第40話 雪月花 後編
SIGN 二章 - SeVeN's DoA -
第40話 雪月花 後編
…ガサッ!
「!…」
「どうかしたの?」
湖面のそばに座る京と那由多。
突然の物音に京は辺りの木々に目を向ける。
「いや…何か気配のようなものを感じて…」
「?…」
「なんでもない。気のせいだ」
「うん…」
ギュッ
那由多が俺の手を握った。
「な、那由多…?」
ガサガサッ
『!?』
確かに聞こえた。
茂みに何かがいるようだ。
俺と那由多は立ち上がり、少し警戒をした。
凶暴な獣が出るような山ではないが、時間も時間だったので恐怖を感じた。
「那由多…そろそろ帰ろう。
もう遅いし、送っていくよ。おじさんとおばさんには
俺がちゃんと説明して謝るから」
「うん…」
「あ…!ごめん!」
俺は恥ずかしくなって彼女の手を離した。
そして少し前を走っていったんだ。
いつものように彼女に追われたくて。
「那由多ー!早く来いよー!」
「もう!京君の馬鹿…!」
「あはは!」
「京君」
遠くで彼女は立ち止まったまま俺の名を叫んだ。
「ん?どうしたんだよ?」
「あのね…」
その瞬間だった。
ガサガサッ!!
黒い影が突如茂みから飛び出してきた。
そして、すぐ傍の那由多に飛び掛ったのだ。
「!」
「那由多ぁぁああッ!!!」
俺は急いで彼女に駆け寄った。
謎の黒い影に襲われた彼女は何かに突き刺されたのか、左胸に傷が出来ていた。
そしてかなりの出血をしていた。
先ほどまで月明かりに照らされていた白銀の道は、朱に染まっている。
「那由多…那由多…ッ…おい!起きてくれよ!!
うう…」
彼女の血を止めようと、必死に傷口を押さえた。
しかし、無常にも暖かい彼女の血はあふれ出てくるばかりだった。
「きょ…京…く…ん」
震える彼女の手は必死に血を止めようとする俺の手に触れた。
冷たい…。
さっき触れた彼女の手は冬の空気に触れて…冷たかった。
でも今は別の冷たさを感じた。
「那由多…!しっかり!」
俺は彼女の震える手を両手で掴んだ。
「京…く……ん…。
あのね…」
「もう喋るな…!那由多…!」
「ずっと……京…君の……事ね…。
好き…だったんだ……よ……」
「…!」
「…ごめん…ね……。
京…君……泣かし…ちゃった…ね…」
彼女は震える手を俺の頬に当てて言った。
「…もういいから…。
那由多…お前の気持ち…わかったから…」
俺は彼女の体を思い切り抱きしめた。
「あり…がと……う……。
私……幸せだな…………ゴホッ…はぁ……はぁ…」
「那由多…!?…那由多しっかりしろッ!
やだよ…俺を置いていかないでくれよ…!
俺はお前がいないと…那由多…!那由多…」
「…今まで……あり…がと……う…
楽しか…った…よ………」
「那由多…?……おい…那由多…」
彼女から力が抜けていくのが痛いほど伝わってきた。
「ごめんよ……俺のせいで……。
俺がここに来たせいで…お前を……こんな…。
うぅ…那由多………馬鹿だ俺は……那由多ぁあああああああッ!!」
「…」
俺は彼女と最初で最後の口づけをかわした。
彼女の血の味がした…。
「…少し待っててくれな…すぐ終わらせるから」
「…別れは済んだ?」
背後から聞こえてくる淀んだ声。
俺は立ち上がると、ゆっくりと振り返った。
「…くく…いい顔だ…。
怒りと悲しみの入り混じった…そうそう見ることが出来ない最上級な顔だ」
「貴様は何だ…」
「何だ…か。察しはついてるんだろう?人間」
「妖か……この異形め…!!
絶対に許さん…ッ!!」
目の前にいたのは人の形をした異形…妖魔だった。
俺は話に聞く程度で、実際に妖魔を目にしたのは初めてだった。
全身闇のように黒い肉体。
筋肉質だが、膨れてはいない…痩せ型といっていい。
だが、絞まっている感じはよくわかった。
顔は人間のそれとはまったく違う。
不気味で醜い…妖魔という名が相応しい。
身長はさほどでもなく170cmくらいか。
「心地よい怒気だ…。
最高の餌にめぐり合わせてもらって感謝だな」
俺は自分を抑えきれずに、飛び出した。
奴に向かって突進して、思い切り顔面を殴りつけた。
「はぁああッ!!!」
ドガッ!!
俺の拳は奴に当った。
だが、それだけだった。
ダメージはおろか、その場から動かすこともかなわなかったのだ。
「…く!」
「ほら、もっと…もっとやってみなよ」
挑発されるままに俺は奴を殴りまくった。
だがやはり、まるで効いてはいない。
「…はぁ……はぁ……」
「終わりか…。
お前の怒りはこんなもんなの?」
ビュッ!
目の前から奴の姿が一瞬にして消えた。
「何処だ!?」
辺りを見回す京。
「いい〜〜〜…肌だなぁ…人間は…」
「!!?」
声のする方に目を向けると、奴は那由多の手を自分の頬へ擦り付けている。
ブチッ!!
京の中で何かがキレた。
「那由多に…触るなぁああああああああああッ!!!!!!」
「!!」
ドガッ!!
一瞬にして妖魔の間合いに"現れた"。
そして同時に顔面への拳打!
先ほどと打って変わって、妖魔は激しく吹き飛ばされて山の茂みへと消し飛んだ。
「はぁ…はぁ……!!
殺す……ぶっ殺してやる…ッ!!」
「…実にいいね…。
(凄い霊撃だ…纏っている霊気が先ほどとは天と地ほど違う。
まるで別人だな…)」
ザザッ!!
茂みから勢い良くかけてくる妖魔!
「だが、まだまだ温いよッ!!」
「!」
ドガッ!!
妖魔の飛び膝蹴りを顎に食らった京は激しく吹き飛んだ。
「ぐはッ…!」
「くく…人間にしてはよくやったほうだよ。
君はそこで黙ってみてろ…俺はこれから食事とするよ…。
君の大切な…この子を…君の目の前で食べる」
「!!!」
「くく…!いい!今までで一番いい顔だよ!!」
「やめろ…やめろ…よ…。
お前……いい加減にしろよ……何の恨みがあんだよ…。
お前ら…いったい何なんだよ…」
ブルブルと震えだす京。
「くくく!たまらんね。
この快感といったらないね!
だから人間は甚振りがいがあるんだよね!!」
妖魔が那由多の腕を持ち、自身の口に持っていこうとした時だった。
「!?」
「その汚い手で那由多に触ってんじゃねぇよ……このゴミが」
スパッ!!
那由多の腕を掴んでいた右手が勢い良く千切れ飛んでいった。
「…?…え」
「貴様は何万回ぶっ殺しても殺したんねぇよ…!!」
ドガッ!!!
妖魔には何が起きているのかも把握できない状況だった。
突然痛みが走り、目の前が暗くなる。
そして体は吹き飛ばされ自由が利かない。
「…ぐぅ!!」
ザッ…
「お前はタダで死ねると思うなよ?」
「ひッ…!
(は、速い…!!なぜ一瞬で目の前に現れる…!?
それよりも…なんなんだ…この圧倒的な威圧感は…!
この俺が…妖魔が人間に恐怖を抱く…だと!?)」
ドゴッ!!
京は地に伏せる妖魔に容赦なく攻撃を加える!
妖魔の顔面を勢い良く踏み潰したのだ。
黒い血があたりに飛び散る。
「左手もいらねぇよな…この手が、那由多を貫いた…!!」
ブチブチッ!!!
力任せに妖魔の腕を引きちぎる京!
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「黙れよ…耳障りなんだよッ!!」
ドゴッ!!
顔面に拳を見舞う!
そして徐に奴の両目に指を突き立てた!
「ウギャアアアアアアアッ!!!」
「まだだ。まだ殺さないぞ…
次は足だ!!」
こうして京は出来る限りの拷問を延々続けた。
そして、いつしか、妖魔の叫び声も聞こえなくなった。
「はぁ…はぁッ……!!」
辺りにはバラバラに飛び散った妖魔の肉片と、
奴の黒血だけが残っていた。
「俺は……俺は何をやってんだ……」
京は自分の手を見た。
両手はおろか、体中が黒く染まっていた。
「…那由多…終わったよ………。
帰ろう…」
京は那由多をおぶって帰った。
頭の中は真っ白だった。
気づいたら俺は家の玄関に立っていた。
「きょ…京!?」
全身朱と黒に染まった俺を見た家族は俺を見て酷く怯えていた。
そこから俺の記憶は飛んだ。
気を失った俺が意識を取り戻したのは二日後の夕方だった。
―――
――
「…」
俺はひたすらに那由多の両親に頭を下げた。
正直二人の顔が見れなかった。
俺が殺したのも同然だからだ。
だが、そんな俺を二人は許してくれた。
抱いて…泣いてくれたんだ。
俺の心は少しだけ軽くなったような気がした。
俺はこの一件で、眠っていた力に覚醒した。
皮肉なものだ…大切な人を失って、
今まで必要にも感じず、呪うだけの力が目覚めてしまうなんて。
「那由多…俺はどうすればいいのかな…。
君を失って…俺にはこの力だけが残ってしまったよ」
那由多の墓前で俺は尋ねた。
「正しいことに…使うべきなんじゃないかな」
「え…?」
綾芽が花を持って立っていた。
「兄さん…私は兄さんに、その力を正しい事に使って欲しいな。
きっと那由多ちゃんもそう思ってるはずだよ…」
「綾芽…。
正しいこと…か…」
俺に出来ること…。
それはこんな悲しい思いを…もう誰にもさせないこと…。
「そう…だな…。
俺はこの力で…一人でも多く救ってみせる……それが君にとっての償いになるなら…」
「兄さん……」
――――
―――
「俺はそれから、ずっと人のため…那由多のためにと、必死に戦ってきた」
「だったらなんでこんな…!おかしいじゃない!」
優は涙を浮かべながら叫んだ。
「…そうだな…。
真実を知らずに生きていれば…俺はこうはならなかったかもしれないな…」
「真…実…?」
「そうだ…。
聞かせよう…あの事件の真実を」
第40話 完 NEXT SIGN…