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9話 持つ者と持たざる者

風呂上がりに髪を乾かし、自室で剣でも振るかと考えていた矢先。

黒く長いポニーテールが揺れているのを居間で確認する。

この月詠家を構成するのは三人。

父であり現当主、月詠シドウ。

俺、月詠ハガネ。

そしてもう一人。

次期当主、妹の月詠セツナ。


「セツナ、帰ってたのか」


兄妹仲はそれほど悪くない自信がある。

剣しか振れない俺と違ってあらゆる才に恵まれたセツナは月詠家のホープであり、未来そのものだ。

親父がいたく可愛がるのも納得がいく。


「………………兄さん」


ソファに掛け何かのレポート用紙を見ていたセツナは、俺の声にたっぷり間を空けて返す。

これは機嫌が悪い時のものだ。

そして、往々にして面倒な展開が予想される。

とっとと自室に引き返そう。


「座って」


「……」


逃げることは出来ない。

長方形のローテーブルにL字になるように囲われたソファの一つに座る。

セツナの正面はなんとか避けた。


「どうして兄さんがあそこまで傷付いていたの?」


開口一番は詰問だった。

メイド衆の仕事振りからして汚れた服の処理は速やかに行われた筈だが、一体どこで知ったのか。


「いや、服を見たってんなら、あれはほとんど返り血で」


「獣と人の血の違いくらいわかるわよ」


やはり甘くはない。

優れた洞察力を前にしては腑抜けた嘘は微塵も通用しない。


「『常葉陸型獣管理所』。兄さんが行っていた狩り場でしょう。

先ほど臨時閉鎖の報せがあったわ。無関係とは言わせないわよ」


「……ちょっとアクシデントがな」


「はあ………………。兄さん、貴方は昔からそう。

肝心なことは私には教えてくれない。

そんなに私は頼りない?それとも腹違いの妹じゃ──」


「頭冷やせ、セツナ」


何をヒートアップしているのだろう。

狩人見習いであれば怪我をして帰ってくることくらいある。

今までだって何度かあった筈だ。


「…………まあ、この話はいいでしょう。

それよりも、出ていくって本気なの?」


随分と急角度からぶっ込んでくる。

自分の妹ながら大した胆力だと感心せざるを得ない。


「学費は免除されてる。月詠の傘下の安いアパートを親父に押し付けられたんで、住む場所にも困らない。

食費交際費は狩り場で稼ぐし──」


「何を馬鹿な事を言っているの」


馬鹿とは妹ながら失礼ではないだろうか。

兄が一人立ちしようともがいているのだから、応援の言葉くらいくれてもいいだろう。


「お父様には私から言っておくから。

兄さんは家を出る必要なんて無い」


「そんなものは逆効果だ。

考えてみろ。月詠家存続の危機に出来損ないの兄と完璧な妹が居て、都合よく兄が家を離れてさあお前を祭り上げようって時に当人がそれを引き留めるなんて、親父からしたらいい迷惑だ」


セルフ勘当を決め込んでいるのだから放っておいてくれればいい。

世話になったメイド衆やら柔らかいベッドや広い風呂は惜しいが、剣を振るう場所さえあればそれが最低限だ。


「セツナ、お前が月詠家を担うしかない。

まあ俺が言っても格好つかないけど」


「………………そんなにこの家が嫌いなの」


「いや。親父には感謝してるし、お前の重荷を代われるなら代わりたいと思ってる。

ただ、死んだ母さん達のためにも月詠家は続かなきゃいけない。

そのためには俺は大抵の事なら進んでやる」


セツナは我儘な性格ではない。

今何をするべきかわからないほど察しが悪いわけでもない。


「たまには顔を出すから」


「…………」


ものすごい剣幕で睨まれているが、納得はしたのか文句の言葉はない。

わだかまりが生まれたような気がしないでもないが、時が解決してくれるだろう。


こういう日は自室で剣を振るうに限る。

忘れよう、今日の全部。

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