94話 地平の旅人
雪は止む。
嵐は鎮まる。
無秩序に生やされた仮初めの命である木々は、消えない。
本州において人と竜の住処を隔てる『竜境』より少し東にある奇蹟植生の森林区、『杜若大森林』。
平時は政府によって管理され、時に竜境より洩れ出た竜を塞き止める盾となり、日本国においては奪われた西側の本土を奪還するための足掛かりともなる地。
おおよそ一世紀ほど前に世界を変えてしまった『侵食現実』を境に現れたいかなる既存種とも異なる未知の植物、通称『奇蹟植生』が杜若大森林では多く見られ、日本政府はあえてこの地を開拓すること無く本来の姿に留め、資源採掘の当てにすることも皆無に近いほどである。
ひとえにそれが自然由来のものではないために。
それが表向きの理由ではあるが、真なる理由が別にある。
姿無き銀色の罪竜の存在。
どこからか現れ、一夜にして荒れた地に大森林を作り上げたモノ。
それが政府や護国十一家の一部にのみ伝わる不確かな都市伝説であり、豊富な資源を手付かずのままにしておくには少しばかり弱い理由付けだと批難する者もいた。
だが、今彼らはこの杜若大森林に立ち、そしてその全てが伝説でも与太話でもないと見て知った。
日本国における体制側の最重要防衛機構。
国土防衛省よりその直轄部隊、『槍』総指揮官、『剣サイカ』。
『盾』総指揮官、『祭名ゼン』。
杜若大森林に端を発した今回の竜騒動。
事の後始末として半匿名の依頼という形で出向した二人とその部下数名は、惨状と、そして奇蹟を目にしていた。
「……なあ、ゼン。何だと思う、これ」
「『樹』、としか言えんでしょう、姐さん」
こと国内においては強大とも言える地位権力を持つ二人の長の会話に割り込む声は無い。
無事であった森林区の降下ポイントに軍用ヘリコプターを下ろし、この場に駆けつけた彼ら。
遠方からでも有事だとはっきりわかる異常天候と光を頼れば衛星からの位置情報すら必要無くスムーズに到着出来た、それ程までにこの一帯は荒れ果て、死に、そして命のような何かで溢れていた。
「魔力で出来た樹、か。
ウチのとこの部下が中継してた映像から見るにまあ、奴か」
純粋な魔法戦闘力という観点を重視して編成された『槍』、その長である剣サイカの視線の先には、地面にうつぶせに倒れる灰髪の少年の姿がある。
幹の半径が十メートルはあろう青く、緑で、わずかに銀色をした大樹の麓で彼は深紅の剣の脇に眠っている。
「そ、総指揮!? なぜこちらに……!?」
「ああ、カイエン。ちと野暮用でなあ。
それ、生きてるのかい」
サイカの部下に当たる今回の作戦隊長である棺カイエンは突然の上司の登場に驚きを隠せていない。
彼女が直接現場で指揮を取るのならばカイエンにはそもそも臨時の作戦隊長の任を負う必要が無い。
だが、そんな些細な疑問は今問う必要は無いとカイエンは知っている。
軍部にて上官への無為な質問はご法度、決められたことをただこなすのが最短と幾度も教わった。
だが、サイカがそれと言った対象を、カイエンは決めかねていた。
今、青い大樹の足元には十人少しが固まっている。
護国十一家より水波シズクと盾湖ジクウ。
守護の一族より風霧セラ。
他、槍の部隊員と公安『希望室』の生き残り。
そして、竜種。
朧のアルテナ、空のエンデ。
分類不明の護国十一家。
月詠ハガネ。
「おぅい、カイエン? 何呆けてるんだい。
それが生きているのか、お前の上官が訊いているんだ」
サイカの視線の先は、大樹に背を預けて途切れ途切れの弱い呼吸を繰り返す空のエンデではない。
もう一人の動けぬ者。
人竜と化し、罪竜の力をもって罪竜を葬った一介の学生。
「…………生きている、……と、存じます」
淀み無く答えたつもりのカイエンだったが、節目に俊巡が滲んでいるのは誰の目にも明らか。
なぜ彼が僅かにも動揺してしまっているのかと言えば、それは上官の予期せぬ登場に起因するものではない。
動かぬ者に対して『生きているのか』と、そう問われる事はこれまでの十年余りの国土防衛省での任務の際に幾度もあった。
味方が生きているのであればそれは喜ばしい事だ。
そして敵が生きているのであれば殺すか搾るかしなければならない。
少なくない年月をサイカの元で過ごしたカイエンには、その問いの機微が声色でわかってしまう。
これは後者だ、と。
「……総指揮、この者は」
「ああ、知っているさ。
罪竜、『狂い銀のネメシス』を喰らって得た力をもって、同じく罪竜である『褪せ赤のイフリシア』討伐に助力した護国十一家、月詠ハガネだろう」
カイエンは自分の首に巻いたチョーカー型の携帯端末、NeXTの正面メインカメラが常に作動し、リアルタイムで作戦本部に映像を送っていることを知っている。
この場にいなかったサイカたちが状況を知っていても不思議はない。
ならば知っている筈だ。
月詠ハガネが狂い銀のネメシスと何かしらの接点を持っていた事も。
ネメシスが遺した天異兵装をあろうことか喰らい、奇妙にも罪竜の力を宿した事も。
国同士の力関係を揺るがしかねない罪竜の天異兵装。
それを目の前で失った事はカイエンにとっては大失態ではあるが、同時に月詠ハガネの尽力が無ければこの杜若大森林は既にイフリシアの手中に落ち、それどころか国土の東側への侵攻すら許していた可能性もある。
共に戦った程度で仲間意識や情が芽生える程青くはない。
そう自負していたカイエンだったが、あまりに剥き出しで赤裸々なハガネの慟哭に微塵も動かされない程の不動の心を携えているわけでもない。
端的に言えば、庇ってやってもいい。
そうカイエンは考えるも、しかし己の女上官の冷たい瞳に陳情など届きそうもない。
人間が竜の力を宿した、などという事例は過去を見ても存在しない。
ならばその処遇はどうするのか。裁量権はこの場を預かる二人の最高指揮官である二人にあり。
そしてその天秤は今既に傾いており、サイカは腰に差した直剣を静かな音と共に抜き歩み寄る。
審判の時であった。
「お待ちください」
「……確か、風霧の」
「月詠ハガネをどうするおつもりでしょうか」
倒れ伏すハガネ。剣を抜きその首を落とすべく歩みを進めるサイカ。
立ち塞がったのは守護の一族筆頭、風霧家の次女、風霧セラ。
「退いた方がいいぞう、嬢ちゃん。
姐さんは抜いた剣を理由無く仕舞えるほど器用じゃない」
「理由無く抜いたのならば話は別でしょう」
「抜かせよ小娘。
私はなあ、見てたよ、全部。
学徒の身で果敢にも罪竜に立ち向かい、不滅のイフリシアを完全に討滅せしめるとは。
称賛に値すると惜しみ無く言える、が、それとこれとは話が別なのさ。
言ってしまえば罪竜が消えた代わりに罪竜みたいな奴が一体増えたのと変わらない」
「彼は罪竜の力を望んで得たわけではありませんが」
「望んで罪を犯す方が、世の中には少ないからねえ」
命を蝕むイフリシアの凶手。
それを幾度と無く弾き返したハガネに掛けられた言葉は罪状の読み上げ。
ばつが悪そうに目を背けるカイエン。
シズクとジクウは表情こそ変わりはしないが雰囲気は硬い。
サイカと言葉を交わしたセラだけが、外面上の平静を保ち続けている。
その裡に如何なる激情を秘めていようとも、彼女は誰がどう見ても冷静そのものだった。
「風霧が月詠を庇うとは面白い話もあったものだなあ。
よもや恋仲というわけでもあるまいに」
「古い馴染みというだけです」
「ならば退け」
「強大な罪竜の力。
それも人の意思で行使可能なそれを失っても構わないと」
「その坊主から力だけ抜き出せるんなら話は別なんだがね。
政府はこれ以上護国に水をあけられるわけにはいかんのよ。
姐さんの機嫌を損ねん内に退いてはくれないかね」
「では彼女らも殺すのでしょうか?」
「当然それらも処分せねばならん。
罪竜討伐の助力を鑑みて一太刀の慈悲のもと葬ってやる」
空のエンデ、朧のアルテナ。
両名共に殺すと言われるも、二人は特に何の反応も寄越さない。
竜殺すべし。
五十年前の『竜災』を経て、六割の人口と国土の半分を失った国に残ったのはそんな通念だった。
今もなお消えぬ色濃い怨恨は時に力となり、時に暴力となる。
「………………」
「……何のつもりだ、竜」
断首せんと歩み寄ったサイカを止めたのは小さな存在だった。
ハガネの前に立つセラの、更にその前に出る。
黒いワンピースは血と泥にまみれ、銀髪もまた酷く翳っている。
キッズローファーは片方が無くなり、破れたソックスから白い地肌が覗く。
褪せ赤のイフリシアの欠け身、朧のアルテナが、ただ立つ。
「……あい、わかった。別に順序など無い。
その無垢姿を斬れないほど清廉な身では───」
「………………おなじ」
「…………何か言ったか」
十歳そこらの少女の姿をした竜であるアルテナ。
斬ることに躊躇いなど無いと言いきったサイカだったが、アルテナの一言に身体が止まる。
「………………イフリシアも、言ってた。
…………順番は、なんでもいいって」
輸送ヘリコプターの中で聴いていた戦場の会話に確かにあったその言葉。
あろうことか蛇蝎のごとく嫌悪する竜に、『お前も竜と同じ事を言っている』と指摘されサイカの喉元に冷たい鉄が込み上げる。
その指摘が的外れだとか揚げ足取りだとかそんな事はどうでもよく、ただ逆鱗に爪を突き立てられた。
「…………………………」
「………………そんなに、ハガネがこわいの?」
「もういい」
無垢の暴力、潔白の純粋。
まるで正鵠を射っていると錯覚してしまうほどに、アルテナのこの世離れした見た目と声はサイカの神経を逆撫でする。
軍人として感情のコントロールなど苦労はしなくとも、こと竜が相手であればサイカは少し冷静さを欠くことを長年共にいる盾の総指揮官である祭名ゼンは知っていたからこそ渋い顔をせざるを得なかった。
言葉を話す竜はいた。
人の衝動を理解する竜もいた。
だがそれを人の姿で、それも幼い少女の姿で、真っ直ぐな瞳で放つ竜はいなかった。
越えてはいけないラインが誰にだってある。
荒事の気配を前にして身構えたゼン。
それに応えるように動いたのは、
「………………」
「……ハガネ君、…………大丈夫、だから今は」
雪を被った灰色の髪。
水と泥を吸ったぼろぼろの狩人装束。
幽鬼の如く力のない肩と腕。
立ち上がるのも精一杯と言った風で、ハガネは辛うじて直立していた。
前髪の奥の銀の瞳は虚ろであり、意識など欠片も無いようにサイカには映る。
罪竜の依り代として莫大な力を消費したためか、生命維持すら危ぶまれているに違いはないように見える。
放っておいても死にそうだ、と言うのがサイカの見解ではあるが、同時にこの手で葬らなければ何が起きるかわからないと言うのも本音だ。
(護国の現場での処断は軋轢を生む、が、こと月詠ならば話は別。
他家も形だけの批難は寄越すだろうが月詠にこれ以上要らぬ力をつけさせる事と天秤にかければ形以上の手段に出ることもないだろう)
護国十一家、その序列十一位。
常に末席に鎮座する月詠という家であるからこそ、サイカはこうしてハガネの処断に踏み切っている。
理由などいくらでもある。倫理上の問題も竜が絡んでいる以上形骸化した。
惜しむらくはやはりその罪竜の力。
政府筋の者が手にしていればと夢想しながらサイカは剣を振り上げた。
踏み込んで、朧のアルテナを通り越して、月詠ハガネを斬る算段だった。
だが、軽かった。
「……姐さん、剣が」
「………………」
決して高いランクではない。だが幾度も戦場を跨ぐ内に気付けば手に馴染んでいたサイカの愛剣。
それが軽すぎたのは簡素な鍔の先から全てが無くなっていたからだった。
サイカにとって、剣が砕かれる事に驚きはなかった。
迷宮産とは言っても、等級で言えば下から二番目に相当するBランクの直剣、長い間使ってこられたのはサイカの技量あってのことであり、耐久性自体は並だと理解していた。
解せないのは、切断面の鮮やかさと、自分以外の誰一人として指先一つ動かしていなかったこと。
そして、一切の魔法らしい兆候が見えなかったことにあった。
(…………映像にもあった、月詠ハガネの異能かね?
あのような死に体で放てるとは。
私を狙わなかったあたり、対象の魔力障壁に結果が左右されるのか)
竜に起因する燻っていた苛立ちが急速にサイカの中で冷却される。
原理不明の切断の異能、それはこの杜若に来るまでのヘリコプター内での映像の共有によって周知していた。
実際に喰らってみればそれは恐ろしく静かで予兆が無く、地味な力ではあった。
百戦錬磨、一騎当千。
竜も人も屠り尽くした剣サイカにとって剣を折られたくらいで止まる足は無い。
己の分厚い魔力障壁を断てないがゆえに、脆い愛剣を狙われたのだと彼女は分析していた。
(対象が無機物か有機物か。魔法は対象に含まれるのか。
興味深い力だが、まだ青いな)
サイカのそれは無根拠な自信でも経験から来る傲りでもない。
限り無く第三者視点に近い状況から的確に事象を推理していると言っても過言ではなく、届かぬと知ってなおハガネの虚ろな瞳を十二分に警戒していた。
同時に風霧セラの魔力の淀みを察知し、少し後ろに立つ元部下にして今は肩を並べる立場にある祭名ゼンが対応する体勢に移ったことを確認する。
(驚いたな。私らを害してまで護るか、その死に損ないを。
惚れた腫れたは若さの粋だが……、しかし釣り合いの取れない天秤を知らぬ程愚かではあるまいし)
風霧セラの持つ異能、【月喰】は世界共通統魔機構が収集した『異能辞典』に登録されている世界影響度Aランクの高位異能である。
という事実を知っているのは、国内の一部登録者に限り異能辞典の閲覧を許可された政府筋の限られた者のみであり、サイカはそれに該当している。
【月喰】は行使者が放った魔法の矢尻に貫通の属性を付与するというごく単純な異能であり、発展度や解釈拡張の観点では劣ることから上から三番目に当たるAランクを与えられている。
ただ、その文言だけではこの異能の脅威度は図れないことをサイカは当然周知している。
貫通、という簡素な説明文には一切の備考も無く、そして実際に風霧セラの放ったありふれた魔法はことごとく誰を相手にしても致命になり得る威力を発揮していた。
魔法は遅く、極まった者にとっては避けるに値しないこともあり。
そんな認識でいれば身体に大穴が空く。
(まあ、障害にはならんな)
積み上げたステータスにあかせ、サイカは踏み込む。
剣は不要。手刀一つで月詠ハガネのその喉元を貫くべく、瞬きすら許さない速さで肉薄する。
セラの反応は遅れ、アルテナにその凶手を阻む手段は無い。
ハガネの身体はゼンの異能によって見えない糸で拘束され、異能を行使するために必要な視界はもはや見えていない。
シズクやカイエンもまた状況の傍観者でしかない。
大樹に背を預けるエンデは声も出せない中で灰髪の少年を助けようともがくも、限界を超えきった身体はぴくりとも動かない。
詰み、その状態。
(すまないな、月詠の長男。
かの罪竜を葬った勇姿は私が記憶していく。
だからもう)
もう休んでいい。
幽鬼のような佇まいで意識も定かでなく、それでも何かのために立ち上がる愚かしさ、健気さにサイカの胸中は乱れることはない。
考えるのは慈悲の一撃と、その後の竜二体の処理。
多忙な身では誰かを殺す時でさえ、それだけを考えてはいられない。
移動の最中も端末に蓄積された業務データの処理に追われ、海向こうの侵略国家への戦術的な対策室に呼ばれては、『竜滅』とうたった国内の対竜作戦の立案にと声をかけられ、優秀ながら一癖も二癖もある部下と天上人やら果ての権力者やらが集う上司の板挟みに合う日々。
剣サイカは油断も傲りも無く、完璧に月詠ハガネを殺せた。
この大地が抉れ不可思議な木々が密林のように生え暴れる杜若にて、この場にいた誰もがそれを止めることは出来なかった。
ただ、それはあくまで、その瞬間までこの場にいた者に限る。
「間に合ったようだ」
その声はふと湧いて出た。
音だけの闖入者、それに対してサイカは無視を決め込んだ。
まずは月詠ハガネを殺してから。
誰かは知らないが、今の戦力ならばどうとでもなる。
そう決めて、完璧に貫いた。
空を。
「……!?」
「悪くない引力だ、剣殿」
遠くの声がとても近くに聴こえた、と感じたのはその場にいた全員だった。
ただ姿無き声ではなく、意外にもそれはすぐそばにいた。
あり得ないくらいに、近くに立っていた。
「なるほど、これが褪せ赤の遺した……。
他家も今頃はどうしているか」
ハガネを手刀で貫いた筈のサイカは、奇妙なことに数メートル後方で無を貫いていた。
時が戻ったわけでもない。
ただ、移動させられていた。
不可思議な力によって。
そして再び空いたハガネたちとサイカとゼンの間を、黒い影が独り言と共に歩く。
ともすれば闇が人の形をして歩いているようにも見えたが、落ち着いて見ればそれはただの黒いスーツの上に更に黒い狩人装束の外套を羽織った黒髪の男だった。
痩躯、だがその足運びに隙は無く。
ハガネの脇にあった筈の赤い剣をいつの間にかその手に持ち、まるで裁定者のように中央に立つ。
「……その、顔…………!!」
サイカが目を見開いた瞬間、男の姿は露と消えた。
「そう怖い顔をされるな、剣殿」
男の姿は少し離れた場所にあった。
飛び退いたわけでもない。
ただ、移動した。
座標を弄るように、歩くでも走るでもなく。
「私がここにいる理由などいくらでもあろう。
そう目くじらを立てないでいただきたい」
その言葉は全く別の方向からだった。
移動した。再び、地平から地平へ。
サイカもゼンも、カイエンもシズクもアルテナも。
皆、驚愕に目を見開いていた。
ただ、三人。風霧家の次女、セラと、水波家に代々仕えるジクウ、そして朦朧とした意識の中にあるハガネの三人には驚きは無かった。
知っていた。その黒い地平の旅人を。
「愚息が殺されかけていれば、それは流石の私とて馳せる」
再び、またその男はサイカとゼンの前に立ち塞がる。
黒い瞳、黒い髪、黒い装束。
深淵から這い出てきたような出で立ちと掠れかけた低い声。
何より、剣を持つ姿は様になっていた。
それも当然、男は古くより剣と共にある家系、その当代の長。
「……月詠、シドウ!」
その家は名家の囲いながら末席にあり、護国十一家にあるべき方々に向く力はまるで無く、ただ在るだけ。
そう揶揄され、またその地位を不当だとし追い落とさんとする家も多くある。
そんな不肖の家は、魔法黎明期より奇妙なことにいつも騒動の渦中にあった。
火種でもなければ黒幕でもない、ただどこからか現れて、敵味方構い無く不幸に陥れ消える家系。
盾湖ジクウのような古い人間はそれを記憶として知っていた。
これが現れるということは、波乱そのものだと。
「さて、どうするか」
褪せ赤のイフリシアが遺した赤い剣。
鞘の無いそれを握り、シドウは考える素振りをする。
カイエンやシズクはその姿を見てようやく確信する。
月詠ハガネとまるで同じ立ち姿だと。
「斬りながら、考えるとしよう」
その思考もまた、親子であった。