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episode.15



お互いの気持ちが通じ合ったからと言って、ロベルトとイブの関係が何か劇的に変わる事は無かった。むしろ、おかしい程に今まで通りに過ごしているせいであの夜の出来事は夢だったのではないかと錯覚しそうになるが、たまに送られるロベルトの視線や触れる手の温度が現実だと伝えてくる。


ロベルトは、その度に赤くなるイブを気遣って今は何も変えずにいてくれるのだろう。イブはそれに完全に甘えている。


そんな、何も変わらないようで少しずつ変化する生活の中で、劇的に変化したものがひとつだけあった。


それは………


「魔法つまらないから勉強したくない」

「………どうして急にそんな事」

「とにかく嫌なの。帰りたいの」

「……………」


どういうわけか、ルフィナが突然魔法の勉強を嫌がるようになった。物覚えも良かったし、教えを厳しくしたつもりもない。イブにとっては晴天の霹靂で、なぜそう言い出したのかが分からない。


年頃の女の子だからと言ってしまえばそうなのだろうが、何か理由があるのだろう。


ロベルトはこれ以上迷惑はかけられないと言っていたが、途中で投げ出すのが嫌で様子を見させてほしいと頼んでルフィナをいつも通りに連れて来てもらっている。


今のルフィナはイブの幼少期と重なる。理由もなく世の中に反感を抱きひねくれ者だったイブを、師であるエルダは一度も見放さなかった。イブもそうでありたいのだ。そうである事で少しでもあの人に近づきたいのだ。


とは言え、何をどうしたら良いかはまるで分からない。


話をしようにも「イブとは話したくない」

魔法を教えようにも「勉強したくない」

どこかへ出かけようにも「家に帰るなら行く」


完全なるお手上げ状態だった。ルフィナはロベルトが迎えにくるのをずっと待っているようで、窓の外を眺めてばかりいる。イブはなるべく明るく振る舞うようにして声をかけた。


「天気が良いし、外に出てみる?」

「イブ、先生やめなよ」

「え?」

「イブの魔法つまんない。だからもうやりたくないの」

「……………」


そう言われると流石にちょっと傷つく。確かに人に物を教えるセンスが自分にあるとは思わないが、一応元宮廷魔導士だっただけの実力はあるはすだ。その出来る限りをルフィナに教えようと尽力して来たつもりだ。


何より、今の言葉ではっきりした事がある。ルフィナが突然態度を変えたのは、魔法が嫌いになったのでは無く、イブの教え方、あるいはイブ自体が嫌になったという事らしい。


「私とじゃなかったら勉強するって事?」

「魔法はアカデミーに入ったら勉強する」

「でもルフィナは魔法が上手だから、早いうちに訓練すれば色々…」

「嫌だ!イブだって本当は私に魔法教えたく無いくせに!!」

「そんな事ないよ…」


ボロボロと大粒の涙をこぼすルフィナに、何をしてあげたら良いのか分からない。


ルフィナに魔法を教えるのが嫌だと思った事は無い。確かに最初は他に適任がいるだろうと思っていたけれど、宮廷魔導士を辞めてひとりぼっちのイブにとってルフィナとロベルトと過ごす時間が楽しみになっていた事は間違いない。


どうしたらそれが伝わるだろうかと考えていたその時、立て付けの悪くなった家の扉がノックも無く大きな音を立てて乱雑に開けられた。


「取り込み中に悪いな、邪魔するぜ」

「……………」


ゾロゾロと入ってくる見覚えの無い男にイブは警戒心を露わにした。例え客だとしても横暴が許されるわけでは無い。イブは平静を装って男に声をかけた。


「……何か御用ですか?」

「ああ。でなけりゃこんな所まで来ないだろう?」

「では何のご依頼ですか?」

「あんたにじゃねえんだ。用があんのはそっちだからな」


そう言って男がニヤリと口角を上げ目配せした先にいたのは、驚いて固まっているルフィナだった。その反応を見ると、ルフィナとこの男が知り合いだとはとても思えないし、こんな輩がまだ幼いルフィナに用があるだなんて、良く無い何かに違いない。


ルフィナに危害を加えられないようにイブが間に割って入るも、男は強気な姿勢を崩さない。何かあった時にすぐに反応出来るように身構える。無闇な攻撃は魔法の有無に関わらず犯罪になってしまう。


「用件は私が伺います」

「だから、用があるのはあんたじゃねえって言ってるだろ?」


後方から、ガシャンと窓が割れる音に混ざって、ルフィナのぐぐもった悲鳴がイブに届く。ハッとして振り向いた時には、ルフィナは既に別の男に口元を覆われて捕らえられていた。


ルフィナを守ろうと背を向けていたのは失敗だった。なぜ相手が男1人だと決めつけていたのか。ルフィナの瞳には恐怖で涙が溜まり溢れていて、何とか攻撃出来ないかと思っていたのだが体に異変を感じる。


「くくくっ。魔法は無理だぜ?お嬢さん」

「…………」

「魔術師ってのは本当に厄介だよなぁ。これを手に入れるのに随分手間取ったぜ」


そう言って男が取り出したのは持っているだけで一定範囲の魔法を無効化する作用があるカードだった。かなり値が張る代物をどうしてこんな野蛮な男が持っているのかは定かでは無い。


だがこれで、イブとルフィナは魔法を使えない。魔法を無くしたイブが大の男相手に何が出来ると言うのか。最悪な状況の中でイブは何とか心を落ち着かせようと努める。


「用があるのは嬢ちゃんだけなんだが、あんたにも一緒に来てもらうぜ。妙な手を打たれちゃあ困る」

「………」


意味もなく狭い魔女の家の中を徘徊する男から距離を取るフリをして、イブは作業台の引き出しの中からある物を手に取った。ルフィナを人質に取った事でイブが何も手出し出来ないと思ってか、すぐに手足を拘束されなかったのは幸いだった。


ルフィナと共にぐいぐいと背中を押されて外に押し出されると、イブは玄関先で手に持っていた物を男らにバレないように落とした。





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