episode.20
「すまなかった」
「い、いえ!そんな、ロベルトさんのせいじゃ…」
神妙な面持ちのロベルトに頭を下げられては、イブも流石に慌てる。2人のやりとりをルフィナは側で大人しく見ていた。
ロベルトがイブに対して頭を下げた理由、それは、先日の誘拐事件に関する事だった。取り調べにより、男達は以前、違法な薬物の取引現場をロベルト率いる騎士団により取締られ、全てを失った腹いせに犯行に及んだのだと言う。ルフィナが狙いだと言っていたのは、人質にして金銭を奪おうという安易な考えだったのだとか。
イブはそれに巻き込まれた訳だが、絶対にロベルトのせいでは無い。むしろ、ルフィナが1人じゃ無くて良かったとさえ思える。
「ああ、頭を上げてください!」
イブの家の損傷は、壊されたドアと割られた窓くらいで、残念ながら金目のものは無かったのでヴァンサンに頼んですぐに直してもらえた。力仕事を頼んだのでヴァンサンは文句を言っていたが、最後に回復魔法を掛けたらそのまま夜の街へ行くと言い残して消えた。
だから本当に気にしないでほしい。
「俺の責任だ」
「違います!私が力不足だったんです」
「あの状況なら、最善だっただろう」
「私は何でも魔法に頼りきっていますから、そのせいです」
「魔術師なんだから当たり前だ」
「それを言うならロベルトさんだって騎士として当然の事をしただけじゃ無いですか」
不毛な争いだとは分かっているが引き下がるわけにもいかず、イブも久しぶりにやけになっていると、その様子を黙って見ていたルフィナがスッと2人の間に割って入った。
「2人とも喧嘩しないで」
「……………」
子供に言われてしまっては黙るしか無い。ロベルトがどう思っているかは分からないが、イブは子供の前で大人気なかったかと反省しているとルフィナは更に続けた。
「私、剣習いたい」
「………え?」
突然の事にイブもロベルトも驚いて難しい顔になる。女性で騎士になる人も稀にいるが、やはり剣を握るのは体力的にも男性の方が多いのが実情だ。
「急にどうしたんだ?」
ロベルトの問いかけにルフィナは小さくため息をついた。
「だってイブは大人だけどすぐ疲れちゃうから出来ないでしょ?」
「う………」
子供に体力の無さを指摘されてしまうとは情けない。だが否定も出来ない。宮廷魔導士を辞めてからは魔物の討伐にも行かないし体力の低下は否めない。
「だから私がイブの事守ってあげるの」
「え?私を…?」
「家族の事は、私が守ってあげるの!」
「……………家族、って…」
「イブとロベルトと私、家族になるんでしょ?」
言葉を失うイブの隣でロベルトが鼻を鳴らす。
「俺の事は守ってくれないのか?」
「守ってあげるよ!全部全部ぜーんぶ、守ってあげるよ」
「それは頼もしいな」
イブは完全に置いてけぼりを食らっている。ロベルトがなぜ、ルフィナの話をそんなにすんなり聞き入れられるのかが分からない。
「イブ、大丈夫?」
「え?」
ルフィナに声をかけられてぼんやりしていたイブはハッとした。
「ご、ごめん、ぼーっとしてて」
「やっぱりイブは私が守ってあげないとダメだね!」
「…すみません」
あんな怖い事があった後だと言うのに、もう前を向いているルフィナに圧倒される。臆病で卑屈なイブには考えられない。今になってこんな自分に、家族なんてものが務まるのか自信が無い。エルダとだって、家族だったかと問われると正直自信はない。
「イブ」
「っ、はいっ?」
「何を考えてるんだ?」
イブは正直に答えた。
「家族って、どんな感じだろうかと。私は普通の家族がどんな感じか、分からないので」
エルダの娘だと言われる事もあるし、それを否定するつもりは無い。良くしてもらっていたのも事実だが、あの人は色々変わった人だった事も間違いない。
ロベルトが俯いたイブの手を取る。イブの手の上にルフィナの手を重ね、その上に更にロベルトの手が重なる。
「お前が何を普通だと思っているかは分からないが、例えば、血の繋がった親子が一緒に暮らす事を普通の家族と言うなら俺たちには不可能だな」
「………」
「だが俺は家族の形に正解は無いと思っている。俺達がどんな家族になるのか、試してみないか?」
イブは胸が締め付けられて、目元もジンとして言葉にならない。好きな人に言われてこんなに嬉しい事はない。だけどまだ足踏みする自分もいて返事が出来ない。
「私で、良いのでしょうか」
「イブが良いよ!ね?ロベルト」
「そうだな。イブ、結婚してほしい」
今度こそ、目に涙が溜まってイブは歯を食いしばったが溢れてくる。
「イブ…嫌だったの?」
心配そうに覗き込むルフィナに、イブは下手くそな笑みを浮かべ首を振った。
「よろしくお願いします」
やいやいとルフィナが騒いで魔女の家は騒がしくなる。こんな未来が自分に待っていたなんて、子供の頃の自分に、いや、宮廷魔導士を辞めた時だって想像出来なかった。
狭い魔女の家では飽き足らず、外へと駆け出していくルフィナを追ってイブとロベルトも外へ出る。
「結婚式の日取りを決めないとな」
「け、結婚式…ですか?」
無縁と思っていた言葉にイブは困惑した。
「お前の気が変わる前に済ませておきたい。また黙って逃げられたら困る」
「あの時は別に逃げたつもりでは…」
本当にそんなつもりはなかったのだが、何を言っても言い訳に聞こえてしまうだろう。だからイブは勇気を出してロベルトの手を自ら握った。
「あなたから、逃げたりなんてしません」
「言ったな?」
「……………?」
ロベルトが意地悪そうな顔で笑みを浮かべた理由をイブが知る事になるのはもう少しだけ、先のお話。
キリ良く20話にて完結させて頂きます!最後までお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました!
まだまだマイペースに執筆するつもりですので、その時はまたお付き合い頂けると幸いです!




