episode.06
ルミナス王国第二王子ダンテ・ルミナスは良くも悪くも他人との距離感が近い。
隙を見ては城を抜け出し、至る所へ足を運ぶ。
「俺は第二王子だからな。兄上よりも身軽だろ」
という事で、皇族として、国の現状を知るには自分で見聞きするのが一番良いという昔からの心情が今もそうさせているのだが、今日は朝から書類整理に明け暮れている。
「そう言えばロベルト、お前随分親しく話していたな」
「何の話だ?」
執務机に大量に積まれた書類に目を通しながら、片手間にダンテが口を開く。突然切り出され、ロベルトは何の事か分からなかった。
ダンテが意味深に口角を上げる。
「イブ・オルランディ。エルダ・オルランディの娘で元宮廷魔導士」
「………見ていたのか」
先日、街で偶然ルフィナの手を引いて歩くイブを見かけた時、思わず声をかけてしまった時の事を話しているのだろう。
「お前があんな風に女性と話すのは珍しいからな」
「ルフィナを預けているから声をかけただけだ」
「俺にも声をかけてくれれば良かったのに」
「………」
イブが王宮に勤めていた頃、彼女の名は広く知られていた。ただでさえ稀な多属性魔法を使い熟す事に加えて、天才魔導士エルダの娘。ダンテも何度か顔を合わせていたし、覚えていて不自然はない。
イブもあの驚きようだ、ダンテの事はもちろん知っているだろう。だが、ロベルトは敢えて2人を会わせなかった。会わせたくなかった。
「まったく薄情なやつだ。彼女の居場所を教えてやったのは俺だって言うのに」
「……3年も黙っていただろ。それに、気づいていたならこちらへ来ればよかっただろ」
「行っても良かったのか?」
「…………」
よりにもよって一番厄介な人物に弱みを握られてしまっている。ダンテはいいおもちゃを見つけたと言わんばかりにクスクスと笑みを浮かべており、そのせいで余計に居心地が悪い。
「お前が彼女と結婚すれば、城に戻ってもらうのは益々難しくなるな。彼女を妬む者が多すぎる」
ダンテはすっかり手を止めて、机に肘をつきため息を漏らした。
ロベルトはその地位とルックスから女性に熱い視線を送られている事を自覚している。つまり、そういう事を懸念しているのだろう。それが無くても、イブが今後王宮に戻る可能性はかなり低いとは思うが。
「まあ、仕方が無いか。娘も懐いているんだろう?」
「ルフィナは…そうだな」
ルフィナがイブに懐いているのは間違いない。
ルフィナの存在はこれまで公にならないように注意されてきた。それはロベルトの生家である公爵家がルフィナの母親……ロベルトの姉の行動を不貞と見做し最後の最後まで認めなかった為だ。
姉のルシアは身体の弱い人だった。長くは生きられないだろうと医者に宣告され、幼い頃からよくベッドで過ごしていたのを覚えている。
そんな彼女が子供を身籠ったと聞いた時は家族全員が言葉を失った。
ルシアは最後まで子供の父親が誰なのかを明かさなかった。ただ、自分が生きていた証を残したかったのだと言い残し、3歳になったばかりの子供を残して彼女はこの世を去った。
兄のアーサーは家督を継がなければならないし、既に婚約者もいる。何より母親のいないあの屋敷にいたら、ルフィナが肩身の狭い思いをするのは明確だった為、兄に子供は託せなかった。それで、既に王都に自分の屋敷を構えていたロベルトがルフィナを匿う事になり今に至る。
ルフィナが成長し魔力がある事が分かって約1年、ずっと探していたイブの居場所を知れたのは幸運だった。イブがルフィナの魔法指導を請け負ってくれた事で、イブに会いに行く口実が出来たのも好都合だった。
ロベルトにとってイブはずっと特別だった。
稀有な能力や、あの天才魔導士の娘だという事に全く驕らず、努力家で、人に媚びず、技術力は高い。魔物の討伐を共にした事のある騎士なら、誰でも彼女に一目置くだろう。だが、エルダと違って大人しい性格のイブは嫉みの対象となってしまった。
王宮内も一枚岩では無い。ロベルトがイブを庇えば庇うほど、彼女の立場は悪くなる一方だった。
イブがロベルトに何も告げず突然宮廷魔導士を辞めたのは、彼女にとってはその程度の関わりだったという事なのだろう。なのに自分は未練がましく、ルフィナを出しにしてまでイブと繋がりを持っていたかった。
これほど執着する気持ちを何と呼べば良いか分からないほど純粋を装うつもりは無い。
「あまりモタモタしているなら、俺が彼女の婚約者に名乗り出てもいいんだがな」
「冗談はよせ」
妙な事を言うダンテを見据える。また揶揄おうと煽ってきているに違いない。
だが、ダンテは怯む事なくロベルトに挑発的な視線を向けた。
「冗談じゃ無い。俺が、彼女の居場所を把握していたのはなぜだと思う?」
「それはお前が皇族だからだろう」
「そうだ。彼女は国の監視下にいなければならない存在だからな。必要なら政略結婚もあり得ない話では無いって事だ」
「彼女の魔法が今後暴走するとでも?」
「全く有り得ないとは言い切れないだろ。俺の意見では無いがな」
イブが自分の能力を正しく制御できている事は一目瞭然だ。ダンテももちろん分かってはいるのだろう。だが、この国にはダンテですら逆らえない相手がいる。
「信頼できる人間の元にいれば、上も納得するだろう。俺はお前が適任だと思ってる」
「……簡単に言うな」
「っぶはは!引く手数多のお前が女性相手にこうも苦労する日が来るとはな!」
ダンテがこの話をしたと言う事は、もうそれ程猶予は残されていないのかも知れない。
大笑いしているダンテを尻目に、ロベルトは全く笑えそうになかった。