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episode.11



夜、少々乱雑なノック音の後、「こちらに魔女殿はお住まいでしょうか!?」と言う明らかに性急そうな客の声を聞き、イブはそっとドアをあけた。


「………はい、いらっしゃいませ」

「ああ良かった!夜分遅くに申し訳ありません、実は緊急事態でして……」


そこにいた初めましてと思われる青年はほっとした表情のあと、困ったように眉尻を下げ笑みを浮かべた。年若いが騎士の正装姿だと分かり何の用かと首を傾げたのは一瞬で、青年の肩に担がれてだらんと項垂れている人物が誰か分かった時、イブは生きた心地がしなかった。


「ロ、ロベルトさん!?一体何が……」


怪我をしたのか、それとも毒を盛られたのか。なぜ、宮廷魔導士でも宮廷医でもなく、ここを訪ねて来たのか。息はしているのか、心臓は動いているのか、意識はあるのか。もしも記憶に作用する薬を飲まされたのだとしたら無くしたものを取り戻す薬はない。そもそも一体誰がこんな事を…。


色々な可能性がイブの頭を過ぎる。


パニックになりながらも、青年とロベルトを魔女の家へと招き入れ、ロベルトには一度イブのベットに横になってもらう。背の高いロベルトには窮屈だろうが、ベットは一つしかないので仕方がない。


ロベルトが額に汗を滲ませながら荒く呼吸をしていることに僅かに安堵する。いくら魔女でも、死者を蘇らせる魔法はこの世の禁忌に触れるし、そもそもイブはそんな事は出来ない。


「何があったんですか?」

「実は今夜、社交会がありまして。ダンテ王子の護衛も兼ねて我々も会場に入っていたのですが、どうやらそこで薬を盛られたようで……」

「毒物ですね?色とか匂いとか、何か特徴は分かりませんか?」


解毒をするにも盛られた毒が何か分からなければどうしようもない。慌てるイブとは裏腹に、青年は既に落ち着きを取り戻し穏やかな口調で話し始める。


「毒…と言いますか……何の薬かはもう分かっているんですが…」

「??」


原因が分かっているなら宮廷医か宮廷魔導士が解毒を出来るはずだ。なのにわざわざこんな場所を訪ねて来た理由が分からない。


イブが眉間に皺を寄せて青年の言葉を待っていると、突然腕を掴まれてイブはベットに視線を戻す。


「ロベルトさん?大丈夫ですか?」

「………」


相変わらず白い肌だが頬はほんのり蒸気していて、いつも鋭い目元にも隠しきれない熱が篭っている。ロベルトが手を伸ばしイブの頬に触れると、イブは驚いて呼吸もままならない。


「会いたかった」

「っ…!?!?」

「可愛いな、お前は…」

「っ!?!?!?」


おかしい。何もかもがおかしい。一体全体、何の毒に当てられているのか。一刻も早く解毒をしなければ、このままではイブの方が早く命尽きてしまいそうだ。


混乱するイブの背後から、青年が「あー…」と困ったように声を漏らす。


「実はその、飲まされたのはどうやら惚れ薬の類のようなんです」

「惚れ、薬…?」


もちろん知っている。イブも調合する事が出来るし、依頼を受ければ売る事もあるが、単に惚れ薬と言っても調合する魔導士によって新たな効能が付け加えられている事も多い。


惚れ薬とは基本的に薬を飲んだ人が飲ませた人に対して作用するのだが、稀に薬を飲んだ人に強く想う相手がいた場合、その想いが暴走する事がある。ロベルトがそれ程までに想う相手には心当たりがある。


だがそれは決して自分などでは無い。イブは誓ってロベルトに薬を盛ってはいないし、青年も夜会で薬を盛られたと言っているのだから間違いは無いのだろう。だがロベルトは今、イブに対してその感情を露わにしている。


「…………………幻覚…」


ぽつりとイブが独り言を漏らす。薬の作用がロベルトに今は亡き人の幻覚を見せている可能性は大いにありえる。聞こえていたか否かは分からないが、青年は更に事情を説明してくれた。


「とある御令嬢がロベルトさんの飲み物に薬を混ぜたようです。自分に惚れるはずの薬なのにロベルトさんにその様子はなく苦しみ出したので怖くなったのでしょう。既に白状しています」

「どこでこの薬を?」

「闇市で買ったようです。残念ながら出品者までは分かっていませんが」

「……………」


青年に事情を聞き、どうすれば良いかと思考する。惚れ薬にも解毒薬はあるが、作るには惚れ薬を作る何倍もの時間と労力がかかる。心に作用する薬は治癒魔法の効果はほとんど受けられない。放っておいても数時間で効果は切れるだろうが、その間抱いた恋情は強く心に残る。ロベルトの場合、その相手はルフィナの母親だろう。彼女はもうこの世にいないとなると、心に残る傷はより深く刻まれるだろう。


どうすればいいのか、わからない。こうなってしまっては、ロベルトを傷つけない方法が無い。


「どうして、ここへ連れて来たんです…?」


ここへ来たって、救えはしないのに。


悲観的なイブとは裏腹に、青年は至って当然という態度で答える。


「それは、ダンテ王子の命令です」

「ダンテ…王子………。どうして……」


分からない事だらけで嫌になる。泣いたってどうしようもないのに、ロベルトの胸の痛みを思うと涙が溢れそうになる。そんな時、ロベルトはゆっくりと体を起こすと背後からイブを抱きしめ、青年に向かって言った。


「先に戻っていろ」





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