episode.07
魔女の家の花壇の前に置かれた長椅子に座って、駆け回るルフィナの様子を穏やかに眺めていたイブだったが、いつもよりも早めに迎えに来たロベルトが何の躊躇いもなく空いていたイブの隣に腰掛けた事により事態は急変した。
なぜこんな事になっているのか、イブは緊張で冷や汗が止まらないし話しも頭に入ってこない。いつもなら迎えが来たら一目散にロベルトに抱きつくルフィナも、今日はまだ遊び足りないのか、手を振るだけでまたお花摘みを始めてしまった。
動揺を悟られまいとイブは前だけを見て声をかける。
「…今日は、早かったんですね」
「ああ。仕事に集中出来なくてな」
「………?」
ロベルトでもそんな事があるのかと意外だった。意外に思うあまり、思わずロベルトを視界に入れてしまって、清潔なシャツから覗く腕や胸元にドキッとする。
これではただの変態ではないかとイブは小さく首を振って雑念を振り払った。
「何かあったんですか?」
「………まぁな」
ロベルトの仕事には守秘義務に関わることも多い。何か問題があったとしても、そこらでぼんやりと生きている普通の魔女に教えてはくれないのは分かっている。
大変な仕事を請け負う事も多い上に、小さな子供を育てていれば心労も絶えないだろう。
「何か……私でも力になれる事があれば、いつでも言ってください」
力になれる事なんて、何も無いのだろうけれど。
イブが自分の言葉なんて気休めにもならないだろうなと思っているとロベルトが口を開く。
「だったら……」
「………?」
「だったら、今度一緒に出掛けないか?」
「……え?」
コンドイッショニデカケナイカ?
予想外の言葉にイブは困惑した。これほど高貴なお方が、どこぞの魔女なんかと、何のために、どこへ出掛けようと言うのか。
今のイブが役に立ちそうな事と言えば薬の知識ぐらいしか……。
「薬!?薬が欲しいんですか?」
「は?」
「どこか悪いんですか?治療は?受けたんですか??」
体調不良では仕事も捗る訳がない。せめて症状だけでも分かれば、イブにも出来ることがあるかもしれない。治癒魔法の効果が得られない大病出ない事を祈るばかりだった。
イブの突然の剣幕にロベルトは息を呑む。普段、まともに目を合わせようとすらしないイブが、至近距離で真っ直ぐにこちらを見ている。
どういう訳か、体調を心配されているらしいがそれはイブの勘違いだ。もう少しこのままでいたい気持ちもあるが、誤解させたままでは悪いのでロベルトは咳払いをして気持ちを切り替えた。
「体調は問題ない」
「ではどこかお怪我を?!」
「いいや」
「………そう…ですか…」
安心したのも束の間、ではなぜ魔女と出掛ける必要があるのかが分からない。イブが頭を悩ませていると、ロベルトは小さくため息をついた。
「ルフィナが、もうすぐ誕生日だろう。何か用意してやりたいんだ。参考意見を聞きたい」
「………なる、ほど…。私でよければ…」
「頼めるか?」
参考になるかどうかは置いておいて、ロベルトがイブを頼ってくるのはいつでもルフィナ関係の事だ。そういう事ならイブを誘い出す事に納得出来ない事もない。
「イブー!」
イブが頷いて見せると、ちょうどルフィナも区切りがついたようで駆けて来る。転んでしまわないかと心配でイブは立ち上がり、数歩ルフィナに歩み寄った。
「イブ、しゃがんで!」
「………?」
「目瞑って!」
嬉々としているルフィナに急かされ、訳もわからず言われるがまま身を屈め目を瞑る。
頭に何かが触れた感触の後、ルフィナの指示で目を開けると、頭の上には手作りの花冠が乗せられていた。
「これ、私に?」
「そうだよ!イブ、いつもありがとうの気持ち!」
「……………え、?」
初めて会った時、あれ程イブの事を警戒していた女の子にこんな事を言われるとは思っていなかった。
普段、黒や紫と言った暗い色のローブに身を包んでいる事が多いイブだが、本当は美しい花や光り輝く物が好きだったりする。ただ、派手なものを身につけて洒落っ気付いた自分を見るのが気恥ずかしく、そう言ったものは見て楽しむものだった。
まだまだ器用とは言えない小さな手で一生懸命に作ってくれたのかと思うと、歪さも全く気にならない。
「よく似合っているな」
「っ……!」
いつの間にかすぐそばまで来ていたロベルトに言われると余計に気恥ずかしい。深くフードを被ってしまいたい衝動に駆られるも、それでは花冠を壊してしまいそうで出来ない。
「あり、がとう…ルフィナ。すごく嬉しい」
「どういたしまして!」
恥ずかしさと嬉しさで体温が上昇するのと同時に心も温かくなる。自分はもう十分に幸せ者だ。これ以上何かを望んではバチが当たりそうだ。
コンクリートに囲まれた劣悪な施設で、陽の光も僅かにしか感じられなかった幼少期に、未来にこんな良い事が待っているなんて想像も出来なかった。
イブはルフィナの屈託のない笑顔を守る為なら何だって出来る気がした。