第15話 過去との決別
SIGN 二章 - SeVeN's DoA -
第15話 過去との決別
「…ナニスルノ…?」
「あなたは怖くないわ…私はもうあの時の私じゃない。
今は逃げている時ではないの…そこをどいて!」
仮面の男はその長い腕を頭上に振り上げた。
そして、徐々に腕を下ろして、仮面を両手で掴んだ。
「…ワスレタナラ…オモイダシテヨ…」
そう言うと男はゆっくり仮面を外した。
「!…」
仮面の下の顔は悲惨なものとなっていた。
口は裂け…歯は牙のように研ぎ澄まされ…目は瞑れているというより抉れている。
目玉が存在せず暗い穴になっている。
顔色は蒼白といっていいほど青白く、不気味なほど痩せこけている。
優はガタガタと震えだした。
実力に対する恐怖というよりも、過去のトラウマから来る恐怖。
体が硬直する。
高めていた霊気が落ち着いていく。
「ヒッヒ…」
男は瞬間的に優の間合いに飛び込んだ。
「!」
バシッ!!
長い腕を撓らせて鞭のように優を弾いた!
「ぐはっ!」
優は勢い良く吹き飛ばされ、理科室の机に背中を強打した。
「く…!!」
効いたァッ…!
やばい…ここじゃ戦い辛いかも…!
「は…ッ!?」
「ツゥカマエタァ…」
優が考えている隙に、男は追い討ちをかけるべく再び間合いに入ってきた。
そしてすぐさま優の首を捕まえると、途轍もない力で優を持ち上げた。
「く…!」
苦しい!
優はジタバタと足を動かすが、男は腕が長いので優の足は体まで届かずにいた。
「く…ッソ…!!!」
優は右手に咄嗟に狐火を出して、それで首を掴む手首を思い切り握った。
「グヌッ!!?」
男も驚いたのか、優の首を掴む手を緩めた。
優はすぐさま手を振り払い、間合いをとった。
「コホッ…コホッ……はぁ…はぁ……」
危なかった…もう一瞬遅れていたら落ちてた…。
優は息を整えつつ、後ずさりを始めた。
常に男を警戒し、不意打ちを食らわぬように注意深く行動する。
「…ニゲルノ?ムダダヨ…?」
ガラッ!!
カチャ…!
突如理科室のドアが閉まり、同時にカギの閉まる音がした。
「ここから出さない気…?」
「ニガサナイ…アソボウヨ…」
ジリジリと迫ってくる男。
「わかったわ…私も覚悟を決める…!」
優は震える体をギュッと握り締めた。
「ハァァァァッ!!!!」
優は霊気を最大限に高め始めた。
「…コワイナ…コワイナ…」
「もう逃げない…私はアンタを…恐怖を…!
乗り越えてみせる!」
ボッ!
優は両手に狐火を灯した。
「ハッ!!」
優は一足飛びに男に飛び掛った。
そして跳び蹴りへと攻撃をつなげる!
バシッ!
「ウア…」
蹴りは見事に当たり、男はよろめいた。
態勢を崩したところへ優の容赦ない乱舞が放たれる!
「はぁッ!!炎連牙ッ!!」
炎を纏った拳の弾幕!
顔面、腹部…滅多打ちだ!
「これで…ラッストォオオオオオッ!!!」
ドガッ!!
トドメの一撃、得意の右ストレートが顔面に決まった。
勢い良く男は吹き飛び、机に激突した。
「はぁ…はぁ…」
これで暫く狐火は使えない…。
霊撃も小技しか出来ないな……。
「…ウゥ……」
男はダメージはあるようだが、それでも動き始めた。
やっぱ今の一撃じゃ倒せなかったか…。
霊王眼の封呪の刃はどうだろうか?
やってみる価値はあるか。
優は目を閉じ精神統一を始めた。
「出ろッ!」
バシュッ!
優の右手の握りこぶしに黒い刃が出現した。
「短ッ!ほっそ!…こないだとぜんっぜん違うじゃん!」
やっぱ霊気が乱れてる状態だから!?
とにかくこんな剣じゃまるで期待できない…!
仕方ない…暫くは動き回って霊気が落ち着くのを待つしかないか!
優は刃を消した。
「…ユルサナイ……ゼッタイニユルサナイ…」
男はゆっくり立ち上がったかと思うと長い両腕を突き出した。
「"狂人の青い手"…」
男がそう言うと、先ほど優を襲った青白い手が複数男の周りに現れた。
揺ら揺らと空を漂う青い手は非常に不気味だ。
「アァ…サツジンショウドウガ…トマラナイ……イケ…!」
青い手が一斉に優目掛けて飛んできた!
「く!」
かなり早い!
しかも数にして…5…6…!
いや8か!?
とにかくアレだけの数を避けきれるわけがない!
優はこの広いとは言えない理科室であの手数から逃げ切るのは不可能と判断した。
すぐにドアの方へ走っていく。
ガシッガシッ!
ドアを開けようにも、やはり鍵がかかって開かない。
「ったく…もう!考えてる場合じゃないわね…!
はぁッ!!」
優は全力でドアを蹴り飛ばした。
ドガンッ!!
勢い良くドアが外れ、思い切り倒れた。
その拍子にドアのガラスが割れてしまった。
「あーあ…ドア壊しちゃった。…絶対まずいよ…これ…」
てか、この音で人着ちゃうんじゃ…!?
と、とにかく後で謝るにしろなんにしろ、まずは教室を出なきゃ!
「はっ!」
背後にはもう青い手が迫ってきていた。
優は急いで理科室をあとにした。
とりあえず広い場所よ…!
校庭まで誘導するしかないか!
優は校庭目指して駆け出した。
その後を執拗に追いかける青い手。
「ニガスモンカ…」
―――
――
その頃屋上では…。
「木刀を拾え…勇……稽古をつけてやる」
「お祖父さん…、あなたはもう亡くなったんです…」
勇はなんとか説得で解決しようと、攻撃の意思を示さない。
「聞こえぬか…体に直接伝えねば判らぬか」
スッ!
「!!」
老体にも関わらず、勇の目に映らぬ速さで間合いに踏み込む老人。
「天城流剣術…風天の舞、連…鳳仙花」
「!!」
老人は懐に入るや否や木刀で勇の左肩を突いた!
その力の余り、勇の体が地から離れ、ほんの僅か宙に浮いた。
その瞬間!目にも止まらぬ速さで細かい突きの乱打!
勇は全身を突かれ吹き飛んでいった。
「…立て。十二分に加減はしたぞ…」
「…間違いない…祖父の剣術だ…」
勇はゆっくりと立ち上がった。
「あの動き…そして剣筋…技…。
祖父そのままだ…。あなたはどうやら、ただのまやかしじゃないようだ。
(あれだけの乱打にも関わらず…全ての打撃がほぼ軽く当てる程度の芸当…。神業に近い域)」
勇はゆっくりと足元にある木刀を拾った。
「あなたが祖父なのか…そうでないのかは判らない。
でも邪魔をするなら…僕も本気で相手をします」
勇の目が本気になった。
「それでいい…。それでこそ剣の道を歩む者!
それにしても…勇よ…殺気立っておるようじゃが、これは試合でもなければ死合でもない…稽古じゃ。
そのような鬼の形相を向けるでない」
「いいえ…これは稽古じゃありません…死合です」
ダッ!
勇は駆け出した。
「はぁッ!!」
一歩も動かぬどころか木刀を構えようともしない老人に対し、
全力の上段斬りを放つ勇!
そこに一切の躊躇いはなかった。
まさに手加減なしの生死に関わる一撃!
ドガッッ!!
勇の渾身の一振りは床のコンクリートへと叩き込まれた。
「な…!?」
「遅い…その上見え透いておるわ」
勇の背後で悠々と白髭をなぞる老人。
「残…像…!?」
「風天の舞は…その独特にして変則的な微かな動きから目を奪い、惑わせる。
そして瞬間的に動く。僅かな動きの緩急が残像となり…このように」
老人の姿が一瞬にして数人に分裂した!
「あたかも分身したかのように見せる事も可能…」
「く…!」
勇は目を閉じて集中を始めた。
「正しい!実に正しい!
目に映る事、全てが真実にあらず…時に心の目で見極めることも必要!
…が!」
「…く…(見極められない…!)」
「未熟ゆえ…一瞬にして判断が付かぬ。
実戦であれば、一瞬で見極めねば…あるのは死…のみ」
スッと勇の背後から勇の首筋に木刀を当てていった。
「未熟も未熟!ワシを殺す気でおったところで可能性は0」
「く…う…」
ガクガク…
勇の体が震えだした。
「死が…怖いか?…それともワシが怖いか?…くく…両方か」
「あなたは怖いです…。
そう思わないでいようと…小さい時から思ってたけど…。
こうして一番怖いものとしてあなたが出てきた…。
ある意味、僕自身の最大の後悔かもしれない…。
祖父は怖かったけど…でも好きだったんだ……こんな形で再会なんかしたくなかった」
勇は震えが収まった。
「僕はまだあなたの足元にも及ばない…それは十二分に判ってます。
でも…僕は負けるわけにはいかない…」
「それはなぜ?」
「守りたいものがあるから…だから僕はあなたを乗り越えるッ!」
「…いい目じゃ…。腕は未熟…じゃが心は認めてやらんでもない…。
いいじゃろう…来い…勇…。
言葉はもう要らぬ…我等は剣士……」
「語るなら…」
「そう…」
『刀で語れ』
二人は共に木刀を構えた。
両者共に目を合わせたまま離さない。
微塵も動かぬまま、時が止まったかのように静寂が包み込む。
そんな静寂を邪魔するが如く、物音が一つ。
ほんの僅かなものだった。
本来なら聞き逃す程度の小さな物音。
だが、五感を研ぎ澄ませていた二人にはハッキリと聞こえていただろう。
「はッ!!!」
「ぬんッ!!!!」
両者ほぼ同時に踏み込み、抜刀の形で木刀を振りぬいた。
今の一打…お互いの腹部を見事になぎ払うものだった。
「…」
両者は無言で歩み寄り、そしてすれ違う。
すれ違ってから数歩だろうか。
勇は崩れ落ちるかのように地面に倒れ込んだ。
「…いい一撃じゃった…。
まさに紙一重…たまたまワシに軍配が上がった…ただそれだけの事」
第15話 完 NEXT SIGN…