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欲望の玉  作者: コタロー
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いつも心の片隅にある懐かしい風景

 ある朝、なぜか休日だというのにいつもより早く目が覚めてしまった。でも、目覚めは悪くない。気分は上々、すぐにでもどこかへ出かけたいくらいだ。

 そんな時、お腹が無性に空いていることに気づいた。昨日はこれでもかというくらい、たっぷりと好きな肉を食いまくった。栄養のバランスなど気にせず、肉だけをおなかにかっこんだのだ。仕事で上司とうまくいかずやけ食いしてしまったのだ。それなのに、この食欲は我ながらどうかしてる。近所のコンビニでおれの大好きなスイーツ大量に買い込んでをすぐさま食欲を満たしたい気分になった。

 行きなれたコンビニに向かった。目的のコンビニ近くまで来たが、いつもの見慣れたコンビニはなかった。そこには別のお店が建っていた。いやお店と言っていいのか少し戸惑った。

 看板には、お店の名前ではなく、「いらっしゃいませ」と書いてある。しかも、どうみても手書きのような書きぶりだ。まあ空腹を満たしてくれるものがあればいいと思い店に入った。

 なんだ、この空気、いや雰囲気。今まで経験したことのない異様な空間に入り込んだようだ。青白い光が充満し、気分はすぐに落ち込んできた。さっきまでの高揚した気分は跡形もなく消えてしまっていた。いつものコンビニに陳列してある食料品や飲料水などは影も形もなかった。代わりに目に飛び込んできたのは、手のひらにやっとのるほどの大きさの朱色の玉である。しかも陳列棚に無数に整然と並べられていた。商品はこれだけなのか。

 全身の力が抜け呆然と立ち尽くしていた自分に、突然、穏やかに語り掛ける声がした。

「いらっしゃいませ、よくぞ、このお店をお選びになりました」「このお店にお客様がいらっしゃるのはほんと久しぶりです」

 声のするほうへ目を向けると、見上げるほどの背の高い人物が立っていた。吸い寄されるように、ゆっくりと視線を上方に移すと男性とも女性とも取れそうな整った顔立ちが目に飛び込んできた

 「完璧だ」思わず声が出てしまっていた。これまで実際にあった人はもちろんテレビやネットなどで目にしたキャラとも比較にならないほどの美しさを

見せていたのだ。しかも、神が創造したのかと思われるほど欠点が微塵もない完璧さなのだ。こんな人間が存在していたのか。

 失礼とは思いながら、彼、いや彼女なのか。我を忘れて、うっとりと見入っていた。

 「あっ。すいません。僕はただ、お腹が空いたので、何か甘いものでもと思って、こちらのお店に来たんです」

 「そうですか。それなら、ここにある好みのものをお選びください。」

 この人は何を言ってるんだ。思わず心の中で叫んでいた。僕はこんな奇妙な玉を買いに来たんじゃない。大好物の甘ーいどら焼き、できればこしあんがたっぷり入ったやつを買いに来たんだ。断じて趣味の悪い装飾品の玉を買いに来たんじゃない。

 「ほう、お客さまは、どら焼きをご希望ですか。それなら、2番棚の右から5番目の商品がよろしかと」

 僕の気持ちが読めるのか。急に寒気がしてきた。自分の気持ちを勝手に探られるなんて気持のいいもんじゃない。

 「だいぶ驚きのようですね。わたしも実はお客さま以上に驚いているのですよ。なんせ、このお店のお客さまは400年ぶりですから。そう、前のお客さまはトヨトミなんとかとおっしゃってましたよ。髪型も服装もあなたとはだいぶ違ってましたねえ」

 もしかしたら、歴史上の人物、戦国武将の「豊臣秀吉」のことを言っているのか。

 「ヒデヨシ?そうトヨトミヒデヨシ。そうおっしゃてました」

 「最近、物覚えが悪くてねえ。ついこの前、100年くらい前のことも

  忘れちゃうんだから」

 ますます混乱してきた。これは現実なのか。そうだ、自分はまだ夢の中にいるに違いない。夢ならとっとと覚めてくれ。

 「いいえ、正真正銘の現実ですよ。わたくしの仕事はお客さまのご希望を完璧に叶えること。それを生きがいにしてますから」

 ああ、もうわけがわからなくなってきた。夢なら夢でいい。気が付くと、彼、いや彼女か。店員の言われるままにその玉を注文していた。

 「あっそれ、あなたのお勧めの玉をください」

 「はい、承りました。2番棚の右から5番目の商品ですね。いま、準備いたします」

 準備する?何を準備するんだ。店員のしぐさをじっと眺めていた。

店員は陳列棚から、朱色の玉を取り上げると何やら、その玉に向かって語りかけ始めた。

「さあ、お客さまが数多くある中からお前をお選びになったんだよ。最高のサービスを提供しておくれ」

 朱色の玉は一瞬だけ優しく微かな光を放つとまた、もとに戻ってしまった。

「お客さま。ご準備できました。さあ、最高の商品ができました。どうぞお持ちください」

 ほんとに欲しいのは、大好きなどら焼きだったんだけど、もうこれは夢だからと割り切って、玉を受け取り店を出ることにした。

 店を出て空を見上げるとまぶしいくらいの晴天であることに気づいた。天気のことなんかいつもなら無頓着で気にもかけずやり過ごすところだが、今日は何か特別な日と感じ始めた。

 胸騒ぎがして振り返った。まだ、僕は夢を見ているのか。さっき入った怪しげな?お店は忽然と消えていた。そこにはいつもの見慣れたコンビニがあった。自分は意識が飛んでしまったのか。

 手元には、受け取った「玉」がある。これは現実だ。少し頭の中を冷静に整理する必要がありそうだ。すぐさま家路を急いだ。

 家につくやいなや、例の玉を机に置くと、すぐさま台所でコップ一杯の水を一気に飲み干した。さあどうしたものか。どう扱ったらいいんだ、この球を。

 その時だ。玉は強い光を放ち始めた。もう凝視どころか目を向けるのもはばかられるほどの強烈な光だ。

 だが、一瞬にしてその強い光は収まり、玉の中に何かが映しだされた。なんだ、これは。ひどく懐かしい光景が目に飛び込んできた。

 

 

 






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