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episode.12



「………ロベルト、さん…?」


言葉ははっきりとしているが、行動がそれに伴っていない。伝わってくる体の熱が熱い所をみると、まだ薬の効果は切れていないだろう。だが、イブを抱き寄せる腕は加減されていて極めて優しい。


突然の出来事にドギマギしていると、それを見ていた青年はニッコリと笑みを浮かべた。


「分かりました」

「えっ!?」


いくらロベルトの部下でも、こんな状況の上司の命令をこんなあっさりと聞いていいものか。命に関わる状況では無いとは言え、心配では無いのか。


青年があっさりと返事をすると、ロベルトはコテンとイブの肩におでこをつけた。やはりまだ薬が体を蝕んでいるのだろう。イブとしては一刻も早く距離をとりたいのだが、動こうと身じろぎするとロベルトの腕に力が加わり逃れられない。


「では、魔女殿。すみませんが僕はもう戻らないとなので、ロベルトさんの事、お願いします」

「いや、あの、でも…」

「ああ、報酬は言い値で支払うとの事です」

「いや、そうではなく……」


そんな心配はしていない。


イブは正真正銘、善良な魔女だが、生憎ロベルトを助ける方法を持ち合わせていない。だからここにロベルトが残ったところで出来る事は何も無い。イブが困っていると、青年も困ったように眉を下げた。


「すみません。殿下にもそうするように言われているので…」


逆らえない相手とは誰にだっているものだ。この国に住んでいる以上は、宮廷に仕えようがそうじゃなかろうが、王族には逆らえないものだ。


「でも、私に出来る事は何も無いんです」

「いいえ。魔女殿はロベルトさんの近くにいてあげてください。きっとそれだけで十分です」

「……………?」

「もしも万が一、ロベルトさんが不貞を働こうものなら……その時は怪我をさせても構わないと殿下からの伝言です。あなたなら、魔法を使えば可能ですよね?」

「……ふ、不貞って…」


記憶が残るとは言え一時的な効果しか得られない惚れ薬とはつまり、既成事実を作るための薬とも言える。意中の人が自分に惚れている間に事を成してしまおうという強硬手段。もしくはやむを得ない事情があり、この一夜を一生の思い出として生きていく覚悟の人も中にはいるだろう。ロベルトは今、そんな薬を飲まされてはいるが、強い精神力で現実と幻想の狭間にいる。


イブをイブだと正しく認識出来ていればそんな事にはならないだろうが、薬の作用でイブを今は亡き最愛の人と錯覚した場合はどうなるか分からない。


ロベルトもこんな魔女なんかを相手にはしたく無いだろうし。


「では僕はもう行きますので」

「え、あっ、ちょっ………」


強引に出て行った青年を追いかけようにも、拘束する腕を振り解けはしない。


「あ、あの、ロベルトさん?」


事情があるとは言え、この状況で2人っきりは心臓に悪すぎる。なんとか離してもらえないだろうかと身じろぎしてみるもびくともしない。


「頼む。もう少しこのままでいてくれないか。顔を見ると…抑えが利かなくなりそうなんだ」

「…………………」


ロベルトの訴えにイブを言葉を無くすも、大人しくしている事にした。とにかく、ロベルトが今辛い状況を少しでも楽に過ごす方法はこれしか無いらしい。


他人から渡されたグラスを飲む時はもう少し気をつけるようにもっとちゃんと言っておけば良かった。今回、惚れ薬だったのは不幸中の幸いだ。もし、他の毒物だったら命があったか分からない。


幼くして母親を亡くしたルフィナを残してロベルトまでいなくなってしまったら、今度こそ彼女の心は壊れてしまいかねない。そうじゃなくても危険な立ち回りも多い仕事だと言うのに。


そんな事を考えていると、イブの肩に項垂れたままのロベルトがため息を吐いた。


「お前は…いつも余裕そうにしているな。意識、しているのは……いつも俺ばかりだ」

「………?」

「お前がいなくなって、俺がどんな気持ちだったか…分からないだろう?」

「……………」


やはり亡くなった奥様の幻影を見ているらしい。だけど、本当に辛い思いをするのは、薬が切れて全て幻覚だったと知る時だろう。


無力なイブは何も言葉を発する事が出来ない。ロベルトの声があまりにも切なくて、ずっとロベルトに片想いをしてきたイブの心も痛んで目から涙がこぼれ落ちた。


辛いのはロベルトの方なのに、イブの涙も止まらない。育ての親である師を亡くしているイブも、もう二度と会う事が叶わない事がどれ程辛いかは分かっているつもりだ。


ポタポタと雫が落ちると、ロベルトが異変に気付く。


「…………泣いてる…のか?」

「………すみ、ません…」


ロベルトはそれに気づくと一度イブから離れ覗き込むようにしてイブと向き合った。


未だボロボロと大粒の涙をこぼすイブの姿を、ロベルトの鋭い視線が、隠し切れない熱を孕んだまま真っ直ぐに捉えていた。





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