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93話 その赤い目が見せるのは

イフリシアが巨大な口で己を呑み込み、そして齧った。

罪竜の切り札だろう。

弾けて飛んでくるのは血、肉、腐敗、死。

命だったものばかりがあらんかぎり四方にぶちまけられ、また命を浄化していく。

祝福の赤い燐光が気持ち悪いほど温かく、世界を満たし始める。



「……助かった、月詠つくよみ


「…………………………チッ。

テメエは味方って事でいいんだな?」



背中から二人がそう話しかけてくる。

俺は今、公安も護国も背負って立っている。

そうしなければ全員死んでいたというのは、俺が庇わなかった全てが物語っている。


死んでしまった。土も大気も。

残ったのは未だ降る雪に混じる赤い何かだけ。



「……ぅぐっ、クソ! なんだっつうんだよ、この空気!

ゲホッ、っ! 魔法でも晴らせねえ!」


「……坊っちゃま、お気をつけください」


「ああ、わかっている。

……口当てを持ってくればよかったな」



雪に混じって赤い煙。

吸えば皆苦しんでいる。

イフリシアのあの技は直接的な殺傷を目的としたものではなくこの()を設けるためのものだったんだろう。

俺の身の回りでは常に雪月禍(せつげつか)の異能が這い寄る赤の祝福を祓っているために、その残滓の雪の結晶が発生している。


イフリシアの持つ罪竜固有の魔法、『赤祝書エンドレッドノート』。

今までは動く肉塊だの十字架だのとわかりやすいかたちをとっていたが、霧状に散布されては常人では防ぐ術は多くない。

刻限が迫っている。



「───ジキ、全テガ終ワル──。

───『聖者セイジャ』、『叛徒ハント』ヨ、天雨ノモトニ────」



動きの鈍った俺たちに向けてイフリシアが全力で赤い十字架を放ってくる。

俺だけなら避ければいい。

だが後ろに背負うのはこれまで奮闘して動くことすらままならなくなったエンデと、意識もあやふやなアルテナとそれを庇うセラ。


初撃。これは俺が防ぐ。

後ろへ通り抜けた風圧が息も絶え絶えなエンデをふらつかせ、アルテナを抱えるセラの体勢を崩す。

効いていると理解したイフリシアは手を緩めない。同時にまたあの切り札(・・・)の充填を始めている。

次あれを放たれれば今度こそ俺以外の全員が死ぬ。



「俺がイフリシアを抑えます。

シズクさん、生存者を連れて退避を。

護国の救援が来るまであいつをこの杜若かきつばたに釘付けにすることくらいは可能です」



罪竜が暴れ狂っている事などとうに周知されている筈だ。

国内の組織から手練れが送り込まれてくるのも時間の問題だろう。

イフリシアが市街地へ行ってしまえばこの国は終わる。それだけは避けなければならない。

あいにく止める事に関しては今の俺は一級品だし、待ってれば──



「聞け、月詠つくよみ

救援は…………、来ない」


「…………」


竜境りゅうざかいより西側への大規模な奪還侵攻、通称『竜滅』に際する調整のために政府の対竜部隊は動けん。

それに加え『北インド星央寺院』による領海侵犯を受けた群発的魔法軍事作戦行動のための上位戦闘官の徴集。

護国十一家の一部は守護領域の拡大を見返りに政府を支持。『折金おりがね』と『旗天はたて』がこれに当たる」


「十一もいるなら動ける家は幾らでもあるでしょう」


「端的に言えば、先程の護国会合では生まれかけ(・・・・・)の罪竜など端くれの兵で滅せよと結論付けられた」


「イフリシアの天異兵装クワイタスウェポンが手に入る可能性がある以上、助力は惜しまないのでは?」


「……月詠つくよみ、わからないか。

護国の現当主たちがなぜあかのイフリシアに執着しないのか。

五十年前にこの国によって滅ぼされたあの罪竜の天異兵装クワイタスウェポンがなぜ知られていないのか」


「……それは」


「………………不朽不滅の奴からは得るものなど何も無い。

現当主は皆それを知っていた。

死を撒き散らすあの太陽を落とせど見返りは無く、『水波みずは』と『月詠つくよみ』の結果を待ってから(・・・・・・・・・)裁量は下される」


「俺たちが白旗を上げて助けを求めた形にしたいと」


「序列一位の『音冥おとくら』は春先の一件もあってか、ある意味序列最下位の月詠つくよみよりも権限的な意味合いでは制限されている。

序列上位の他家としては迷宮利権に先んじた水波みずはあかのイフリシアの討伐の旗頭になりかねん以上、これ以上水を開けられては不味いと考えたのだろう」


「………………」



あかのイフリシアが再顕現したついさっき。

護国十一家の当主あるいはそれに準ずる立場の者を緊急的に召集し護国会談が開かれていた筈だ。


その場でどのような取り繕いかたがなされたのか、参加していない俺には知る術も無いが、おそらく今シズクさんが語ったのは言外の進行。

表向きではそれらしい理由を付けて会合は終了したんだろうが、実態は結局守護領域の縄張り争いだ。

今眼前に広がるこの地獄など、卓を囲む大人は知らない。



「オイ、ボサッと話してんじゃねえ! 次が来るぞ!?」



また太陽が落ちてくる。

これ以上場の濃度を上げられたら俺ですら耐えられないかもしれない。

どうする? 何か手はないのか?

まともに考えれば離脱一択だが周囲の倒れ伏す公安や政府の兵士たちは置き去りにするのか?



「アルテナ、しっかりして!」


「………………は、……ガね」



死の赤い霧を吸いすぎたのか、セラに抱き留められているアルテナのか細い声が聴こえる。

異国の幼姫を思わせる服は誰かの血と何処かの泥で汚れきり、美しかった銀髪は雪の白と死の赤で見る影もない。


エンデも遂には喀血し膝をつく。

借り物らしき狩人装束には錆び付いた雪がこびりついている。

微かな呼気だけで命を繋ぎ止めているのがわかる。


ここまで来れたと言うのに、ここで終わる?

動けなくなった奴らを捨て置いて、尻尾を巻いて逃げ出して。

誰かの期待通りに頭を下げて、代わりに世界を救ってもらう?

確実に数人の命は助かる現実的なぬるい回答。

誰かの上に立つ以上必要な非情な選択。

それが今求められている?


月詠つくよみに?



「………………なわけ、ねえよな」


『やっとはらを決めたか』



たたっ斬ると、それだけ考えた瞬間。


小さなウィンドウが一つ、宙に浮かんだ。



《上位権限へのアクセスを確認しました》



俺たちがステータスウィンドウと呼んでいる物に、見慣れない文字が浮かぶ。



《コードを入力してください》



これ、は?



『ねえ、バカ人間。

罪竜の魔法がどれだけ凄いのかアタシには全然わかんないけどさ


『アンタも今、罪竜なんでしょ?』



アストライア?

……………………ッ!? …………。



「おい、グズグズしてんな! 一旦退くぞ!!」



頭に響く言葉が痛い。

外からじゃなくて内から、言葉未満の音が聴こえる。



《コードを入力してください》



「…………だからそのコードが」



俺も同じ罪竜? だから同じ事が出来るかもしれない?

アストライアはそう言いたいのだろうか?

確かにイフリシアも百を越える薄水色のステータスウィンドウを防壁のように展開し始めている。

俺の目の前にはたった一個。

それにコードとやらがわからない。



『唱えればよい』


「ハガネ君、今は撤退を…………!」


『罪竜に許された上位権限への到達には確かに奏具する祝詞が必要だ』


月詠つくよみ、何を呆けている」


『だが口も利けぬ竜もいれば音を知らない竜もいる。

そんな者らでも等しく唱えられるのならば、魔法に必要なのは常にねがいだ』


「───終ワリダ───ヒト──ソノ全テ」


『いーから叫んでみなさいってば!』


『貴様の想いをねがって見せろ』



全員うるせえ。頭が割れそうなのに。

そもそもどうしてこんな事になってんだ。


イフリシアが五十年ぶりに復活した事も、ネメシスがそれを止めようとした事も。

おぼろのアルテナが酷く残酷な理由で作られて、ほむらのヴァルカンはにえになって、そらのエンデは人すら守って死にかけて。


地獄の底がぶちまけられてるってのに護国の守護領域だの政府の利権だのが邪魔くさい。

今日何人死んだ? 目端で肉塊に服すら喰われてる公安だの政府直轄部隊だのはそんなに安い命だったのか?


こんな思考鬱陶しい戦いの邪魔になるだけ俺は斬らなきゃアイツをなのに無駄にクリアになってる意識が次から次へとわけのわからない情報を寄越すだから何なんだよその言葉はわかんねえよコードなんて俺は知らない。


無限に湧く感傷が、口から勝手に溢れやがる。



「───ワレイワウ─清浄セイジョウ黄昏タソガレ──」


我呪う(くだらない)穢濁の暁(あれもこれも)


寿コトホクテカタキ、ソノスベテ──メッセ───!???」


廻り記して(めざわり)我が魂(だから)その全て(ぜんぶ)叶えよ(くるっちまえよ)!!」



《コード・イフリシア承認》


《コード・ネメシス承認》



「『壊晴赤天上サニ・イフリシア』」


「『王雪白狂照ネメシア・スノウ』」




━━━━━




━━━━━




のろわれろ!!! 神も悪魔も竜も、全部!!」


「────!!──…………!?──」



月詠つくよみハガネの眼前にあったたった一つのステータスウィンドウ。

そこに浮かんだ承認の二文字。


それを雪月禍(せつげつか)で貫き、荒れ果て死んだ大地にハガネは刃を突き立てる。

感情のままに、罵倒に等しい願いを捧げた結果、世界はそれに応える。


小さな新芽が一つ死の土壌に生まれたと思えば、爆発的な成長を遂げ、瞬きの間に既存の種など比較にならない巨大な大樹となる。

それも一つではなく、無数に。


爆発した赤い太陽から死がばら蒔かれるも、白銀の大樹がそれを吸い、そしてまた葉を作り枝を伸ばす。

命を喰らう死を、喰らう命。



「───ソノ苦シミ──我ノ祝福ニ身ヲ預ケレバ──」


「うるせえ! ハナっから地獄だろうが!!

生きることは呪いで! 死ぬことは祝福で! んなことは知ってんだよ!!」



ハガネのその激情はこの数ヵ月の出来事のみから来るものではなかった。

生まれてからずっと、誰に打ち明けるでもなかった殺した筈の感情が怨讐となり口をついて出る。


罪竜が可能としている世界の上位権限へのアクセス。

それには一つ、主目的とは別に副次的な効果が存在する。

竜の脳のリソースを圧迫する『人を憎む』と設定された感情制限の突破がそれに当たり、これによって莫大な改変要求を感情一つで可能とする。


これの煽りを受けたのが今のハガネであり、剥き出しの感情は吹雪だけでなく無限の仮初めの命を生み荒らす。

積もった雪は固まり大地の代わりとなり、溶けた雪は血で汚れた水に溶け合い消え、結晶は大気に呑まれイフリシアの願う『清浄せいじょう』ではなく、ハガネとネメシスが願った『穢濁あいだく』へと変わり有害から無害へと性質を変える。


白銀の大樹は消えることなく強く根を張り、イフリシアの撒いた祝福と命の喰い合いを続ける。

地に伏した者たちは雪に覆われ赤い蝕みから解放され、命あった者はかろうじて繋ぎ止められ、命無き者は安らぎを与えられる。



「ただ生きていたいのに、邪魔なんだよ! 全部!!

正義も悪も陰謀も策略も希望も絶望も強者も弱者も竜も人間も!!」


「───…………狂ッタカ──銀ノ担イ手───」



無数の鞘で出来た片翼をはためかせ空へと飛んだハガネ。

幼子の駄々のように、当人ですらわかりきっている世界への愚痴を惜し気もなく溢しながら。

ままならない世界を『こんなものだ』と自分に言い聞かせ、無力なりに無知なりに飲み下した思いを、ハガネは今全て吐き出している。


力を持たずして生まれたことも。

努力だけでは届かない高みを幾つも知ったことも。

二人の母親を喪って、壊れかけた名家に全てを捧げようと誓ったことも。

手にした得体の知れない力を誰に打ち明けることも出来ず、独りで悪意や体制に抗ったことも。

賢く、自分を納得させて、それらしく生きようとしたことも。



「狂ってんのは、俺以外の全部だろうがァ!!」



その気迫の理由を探ろうとした逡巡が隙となり、イフリシアの背負っていた最も大きな赤い十字架を弾丸と化したハガネが大穴を空けて貫通する。

天空でのやり取り、振り向こうとしたイフリシアだったがその身体は末端の触腕すら動かせない。

罪竜に似合わぬ覚悟(・・)をした刹那、擬似的な視覚機能が寄越す映像が明滅する程の衝撃が背面から伝わり、天を追われる。

ただ強く殴られた、とイフリシアが察する頃にはその身体は雪で覆われた大地に叩きつけられていた。



神射かんざしッ!」


「往くぞ、シラサメ」



身体を起こしたイフリシアに無数の風穴。

空けたのは銀色の人竜ではなく、小さく脆弱な人間。

当然それは罪竜であるイフリシアの観点からのものであり、国土防衛省直轄部隊『ランセス』作戦隊長であるひつぎカイエン、護国十一家より水波みずはシズクの両名は人類というくくりでは上位の戦闘力を持つ。


消えない光の釘が蠢く肉塊に刺さり、矢のような水流がイフリシアの体内を掻き回し、更にその傷口からは毒が塗り込まれる。


撤退を決めていた二人が反攻に出たのはひとえにハガネの慟哭とも咆哮とも取れる叫びと、それが巻き起こした戦況の変化によるものだった。

天候も地形も運命すらも変える力を前にして、利己的で打算的な政府と護国十一家だからこそハガネを利用しようと考えた。

凍える程に冷たい世界で喉を掻き切りながら叫んだ想いを数式に組み込み、逆転の契機とした。



「───無駄ダ!───我ハ──」



起き上がろうとしたイフリシアを、大地から芽生えた木々が貫き縫い止める。

命の喰い合いが始まる。イフリシアの体表が白くなり、白銀の大樹が赤くなり、双方共に極限に置かれる。

これに勝ったのは赤だった。


自由になったイフリシアが肉塊の腕と背に負った巨大な赤い十字架をとにかく振り回す。

射程内には二人の人間、避けることは叶わない。



「────??──」



にも関わらず、誰一人として殺傷することは出来なかった。

それは後から見れば当然の事だとすぐわかる。肉塊の腕も赤い十字架も、どちらも中ほどから真っ二つに切断されている。



「イフリシア!!」



天空から降った竜の拳が巨大なクレーターを生みながらイフリシアを貫く。

その波及する衝撃と同時に銀の花々が同心円状に広がる。

ハガネの一挙手一投足で世界に生まれる草木が命の全てを肯定し、イフリシアを狂わせる。


罪竜の全神経を震わせる明確な存在維持の危機。

そんな中であかのイフリシアが取った選択は、



「───我ガ───欠ケ身ヨ──」



朧のアルテナ、空のエンデ。

その二人の完全掌握だった。

赤い霧に蝕まれ続けていた二人、今ならば取り込める。

そう導き出された最適解。



「───サア──我ノ元ヘ──────」


「いいえ」



赤い瘴気を纏い、赤い目で立ち上がった空のエンデが最初にしたこと。

それは凍てついた細い樹氷による自刃だった。

ちょうどハガネの竜退行と同じように、己の胸を自ら貫く格好。


意識を乗っ取ろうとも、その身体は動かせない。

イフリシアが乗っ取る必要はないと断じたエンデのその表情だけは、微かに笑っていた。



「───????──??──」



何一つ理解できないままにハガネに蹴り上げられ、肉塊の壁は全て剥がされ遂には存在維持の核である真っ赤な宝玉をさらけ出すイフリシア。

空中で完全な無防備となり、一太刀入れられれば終わり。


だが、イフリシアは知っていた。

罪竜の特権である上位権限へのアクセスには莫大なエネルギーが必要なこと。

そしてそれを不完全な人竜の身で行えば相応の代償を払わなければならないこと。

ハガネの銀色の奇蹟が解ける時間が、迫っていること。



『くっ、限界か…………!』


『や、ヤバ!!』



雪月禍(せつげつか)を構えていたハガネの右腕からぱきりと音が鳴り、旋角も、鞘翼も、薙刀尾も、そして竜の腕も、全てが雪の結晶となって消える。

あと一つ届かず。

逆に無防備になったのはハガネの方。


そしてハガネの背後からは赤い目を光らせるアルテナが手を伸ばす。


イフリシアはハガネごとアルテナを貫こうと小さくか弱い細い肉塊の腕を引き絞る。

ようやく全てが終わる。

罪竜が似合わない安堵を浮かべたその時。




「───ん。……大丈夫、ハガネ」




幼い少女のそんな声がした。




━━━━━




━━━━━




─何だ、これは。


──漆黒の、世界。


─その中に無数の光。


───何だ、これは。


─こんなものは知らない。


─知らないのであれば、必要ない。


──誰だ、我にこれを見せるのは。


───我はあか、祝福の竜。


─かの戦場に我は戻らねば。


──この幻を。


───この夢想を。



──────このおぼろを早く、取り払え。




━━━━━




━━━━━




「──────────」



ぴたりと止まったのはあかのイフリシア。

伸ばせば届く触腕が、空中で静止してしまっている。

アルテナが伸ばした右腕からは赤い瘴気が流れ、それはイフリシアへと吸い込まれていく。


そう、これは攻撃ではない。

むしろイフリシアが望んだこと。


単一の強大な個では敵わぬ相手がいると知り、あかのイフリシアは己の欠け身を三つ作りだした。

赤の肉体としてほむらのヴァルカン。

赤の言葉としてそらのエンデ。

そして、赤の眼としておぼろのアルテナ。


順に取り込むことによって本来の力を取り戻す手筈であり、それは順調に叶っていた。


静止してしまっている今でなお、その思惑は遂行されている。



「………………これが、アルクトゥルス。

………………こっちは…………、スピカ」



アルテナが呟くのは星の名前。

相手はあかのイフリシア。



「………………綺麗な、ほし」



滅ぼすべき人の世界を見定めるために、アルテナは最も警戒されづらいとされる幼い少女としての姿を与えられ、そしてその感情は『人に近付きたい』と願うように設計された。

そして今、イフリシアの目論んだ通りに、アルテナは己の目で見た全てをイフリシアに共有している。


それは星空。

あの日、朧のアルテナがハガネの膝に座って見た全天。



「────────────」



何も見えない。

何も聴こえない。

あるのはただ闇と光ばかり。

当のイフリシアには、それが夜空の星と認識すら出来ずにいた。


生まれた間隙は、白金の装束が解かれたハガネが立ち直る時間を作る。

剥き出しのイフリシアの深紅の核目掛け、無手のままに突撃する。


忘我のままに盲目のままに、イフリシアもまた抵抗する。

動かしているのかさえわからない肉塊の腕をやみくもに震わせ、何かを遠ざける。

夜空に落ちていく錯覚の中で罪竜はもがく。


その腕は光の杭に、あるいは水流に、全てを貫通する魔法に払われ、ハガネの道筋を作る。

今だけは護国も守護も政府も無く、ただ悪竜を討つべく人の意志が重なっていた。



夕断ゆうだちッ!!」



ハガネの伸ばした手が核に直接触れると同時に、切断の異能がこれまで長らく秘されていた核を二つに割る。

どろりと溢れる赤黒い液体。

力の供給源を失い崩れる赤い巨体。


ハガネを包む赤い光の中で、誰かが呟く。



『オイ、はがねの』


「…………」


『礼なんざ言わねえ』


「知ってる」



赤い渦を巻いてハガネを閉じ込めたイフリシアが最期の力をもってしてハガネに()を植え付けようとした中で、それをまた誰かが邪魔をする。



『…………オイ』


「ん?」


『…………………………空と朧(アイツら)のことだが、……』


「ああ、頼まれた」


『……チッ。まだ何も言ってねえだろ』



天まで届いた赤い竜巻は、糸がほつれるように上部から渦を失い消えていく。

イフリシアの怨讐虚しく、ハガネの身体には一切の祝福は宿らなかった。

焼けるような焔の熱だけが、僅かに残されたのみ。


あか色の結晶が弾け飛び、からんと音をたてて一本の深紅の剣が産み落とされる。



「…………じゃあな、ヴァルカン。それと、イフリシアも」



腐れ縁の悪友にでも告げるように、ハガネはそれだけ言ってどさりと前に倒れる。

今のその心には恨みも妬みも後悔も無く、ただし達成感も喜びも高揚も無い。

それでもなお笑う理由は、ハガネ本人にもわからなかった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 命を知らない奴が命を作ったら反逆されるに決まってるだろうに…
[良い点] 今回もぐっと来た! 後始末の方が大変そうだけど、どうなるかなぁ
[良い点] ハガネもストレス発散できてようでなにより ルビがカッコ良過ぎー! 今更だけど魔法の名前が和風と洋風なの凄すぎる 作者の命名センスは天元突破してる 更新お疲れ様です。次回も楽しみにしてます。…
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