最終話 閉ざされた心
SIGN 二章 - SeVeN's DoA -
最終話 閉ざされた心
「優…!……これは…酷い傷じゃ…!」
茜は優の傷口に手を当てると急いで治療を始めた。
「死ぬな…ッ!死ぬでないぞ…!」
―――
――
「兄さん…」
「綾…芽……か……」
「私よ…綾芽…!
(!……心臓が貫かれてる…息があるのが不思議なくらい…!
でもこれじゃ…もう……)」
「…すまなかった……。
俺は……馬鹿な……兄だった…」
「もういい…!もういいから…喋らないで…」
「がはっ……はぁ…はぁ………。
最期に…お前に……会えてよかった…よ……。
お前に……渡すものが…ある…んだ……………」
今日はフラフラと手を突き出した。
綾芽はすぐに両手でその手を掴んだ。
「何…?渡したい物って…」
「俺の…霊王眼…の………力……。
お前に……託す……」
「託すって…そんな事が可能なの?」
「…判らない……だけど……出来る……そんな気がするんだ…。
頼む……受け取ってくれ…」
京の目から光が消えていく…。
「兄さん…?……兄さんッ!」
「やっと……そっちに…逝けるよ………那由多…」
そう言うと京は完全にその瞳を閉じた。
口元には笑みが広がっていた。
「…うぅ……にぃさぁああぁあああぁああああん!!」
綾芽の悲しみの詰った叫びが漆黒の森に響き渡った。
あまりにも悲痛な叫びだった。
茜は何も声をかけることが出来なかった。
こうして一連の戦いは幕を降ろす事となった。
最悪といっていい結末だった。
頭の何処かで
『犠牲者は出ない』
そう誰しもが思っていた。
しかし、結果的には神谷一騎が死に…
敵の首謀者である緋土京を死に至らしめるという結末をもって幕を降ろす結果となった。
―――
――
そして…
あの戦いから1ヶ月程が経過した―――
―――
白凪家・客間―――
――
「皆お久しぶり。粗茶ですが…どうぞ」
お茶を運んできたのは白凪亜子だ。
「ありがとうございます。いただきます。
それにしても…こうして集まるのは…かみやんの葬儀以来だね」
菅谷浩介が言った。
「私たちは学校で顔を合わせる機会は…まぁありますけどね。
白壁の菅谷さん達とは久々ですわね。
元気でした?」
皆が黙る中、重苦しく気まずい空気を夕見司が切り開いた。
「はい。僕らの学校も街も、政府の支援やボランティアのおかげで
随分と復旧しました。こちらも以前と比べ、随分持ち直したようですね」
「聖先輩は生徒会長ってこともあって、随分頑張っていたのよ。
皆に指示を出したり、大人顔負けだったわ」
「ちょ…まりあ君!僕は別にそんな…」
「皆はどうなの?見た目は元気そうだけど」
不和彰人が聖ヶ丘メンバーに聞いた。
「…何時も通り……と、言いたいところだけど、
正直まだ心から笑える雰囲気じゃないんだ」
須藤が言った。
「じゃあ…まだ彼女は…」
「ええ…。まだ引きこもって出てこないわ。
あの一件以来…酷く落ち込んじゃったみたいですわ…」
聖の確信を持った問いに司が答えた。
どちらの表情も曇っている。
「無理もないんじゃないんスか?
勇が敵についちまったんでしょ?」
「おい瀬那っ!」
瀬那稔が口をついた瞬間に日下部新二が語気を強めて言った。
「…まだそうとは決まっておらんよ。
それに…彼は…本当に天城勇だったかも怪しい」
茜が言った。
「でも…
去っていく敵らしき奴らと一緒にいたのは見たんでしょ?
本物の勇じゃないってどういう事だよ?」
片桐が質問した。
「優からはあの場の話はいまだに聞けていないから…確証はないが…。
おそらく守護霊に体を乗っ取られたか…あるいは、それに類ずる何かに陥っているか…。
私はそう睨んでおる。
…あの感じ……普段の彼ではなかったように感じたからの」
「何にしても姿を現さない以上…判断できないし、
論じるのも無駄だわ…」
鹿子流華が言った。
「何か手がかりみたいなものはないのか?」
「あの事件以降目だった動きも事件も発生していない。
この辺りだけじゃなく、日本各地を探ってみてるけど…僕のデータ収集では何も掴めていないよ」
岡島大樹の問いに椎名一が答えた。
「とにかくじゃ。
日本全体の規模に至らなかった事だけは不幸中の幸いじゃった…。
神谷殿の事は悔やみきれないし…感謝しつくせぬ。
生き延びた我々が彼に対して何かしてやれるとすれば…
彼が命を賭して守ったこの国を…これからも守り抜いていくことじゃな。
それがせめてもの彼に対する手向けじゃろう…」
「そうだな…。
バァさんは……いや、他の皆もだが…、
やっぱり脅威は完全に去ってないって考えているんだよな?」
「可能性はある。
あの状況から察するに、逃げた二人と勇君…いずれかが緋土京にとどめをさした。
何があってそうなったのかはわからん…が、少なくとも何らかの繋がりはあったと考えるのが
妥当じゃろうな…。
敵か味方か……そこもまだ確信を持てん。
じゃが、緋土京を倒したという事実は間違いがない。
つまり…それだけの力を持つ者がいるという事じゃ…」
「もし敵であれば…それは今まで以上の脅威ですね…」
聖が唇をかみ締めた。
「今回の戦いで俺たちがいかに非力だったかは身にしみた…。
いつ来るか…本当に来るか…それさえもわからない脅威だが、
修行しておいて問題はなさそうだ…俺はやるぜ!
こんな惨めで悲しい思いは…もう沢山だッ!」
須藤が自分の拳を自分の掌にぶつけて言った。
神谷のことで相当に自分を責めているようだ。
「須藤…」
「まぁ…おぬし等はまだ若い…今は学業が本分じゃ。
そちらを疎かにしてはだめじゃぞ?」
「わかってるよ…でもよ…!」
「須藤…お主の気持ちは判るが…私ら大人の力も
もう少し信じてくれんかの?」
「バァさん…」
「今回の一件で緋土家や九鬼家など、他の四家とも協力をしなければならん事を
痛いほど判らされた。意地や体裁など気にしておるからこのような結果を招いたのじゃ…。
私は立ち上がるよ。
だから…頼む…もう一度私ら大人にチャンスをくれないか?」
茜の言葉に黙って頷く須藤。
「あ!そう言えば葵さんと和馬さんと由良葉君から手紙が届いてたんだったわ!」
亜子が急いで手紙を取りに行った。
「あいつ等元気にしてるのかな?」
「はは。元気だけが取り得の連中だ。心配ないさ」
須藤の問いに笑って答える片桐。
「帰るといえば、あなたは帰らないの?流華」
「帰らないわ。まだ胸の支えもとれてないしね…。
何より…この街も…この連中も……す、好きになっちゃったのよ」
クスッ
司は笑みを浮かべた。
「な、何よ!悪いの!?」
「ううん…。あなたも可愛い所あるなって思ってね」
「ポチ…あれが"ツンデレ"という奴らしいぞ。覚えておくといい」
「へぇ…シロは物知りだなぁ!」
「こらぁッ!!そこのフワモコ二匹!
今何か言ったかしら?だ・れ・が……ツンデレですって?」
ぬいぐるみのシロとポチに立ちはだかる流華。
「ひぃーー!」
『あはは!』
逃げ惑う二匹、追う流華、笑う仲間たち。
そんな声を、遠く…自室から聞く優。
コンコンッ!
「優入るわよー」
亜子が優の部屋に入った。
「やだ!相変わらず電気消して…
もう夕方よ?電気つけなきゃ」
「やめて…!」
暗闇の中、声を上げる優。
ベッドの片隅に座り込んでいる。
「放っておいて…」
「優……皆来てるのよ?」
「知ってる…」
「会わないつもりなの…?」
「うん…」
「なんで…?どうしてなの?」
「お姉ちゃんには判るでしょ…。
大切な人を失う気持ち…………」
「勇君の事か……」
亜子はゆっくり優の隣に座った。
「…もう嫌なの…。
信じて裏切られるのも……置いていかれるのも…。
皆大切な人は私の前から消えちゃうんだ…私を置いてきぼりにするんだ…」
「…大丈夫……皆はそんな事しないよ」
亜子は優の頭を撫でながら言った。
「…怖いの……失うことが…
大切なものを失うことが……こんなにも辛く悲しいことだなんて…判らなかった…。
もう誰も失いたくない…!でも……私の力じゃ…何も守れない…
何も変えれない…!」
「そんな事はないわ。
あなたの頑張りがあったからこそ…救われた命もきっとあるはずよ」
「ごめんね…お姉ちゃん……。
私、まだ笑えない……皆と一緒に…楽しめないよ…」
「優………。
わかったわ…。だけど一つ覚えておきなさい。
あなたは一人じゃない。仲間がいる…家族もね。
だから一人で抱え込まないでね」
「うん…」
「じゃあ…行くね。
手紙持っていくね」
ガチャ…
亜子は部屋をあとにした。
判ってる…。
こんな事してたって何も変わらない。
逃げてるだけなんだって。
でも…
まだ私には全てを受け止める事が出来ない。
無理をしてしまえば…壊れてしまいそうだから。
勇君…君がいないんだ。
いつも受け止めてくれる君がいない。
だから…怖くて…壊れて自分を見失うのも怖くて……私は…一体どうすればいいの…?
『優ー…』
!
…司の声だ。
『こうやって部屋の外から声をかけるの何度目かしらね。
この1ヶ月…何度かこうしてあなたに会いに来たけど…今日で最期にしますわ』
え…?
『あなたは私のライバル…白凪優よ。
私の知っているあなたはこんな事にへこたれるような子じゃないですわ』
…。
違うよ司……私は弱いの…。
あなたのいうような…強い子じゃないわ…。
『あなたを信じて待ちますわ…いつまでも。
だから……ゆっくり休んだら戻ってきなさい。
ま、私はどんどん先に突き進むんで…あんまりのんびりはしないことですわ…
そ、それじゃあ…失礼するわ』
涙声でそう言うと、司は去っていった。
司…ありがとう…。
気持ち伝わったよ。
―――
――
「駄目だったか?」
須藤の問いかけに司はこう答えた。
「ううん…きっとあの子は立ち上がりますわ。
誰の力でもなく…あの子自身の力で!
それが私のライバル…白凪優よ」
「そうだな…。待ってるぞ…優」
こうして厳しい戦いは幕を降ろした。
これから後…しばしの安息が彼らに訪れる…。
もちろんトラブルは絶えないのだが…。
それはまた別のお話。
次章『SIGN 三章 -GHOST BREAKER's-』へ続く…
最終話 完