episode.08
ローブを着ていないというだけでこんなに落ち着かないものだっただろうか。
いや、落ち着かないのはローブの有無よりも、一緒にいる人物が1番の要因だろう。まさか、こんなに人目につく場所でロベルトの隣に立つ日が来るとは思わなかった。釣り合っていないにも程がある。
魔女の家まで迎えに来てくれたロベルトが「ローブはいいのか?」と声をかけてくれた時に取りに戻るべきだった。あの時はロベルトを直視してしまった衝撃で頭が働いていなかった。
とは言え、以前街中で偶然ロベルトに会った時、ローブは逆に目立つと言われたし、陰気臭い魔女の隣を歩くのはロベルトも嫌だろうと思って置いてきたのだが、今はあのローブがとてつもなく恋しい。
「少し休むか」
「……そう、ですね」
雑貨屋さんやアクセサリー店をいくつか回ってプレゼントの候補は絞られてきたが、その分疲労も溜まってくる。特にイブにとってこの状況は緊張もあってかなりドッと来るものがある。
商店街の一角には屋台が立ち並び飲食スペースが設けられた場所がある。お昼時は平日でも混雑しやすいのだが、背の高いロベルトが手早く空いている席を見つけてくれた。
「何か飲み物を買ってくる」
「じゃあ私も一緒に……」
「いや、お前はここで少し休んでいろ。また席を見つけるのも面倒だからな」
「…………わかりました」
そう言われてしまっては席を立つわけにもいかない。気を使わせてしまっただろうかと思いつつ、ここは素直に甘える事にした。
賑やかな商店街には子供連れの家族も多い。ルフィナは今日はロベルトのお屋敷の使用人達と留守番をしていると言う。サプライズで用意するとなると連れてくるわけにも行かないのだが、もし母親が生きていたなら、ロベルトと3人で出かけに来ていたのだろう。
イブには縁の無い話だ。
思わず小さくため息が漏れそうになったその時……
「あれ、イブ!珍しいな、こんな所にいるなんて」
「………ヴァンサン…。仕事は?」
「はは、仕事中だ」
右手を上げてダラダラと歩きながら声をかけてきたのは、薬屋を営むヴァンサンだった。昼間だと言うのに両手に女連れとは良いご身分だ。店は閉めてきたのだろう、いつもの事だ。
「お前は何してんだ?」
「………別に、なんだって良いでしょ」
その両脇の美女さんからの視線が痛いから話しかけないで欲しい。美女さんも、こんな芋女に対抗心を抱かないで欲しい。この男とはただの商売繋がりなだけなのだから。
だがヴァンサンは酔っているのかイブの願いは届かない。
「1人か?お前が街に来るなら言ってくれれば付き合ったのになぁ」
「いらない」
「んな冷たい事言うなよ。俺とお前の仲だろ」
「……………」
一体どんな仲だというのか。とにかく余計な事を言わないで欲しい。そして睨まないで欲しい。こんなにも空気が読めない男のどこが良いのかさっぱり分からない。
こうなったら適当にあしらってさっさと退いてもらおう。酔っているのヴァンサンほど面倒なものは無い。
「今日はデートなの。用がないならもう良いでしょ」
「っははは!デート?お前が??」
「……………」
「もっとマシな嘘をつけないのか、お前は」
お腹を抱えて笑うヴァンサンを睨む。確かにデートは嘘だが、そんなに面白い話をしたつもりはない。
「良いから放っておいてよ」
「いいや、それは無理だなぁ。お前をデートに誘う男がどんな奴か見届けねぇと」
「俺だ」
「っ!?!?」
ヴァンサンに気を取られて背後にロベルトが近づいている事に全く気づかなかった。一番最悪なタイミングだ。
言い訳をするにもパニックのイブは息が詰まって言葉が出てこない。その間にもヴァンサンがロベルトを挑発するような態度をとる。
「……へぇ。あんた、こいつに惚れてんの?」
「ああ」
「!?!?」
ロベルトは妙な男に絡まれているイブを助けてくれようとしているのだろう。全て嘘だと分かっていても、あまりにも自然で、まるで本当にそうであるかのような態度に心臓が高鳴る。
「あんた、モテるだろ。こいつにこだわる必要はないんじゃねえの?」
「俺に彼女を取られるのが嫌なら、相応の態度をとったらどうなんだ」
「ははっ!そんなんじゃねえよ」
とにかくヴァンサンには一刻も早くこの場を去って欲しいのだが、彼には彼で良いところもあるので無下に拒絶も出来ないのが厄介なところだ。
加えて男2人の迫力に押されて、イブはもはや見守る事しか出来ない。
「あんたに、こいつが落とせんのか?」
「彼女は俺の誘いを受けて今ここにいる。それが全てだ」
頼むからこれ以上余計な事を言わないで欲しい。そんなに威嚇して何が楽しいのか。ロベルトが貴族で王族の側近を務めるような人だと知ったらヴァンサンは肝を冷やすだろう。
チラリと2人を盗み見ると、ここでようやくイブの願いが通じたのか、ヴァンサンはフンと鼻で笑うと一歩身を引いた。
「まあいい。じゃあな、イブ。また後でな」
「………」
無事にヴァンサンが去っていく事に安堵する。美女に最後まで睨まれたのは不毛だがこの際どうでもいい。
なぜなら、これからどうやって自分の失態を誤魔化そうかという事でイブは頭がいっぱいだった。