86話 第五の保有者
大切断が豊かな自然を襲う。
月詠ハガネの放った凶刃は地を裂き枝葉を飛ばす。
武器を折り盾を砕いては人を圧倒し、湧き出る異形を相手に異能をもって弄ばれた命を終わらせる。
「おいおい、ハガネ。どういう力だそれ」
「企業秘密だ。シンゲツに入社してくれたら教える」
「二人とも馬鹿は程々にしなさい。
戦場よ、ここは」
国立狩人養成所斑鳩校の学生服あるいは狩人装束を着た四人が大立ち回りを演じる。
黒髪を片側だけ編み込んだポニーテールの若き女傑、倉識ソラ。
本人の冠する位と同じ金色の大剣を軽々と振り、人だろうと竜だろうと関係なく蹂躙する。
長い銀髪をたなびかせて優美に舞う少女、風霧セラ。
その手から放たれる魔法は、見た目は普通のそれと遜色はない筈が、竜もどきの堅固な魔法障壁を容易く突き破り、無防備な肉を抉る。
少し青みがある短い黒髪に高い上背の男子生徒、影谷ジン。
魔法力以外のステータスの高さからくる純粋な身体能力と、経験に裏打ちされた洞察力、冷静さによって、対人対竜問わず倉識ソラのカバーを徹底して場を整えている。
あと一人。飛び交う魔法を素手で叩き落とす総白髪の少年、月詠ハガネ。
その手足が舞う度にきらびやかな結晶が散り、氷の軌跡を作る。
学生三人と教師一人。
対するは百を超えるおぞましき竜もどきと、公安に所属する対人専門狩人ら八人。
額面上の戦力差は絶望的な開きがあるにも関わらず、戦況は前者が優位に進めている。
「…………エインワット殿、新作とやらは失敗ではありませんかな」
「…………」
竜境観側室総本部長、島原サイ。
鎖木の植物園管理人、ダン・エインワット。
異なる立場、対立する組織に属する二人が同じ方向を向いている。
「…………『黄金』に位置する倉識ソラはともかく、あのような学生の魔法で容易く貫かれるとは。
『鎖木』の名が泣くのではないか?」
セラの貫通力に優れた魔法で何の抵抗もなく貫かれる竜もどきたち。
竜にしては小型と言えども、その魔力障壁は人のそれとは比較にならないほど分厚いことをダンは知っている。
苛立ちを嫌みに固めてぶつけるサイの言葉を無視して、彼は黙考していた。
(三番目にあたる貫通力特化のものですが、魔法そのものに特異性は見られない。
……となるとやはり異能、か)
守護の一族筆頭である風霧家。
全てに秀でた家系に伝わる異能の形質特徴をダンは知り得ない。
異能とは全てに勝る究極の初見殺しであり、対人戦闘にて最も警戒しなければならない要素である。
ダンもまた、セラが放った珍しくもない魔法を自身の厚い魔力障壁にて払う可能性があったことを否定できない。
そうなれば今砕かれている竜もどきたちのように火、あるいは水の矢で貫かれていた未来もまたあるという話。
(異能持ちは全人類の五パーセント以下。
他の三人が持っていないことを願いたいですが……)
黄金の狩人、倉識ソラとその補佐に回っている短い黒髪の少年、二人には特段異能の形跡は見られない。
当然ここぞという時まで隠し持っている可能性の方が高いが、警戒以上の尻込みは必要なさそうだとダンには感じられた。
問題は白髪の少年、月詠ハガネの方だった。
魔法を素手で殴り付けて破壊する滅茶苦茶な立ち回りで人も竜も関係なく千切っては投げている。
ダン自身もその身で食らったことがあるあの不可思議な凍結とも言える力。
そして更にもう一つ。杜若大森林の巨木を容易く斬り断つ不可視の斬撃を飛ばすような技。
十中八九異能の類いだと確信すら持てるレベルのひけらかしっぷりである。
(厄介極まりない。
まあ仕方ないですね)
ダンが笑みを絶やさずに一歩前に出たと同時。
しかめ面のサイが首の横を指で叩き口を開く。
「ちっ、もういい。
ブースト開始、速やかに殲滅なさい」
その合図を皮切りに一斉に後退する公安の狩人たち。
既に戦場は移ろい、ハガネが切り崩した大木の後ろまで下がるほどに追いやられている。
負傷している者もいる。このままでは敗戦は時間の問題だろう。
そんな中で、彼ら迷彩柄の狩人装束を着た狩人たちは笑った。
「その薬、神の雫につき」
酔うが如く上機嫌に言い放ったサイ。
同時に八人の狩人全員がどこからか取り出した小瓶を口元に近付け、そして一気に呷った。
━━━━━
優勢だ。
雪禍を抜かないままに、その異能である終銀を振るう。
これは有効に働いている。
二人の公安の狩人の武器を破壊した。
三人の骨を砕いた。
倉識教官をメインに据え、残りは遊撃という構成で、何の苦労もなくプロの戦闘集団と数多の竜もどきの群れを相手に互角以上。
「詰めます」
首魁を叩く。
島原サイ、ダン・エインワット。
肉薄し、夕断で腕か足を刎ね飛ばす。
それで終わりだ。
『…………! 待て、月詠』
駆け出す刹那、耳元に響いた倉識教官からの声で止まる。
なぜ、と訊くまでもない。
連中の様子がおかしい。
『薬物……?』
『教官、あれは?』
ジン、セラもまた気付く。
人の手の入っていない大森林まで押し込んだと思った矢先、公安の連中が一斉に何かを口に含んだ。
こんな土壇場で人間の作った興奮剤だの神経伝達物質補助薬だのに頼ろうなどとは考えていないだろう。
薬なんてものは万能じゃない。
口にすればたちまち誰でも超人になれる。
そんな便利なもの、人では作れなかった。
「『神泥』か……!」
あるとすれば、人工知能群が作り上げた禁忌の迷宮、天迷宮の奥底くらいだ。
案の定、公安の狩人の状態が目に見えて変わる。
『…………送花で見つかったっつう例の薬か。
月詠、説明できるか』
「度合いは薬の濃度にもよりますが、概ねの効果は魔力循環の効率化です。
魔法の威力、範囲共に強化され、身体能力の補助率も上がっている筈。
ただまあここまで温存していたとなると相応のリスクがあるんでしょう」
先月、斑鳩校を巻き込んで行われた政府の一部派閥による実験。
オクリバナの天迷宮で発見された『神泥』なる液体の効能を検証するために彼らは学生を使った。
被害にあった生徒たちは快復し、身体的な後遺症などは残っていないと聞く。
終わった話、というのはあくまで俺たち斑鳩校からしたものだろう。
政府からすれば国で採れる貴重な兵器だ。
おそらくこれから使い倒していくに違いない。
『……っ、こんなに速くなるもんなのか』
『ジン君、貴方は竜を見て。
彼らの相手は教官とハガネ君に任せなさい』
『了解』
倉識教官一人で四人を相手にできていた筈が一気に形勢が崩される。
竜もどきによる雑ながら強力な魔法と、強化された公安の狩人による連携を伴った波状攻撃。
あっちは捨て身で、こちらは皆安全重視で戦っている都合上やはり押される。
倒れる木々、天を覆う深緑が魔法で吹き飛び、火の魔法により延焼しかけた巨木を水の魔法が襲い薙ぎ倒す。
自然など見る影もなくなっていく。
「………………なんだ?」
視界の端、鎖木の植物園の幹部、ダン・エインワットがスーツの内から何かを取り出したのが見えた。
あいつらが何かを取り出す、という時点でろくな予感がしない。
鬼も蛇も揃って出てくる最悪の期待値だ。
次の瞬間、エインワットが駆け出す。
「アルテナッ!!」
随分離れてしまった俺たちを追いかけてきたアルテナ目掛けてエインワットが迫っていた。
いつの間にかその手には漆黒の大鎌が。
驚いて立ち止まったアルテナに防ぐ術は無いように思える。
選ぶ時間もない。
「断て」
青スーツの胴、横一文字。
コンマ一秒すら発動までには要していない。
それにも関わらず、エインワットは夕断の一撃を避けた。
「っ、平気だよな、アルテナ!」
「………………ん」
回避を強いたお陰で庇える位置まで間に合った。
あっちの戦況も気になるが今はこいつだ。
「雪禍」
「…………ほう」
隠すのはやめだ。
左手の甲に浮かぶ雪華の紋様から白刃を抜く。
世界の敵なら遠慮も要らないだろう。全開で叩っ斬る。
踏み込み、一太刀。
「良い速さです」
「そりゃどうも!」
軽く受けられ、返ってきた回し蹴りを弾く。
線の細い見た目に不釣り合いなほどにイカれた膂力を感じる。
どうせ馬鹿げたステータスなのだろう。
禁忌に抵抗がないこいつらならどんな邪法に身を染めていてもおかしくはない。
「アストライア、三十秒毎にコールしてくれ」
『はいはい、忙しいわねアンタも』
雪禍の白刃を握り潰し、夕断を発動する。
停止した状態から爆発的な加速で回避するエインワット。
上位の竜であるヴァルカンもそうだが、やはり夕断は回避される傾向にある。
魔力に疎い俺の目ではわからないが予測線のようなものが発生しているのだろうか?
まあどちらにせよ回避を強制できる。
当たれば終わりの攻撃を、当たるまで放ち続けよう。
ただ、この手の厄介面倒極まりない相手にいたずらに放っていても仕方がない。
殺し合いは工夫が全てだ。
全く同じ踏み込みで、もう一太刀。
「あの竜もどきは何だ?」
「竜の魔力障壁を考えた時、強大な個よりも群の方が厄介になると思いまして」
避けられ、カウンターの大鎌を左手の指で受け止める。
握り潰そうとしたが引き抜かれ、真横からの氷の礫を雪禍の異能で停止させる。
「そんなことはどうでもいい。
なぜ大小どちらもの姿が似通っているのか訊いている」
「わかっているんでしょう、貴方も」
三十秒経過。
再び雪禍を叩き折り、夕断を発動する。
先程よりも余裕を持って避けられた。
「あれは幼体ですよ。ここ、杜若で私たちが殖やしたかけがえのない子供たちです」
「蝿の羽を植え付けて眼孔に機械を捩じ込んで、かけがえのないとは大袈裟だな」
「商品を軽んじる商人はいませんよ」
まあ当然、こいつらに倫理感など欠片も無い。
竜と言えど親であり、竜と言えど幼子。
人並みの知能を持ち人並みの感情を持っている以上、辱しめられ続ける竜には同情する。
だが激昂しても仕方がない。狂人相手に狂っていると指摘する意味など無い。
三十秒経過。
雪禍の刀身を左手で撫でて雪と消し、再び夕断を放つ。
空を斬った異能。
大鎌が俺に迫る。
「なんでしょうか、その異能は?」
「研究者なら自分で明かしてみたらどうだ」
湿度が高くなってきた。
まあ、あれだけ凍らせて砕いてを繰り返していればそうなる。
そろそろ動きやすくなってきた。
耳元に入ってくるあちらの状況は芳しくはないが窮地というものでもない。
今はこの男を確実に葬ることだけを考える。
「なぜ鎖木が協力する?
常に誰かの背後でしか姿を見せられないお前らが、なぜ今俺に殺される可能性すらあるのに易々と姿を晒す?」
「……言うなれば事故ですよ」
「事故?」
俺の横軸四方から迫る怒涛の火炎、雪禍を伴った回転斬りで全てを氷の波へと変える。
蹴り砕きまた性懲りもなく肉薄する。
三十秒経過。夕断発動。また避けられる。
「追われたんですよ、私たちも」
「誰にだ、公安か?」
「こんな場所で私たちを追い回すものなんて限られています」
さっきから口の緩いことだ。
それにしても私たちとは、こいつのような人でなしが複数人もこの国には潜伏してたのか?
というかそのろくでなしの人でなしを追い立てることができるものなんて、
「竜ですよ。
『銀の華』が咲いたあの日、猛り狂った竜が竜境から漏れ出して来たんです。
この杜若より少し西で平穏に暮らしていた私たちは酷い目に遭いましたよ」
「…………」
「大事な商品も多くが押収されてしまいました。
また拠点作りから始めなければ。
ああ、損失はいくらになることやら」
「天罰覿面だな」
竜もどきのようなおぞましき生体兵器がこいつらの手を離れたのはいいが、結局行き渡ったのが政府とかだったらと思うとあまり楽観的には思えない。
売人からしかるべき人間に手渡っただけでは?
政府も一枚岩ではない以上必ず竜もどき絡みの面倒を起こすだろう。
それを止めるのは護国だったり守護だったり、それに荷担するのもあるいは同じ。
「…………はぁ。うんざりだっての」
「随分と苦労なさっているようで。
お若いのに総白髪とは」
「いやこれは違うから」
三十秒経過。大鎌の尻、槍で言う石突の部分で突かれて砕かれた雪禍はそのままに。
懲りずに夕断を放つ。
「おお、怖い」
外したのを見たエインワットが突貫してくる。
夕断を外し、三十秒待たなければいけない俺は後退しなければならない。
雪禍も砕かれる度に引き抜くのが遅くなっている。
顔には焦燥、不意にぬかるみに足を取られて体勢を崩してしまう。
火で出来た蛇が地を這い俺を襲う。
やむを得ず身動きの取れない空中に誘導され、当然のようにそれを読んでいたエインワットが俺の首を刈り取るために大鎌を引き絞っている。
終わりだ。
「それでは、ごきげんよう─────」
「ああ、じゃあな─────」
やっと終わった。そう思った刹那、突如横薙ぎの爆風。
同時に夕断が発動。
だが吹き飛ばされたのは俺じゃない、エインワットの方だ。
そして救われたのもまた、エインワットだった。
「あら、エインワット~?
貴方、今死んでいましたわよ?」
頭上から掛かる高慢そうな声。
「…………竜? いや、人か?」
「はぁ……。ツクヨミ、貴方馬鹿なのかしら。
この私が竜に見えて?」
俺をツクヨミと呼んだ女。
くすんだ長い金髪、戦場に不釣り合いな白いフリル付きのドレス、黒い日傘。
それらが特別でない気までしてしまう程に、その女の立っている場所は異質だった。
空だ。
「鎖木の幹部格か」
「ええ。そこの無様に倒れ伏している者と同格に思われるのは不快ですが。
『傀儡の八』、その管理者のサリエル・シャルシャリオネと申します。
要らない屍があれば是非とも私にご相談くださいな」
「そうか、俺は月詠ハガネだ。
今斬ってやる」
跳び上がり斬りかかる。が、届かない。
更に天に昇られた。
シャルシャリオネと名乗ったこの女の自前の物か、それともあの日傘か日除けの手袋かの異能による『飛行』。
この世界に飛行魔法の概念はなく、未だ人間は単身で空を飛ぶことは叶わず。
仮に可能になってしまえば待っているのはしょうもない戦争の革命だろう。
人という余りにも小さい身で、一切の外部動力を必要とせず戦術級の破壊をもたらせるのだ。
空から俯瞰して撃ち下ろされればどれだけ防空意識を高めたところでキリがない。
陸とは違う、空は広すぎる。
「はぁ……、哀れにも地を這う芋虫。
踏み潰すのすら躊躇われますわ」
暗い。
俺だけじゃない、遠くで戦うセラたちもその異変に気付き空を見上げる。
晴れていた筈だ、雲もほとんど無かった。
何が太陽を遮っているのか。
光?
光が光を食ってる?
「さあさ、ご照覧くださいな」
「………まさか」
「『天泣雷伽』」
禁忌とされる五番目に位置する最上位魔法。
その雷。
星を抉る光が全てを焼いた。
━━━━━
「……げほっ、は、ハァ…………。
貴方も、容赦がない」
「一度救ってあげたのですから、むしろ感謝してほしいくらいですけど」
上位の竜の亡骸から手に入る『天異兵装』、『反不自由』と銘打たれた白い優美なドレスに付帯した異能で空に座る鎖木の植物園管理人、サリエル・シャルシャリオネ。
文字通り天に座す彼女の横には、顔の無い翼の生えた巨大な蛇の背に跨がる男、同じく鎖木の植物園管理人、ダン・エインワット。
焼け焦げ大地がめくれ上がった地上を天から優雅にも睥倪する二人。ただしダンの方は無傷ではない
「……不可思議な『両断』。
三十秒というクールタイムが撒き餌とは」
ダンの右肩口には決して浅くない創傷、血は流れ続け顔無し蛇の胴体にぽたぽたと垂れている。
誰に傷付けられたかといえば、それは柄も鍔も刃すらも無い白刀を振るっていた自分の半分ほどの年齢の少年だ。
「そんな初歩的な誘導に釣られたんですの?
まあ情けない」
「そう、言わないでください。
あれほどふざけた力、短時間に連発できるとは誰も思わないでしょう」
第六感、と呼ばれる力がダンには備わっている。
それは非科学的な力ではあるが、決して非論理的なものではない。
空の色を見て後の雨を知る、星の光量で大気の透明さを測る。
見慣れた毎日の中に一つ違和感が落とされても多くの人は気にも留めない。
ダン自身もそう言った変化や異常を能動的に強く感じ取っているわけではない。
だが、ダンの持って生まれた過剰な魔力知覚能力は、稀に表面的な思考の一歩先を進み結論を導き出す。
魔力が伝える世界のうねりや脈動。
平時と異なる異分子が紛れ込んだ時、潜在的な警鐘が強くダンに訴える。
嫌な予感、という漠然とした表現ながら、ダンにとってそれは何よりも優先すべき未来の話だ。
「…………食らえば私の魔力障壁では分かたれていたでしょう。
異能とはこれだから……」
「そういう手合いは魔法ですり潰してこそ、ですわ。
『オリオンの大鎌』なんて持ち出して、野蛮なこと」
土煙が舞い、今もなおどこかで巨木が倒れる音がする。
サリエルが放った『天泣雷伽』は、星に及ぼす影響が大きすぎるが故に世界共通統魔機構により行使に制限が課された禁忌の魔法である。
火、水、土、風、転じて雷、氷の六属性。
更に各属性に五つの位階が存在し、その五番目にあたる最上位魔法は、観測されれば狩人社会ではニュースになるほどのものでもある。
規模も威力も通常の魔法の比ではなく、使える者は滅多に存在しない上に、生来の才により魔法の行使権は保有していても、その莫大な消費魔力を賄えず結果として行使できない者もいる。
故に、第五魔法を一度でも放てる者は『第五の保有者』として世界共通統魔機構から監視され、第五魔法以外の魔法の使用も大きく制限されているというのが世界の実情。
だがそんなものはサリエルたち『世界の敵』にとっては何の意味も持たない。
「って、あら」
「………あれを食らって生きているとは」
眼下に広がるクレーター。
戦況の移ろいによってあれほど離れていた観側室総本部すら巻き込みかねない規模の大雷撃によって死傷したのはほとんどが竜もどきだった。
人間は全員生きている。
少し偏らせて多めに雷を降らせた筈の白髪の少年もまた当然のように生存している。
その右手には白刃を、左手には銀髪の幼い少女を抱き、一切の傷無く立っている。
「ねえ、エインワット。今……」
「はい、おそらく『銀』が雷撃を低減させました」
狂乱に酔いかけていた二人が本来の目的を思い出す。
誰よりも、何よりも代えがたい究極の『宝玉』。
無知蒙昧な愚物と組んでまで鎖木の植物園の管理人たちが欲したものがすぐ近くにある。
「ではもう一度」
空から光が奪われる。
サリエルは何かを捜すように辺りを窺いながら、ダンは顔無し蛇の上で優雅に足を組み端末を操作しながら。
また天が涙する。第五魔法の連発が意味するものは、すなわち戦いの終わりである。
第三者の介入により辛くも絶命を免れた者たちも、今度は耐えられないと予感する。
最悪の人間たちによる、余興のような結末。
「天泣雷─────」
「おい」
日傘を差したまま、サリエルが気分良く下界に神の雷を落とそうとした瞬間。
世界の温度が下がった。
それは物理的な悪寒を生み、同時に百戦錬磨の二人だからこそ気付けた。
人の身では届かぬ遥か高みの天上は、脅かされぬ安寧の地。
その楽土に氷が砕けるような音が近付いている。
それはもうそこまで来ている。
手を伸ばせば届いてしまう距離まで。
「へ?」
「凍て死ね」
魔白い鬼が空を蹴り上がり手を伸ばす。
不可侵の筈の天空で。
雪鬼、もといハガネと目が合った二人は、久方ぶりの恐怖を思い出していた。