥かに越えた存在です…。
しかし…私の"ヴィジョン"で見る限り、交戦している相手も只者ではないようです」
"超越"は眼を閉じ、念じるように両手を組んでいる。
「大方、この地を統括している白凪の一派だろう。
なに…恐るるに足らん相手だ。
奴等は計画の邪魔はするだろうが…それは我々にとっては余興にすぎんさ」
―――
――
「…優…。少しの間…奴を引き付けておいて」
「ちょっと待って流華…」
そう言うと優は一歩出て少年を指差した。
「あなたは誰!?その子の人格?それとも取り憑いている悪霊?…どっち」
「優!?」
「くく…面白い女だな…。
状況がわかってないのか…?まぁいい…
俺は"コイツ"ではない。このガキは今眠っている」
「あなたはその子を殺す気?」
死を告げる刻印が見えていないから、そんな事はないと思うけど…。
少なくとも私達にはめちゃくちゃ敵意をむき出しなのはわかる…。
「こいつがどうなろうが知ったこっちゃないな。
俺は"器"があればそれでいいんだからな。
だが、殺す必要性もない…だから俺自身が手を加える事もない」
「あなたの目的はなに?…何に怨みを持って現世にいるの?」
救えるならば…救いたい。
「何もだ」
「え?」
何も…ってどういう事よ?
怨みがない…?
「いや、違うな。"全て"だ」
「全て…?」
「俺は…もう"個"の存在ではない…。
様々な怨霊の集合体…何か特定のモノに対する恨みはない…全てを呪う存在だ。
くくく…」
「…」
「優!そういう事なのよ…。
霊を思ってのことなら…私達で祓うことが…何よりも救いになる」
「俺を祓う…?お前らが?
あっはっはっははっはははは!!笑わせるぜッ!!」
「どうやら流華の言うとおり…祓うしか道がないようね」
「…出来るのか…自信はないけどね……。
やれるだけの事はやってみましょう」
優と流華は臨戦態勢に入った。
目の前の少年は自然に佇んでいる。
「構えもしないで…余裕のつもり?」
優は強気だった。
確かに強力で禍々しい霊気を放ってはいる。
恐らく優や流華を越えるほどの霊気。
しかし、それを眼の前にしても自信を持てたのには理由があった。
"霊による死を告げる刻印"…サインが流華にも自分にも現れていないという事に裏づけされる。
勝敗は別として、今目の前の相手に殺される事はない。
そう踏んだ結果だ。
「来いよ…遊んでから殺してやる」
「にゃろ…ッ!」
優は挑発に乗って、突っ込んでいった。
両の手には霊気こそ込められてはいたが、狐火は出ていない。
「優ーッ!不用意に近づいてはダメッ!!!
相手の攻撃に触れてしまったら終わりよ!」
「え!?」
そんなこと言われたって…もう止まれないっての!
優は勢いをつけてとび蹴りを放った。
「ニッ!」
え!?なんで避けようとしないの!?
ドガッ!!
なんと少年は胸で優の跳び蹴りを受け止めた!
「軽いな…」
パンッ!!
優は少年の強烈なビンタを顔面に食らった。
「きゃあッ!」
「って…言ってるそばから食らってんじゃないわよッ!」
「いちち…」
痛いけど…それほど強力ってわけでもないのに…流華は何をそんなに警戒してるのかしら?
にしても、今の一撃…霊撃じゃないわね。
そういえば今まで特に気にしてなかったけど、幾度と無く霊に取り憑かれた人間と戦ってきて、
霊撃らしい霊撃を食らった記憶がないわね…。
緒斗の森で戦った朔夜の水弾とかは多分モロだったんだろうけど…。
優の予想は半分正解だ。
実際に怨みの念がさほどでもない霊など、直に取り憑いての霊撃は出来ても、
そうでない相手に霊撃が出来ない…もしくは弱い霊は多い。
しかし、実際に霊撃を放つ相手ももちろん居る。
事実今対峙している少年…小守大成は今、憑依している霊が表に出てきている。
この状態での攻撃は+の霊気を帯びた紛れもない霊撃。
単純に込められた霊気・霊力と共に少なく、優の霊力のキャパシティがかなり多いため、
気づかぬかっただけである。
霊力を霊撃によって削られる感覚は、眩暈や脱力…何かしらの体の変調で解るもの。
それが顕著に見られなかった場合、霊撃ではないと感じてしまう。
他に霊撃かどうかを見分ける方法として、纏っている霊気で判断する場合がある。
霊気の二つの性質…これは身に纏う霊気の流れから知ることが出来るのだ。
ただ、これは霊視能力が熟練されていなければ判別は難しい。
逆に熟練者であれば、どちらの属性なのか見破るのは容易い。
流華は熟練者…というより、視る能力に長けているといえる。
優はというと、まだ判別を瞬間的に出来るほどの力は持っていない。
「食らったな…俺の平手…」
「だから何だって言うのよ!」
「クク…口で説明するより、自分の体で体験してみなよ」
「?…だから…意味不明だって…言ってるのよッ!!」
優は苛立ちから再び突っ込んでいった。
「優ッ!…あの馬鹿…また突っ込んでいってッ…!!」
「はぁ!!」
バシッ!
跳び回し蹴りが華麗に小守の顔面に入った。
無防備、脱力…そして受身なしでの地面への衝突。
「!」
ズキンッ…!
「が…な…?」
「クク…どうだ?自分の蹴りの味は…」
どういうこと…?
急に激しい痛みが全身を駆け巡った…!?
「優ッ!そいつに触れられた者は呪われるのッ!
あなたはもう奴の術中にはまってるわ!
呪われたが最後…呪われた人間から受ける攻撃…それにより受けるであろう全ての痛みは
呪いをかけられた人間に全て帰る…!」
「な…!?…そういう事は早く言って欲しい所だわね…」
言う前に飛び込んでいった優には言われたくないと思う流華だった。
「優ッ!霊撃よッ!霊撃に痛みはないわ!
遠くから霊撃で攻撃するのよッ!!」
確かにその手は考えたわ。
でも実際、私が霊気を飛ばせるのは狐火だけ。
普通の霊気は未だに飛ばせない…。
狐火…効くのかな。
霊気の充填をしていない現状で撃てる狐火・大炎玉は2発が限界…。
霊気を下げて普通の炎弾を使えば手数は増やせるけど、威力に自信はなくなるわね。
!
そうだった。
私にはまだ霊気の札があったんだ!
これでも恐らくダメージは期待できる。
手数はあるわね。
「!」
「悩み事の最中悪いな…こちらからも行かせてもらうぜ?」
何時の間に間合いに入られたの!?
小守は優が戦略を練っているわずかの隙を見逃さず間合いに入り込んだ。
「本気で蹴るぞ」
「!」
ドゥッ!!
蹴りは空ぶった…が、巻き上がる砂煙、生じる風圧!
そこから、威力の程は十分に推測できた。
「わ…わざと当てなかったわね…!」
「ククク…」
優に恐怖を植えつけるがための空振り。
「うあぁぁ!」
優は札を取り出して小守に向かっていった。
「!」
「食らえッ!」
バチバチッ!!
札に触れた小守に強力な霊撃が浴びせられた!
「ぐあぁッ!」
「きゃあぁッ!!」
「優!?
(そうか…!生きてる人間に対しての霊撃に痛みはない…。
だけど、怨霊に対しての破邪の霊撃…痛みが生じるのか…!)」
「はぁ…はぁ……全身を切り刻まれるような痛み…」
「貴様…!!おかしな真似をしやがって!」
今の一撃、痛みは小守も感じていた。
どうやら霊撃は双方に痛みが通じるようだ。
ガタガタ…
優は両手で肩を抱きしめるように身を固めて震えている。
今だかつて体験したことのない痛みが全身を駆け巡ったのだ。
無理もない。
「優ッ!!おまたせッ!!」
『!?』
優と小守は流華の一声に振り返った。
するとどうだろう。
地面が明るく輝きだしたのだ。
見ると、呪印のような光の印字が地面に描かれている。
「これは…!?…あれ…?」
優は何か体が軽くなるのを感じた。
暖かい光に包まれ…活力がみなぎるのを感じた。
「な、なんだ!?これは…これは一体?」
小守も突然の事に動揺しているようだ。
優はその一瞬を見逃さなかった!
「ハァッ!!炎連牙ァッ!!」
ダダダダッ!!!
優は両手に狐火を纏って拳撃の乱舞を繰り出した!
「……!!!」
優の表情が苦悶に歪む。
本来錬った狐火が消えるまでラッシュを続ける所だが、痛みに耐えかねて崩れ落ちてしまった。
うう……
痛みは覚悟していれば耐えれる…そう思って勇気を出してやってみたけど…。
思った以上に…キツイ…!
「私の"陣"…半径20mほどの円陣内の指定した相手に、怪我の治癒、一時的な全身の筋力強化…
さらには霊気の底上げ等、補助的な効果を施す事が出来る。
…でも流石に呪いの解呪は出来なかったか…ッ!」
「…」
ゆっくりと小守は立ち上がった。
表情はうつろだ。
「く…!」
優はすぐに立ち上がり構えた。
怪我もない。
体力の消費も差ほどではない…痛みだけが優を蝕んでいる。
唯一の救いは痛みが継続しないということ。
しばらくすれば、徐々に引いていく。
「…痛かった……」
うつろな表情で小守はそう呟いた。
第7話 完 NEXT SIGN…