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79話 手加減無用

「…………何考えてんだ、ハガネの奴は?」



黒髪の大柄な男子生徒、影谷かげやジンが目の前の光景を見て素直に放った言葉がそれだった。


学内考査の最終項目、狩猟技能効果測定。

対人形式の実戦的な戦闘という試験内容に多くの生徒が不安を抱き、一部の戦いに心得がある生徒は胸を躍らせていた。

それは何も自分が活躍できるからではなく、自分よりも強いかもしれない人間がどう戦うのかを見られるからだ。


奇しくも第一戦は守護の一族より風霧かざきりセラという学年トップの能力を持つ少女がその力を見せつけていた。

それは何も単身で無双していたとかではなく、仲間を活かし、自分を活かし、安全に勝つというもの。

多くの生徒がその真似できない戦いぶりに関心を示しつつ、優美に舞うその姿に目を奪われていた。


そして第二戦。

これもまた非常に注目が集まるカードとなっていた。

護国十一家序列十一位、月詠つくよみ家より月詠つくよみハガネ。

灰髪灰眼の凍った心根。

昨日行われた魔法技能効果測定においては、あろうことか試験時間を棒立ちで終え、的を全く壊さずに落第待ったなしの結果を見せつけた問題児。


そんなハガネは今日も今日とて問題児扱いされていた。

その右手には身の丈に迫る分厚く太い大槍、その左手には広く厚い無骨な大盾。

鈍重な亀が前線に立っているというのが生徒教官全員の感想だった。

取り回しが悪い武器を何故か両手に持つということ。

『舐めている』、そんな感想が誰の頭にも浮かんだ。



「くそっ、この!」



そんな戦いを舐め腐ったハガネを、相対する2番チームは攻めあぐねていた。

鉄直剣を持つ男女が交互に攻め立てるものの、長槍を片手で扱うハガネに巧妙に弾かれ後退させる事すらできない。

かといって脇を抜けようと画策すればその穴からは中衛ラインに立つB組の女子生徒、大崎チトセによる範囲魔法が敷かれている。

それを更に後ろからC組の男子生徒、一瀬リクが支えているために、思いの外縦三人のこの隊列をバラバラにすることはできないでいた。


そしてその間、ハガネたちは常に少しずつ前に出ている。

この狩猟技能効果測定におけるルールの内の一つ、『意図した防戦展開や遅延行為などは減点の対象にあたる』という項目に該当しないためにである。

だがそれは同時に危険を孕む。



「そこっ!」



2番チームの中衛ラインの小さい盾を持った男子生徒の魔法がハガネの大盾に直撃する。

あまりにも鈍重なために避けることはできず、わずかにその身体が仰け反った隙を見て2番チームは畳み掛ける。

好機への嗅覚は実戦経験者のそれであり、逆に経験に乏しい11番チームのチトセとリクは一瞬判断が遅れる。



「一瀬、頼んだ」



ハガネのその一言で、リクが歯を食いしばる。

手に持っていた大盾を構えず、逆の手で魔法を放つ。

見切られはするものの水属性の二番目の範囲に優れる魔法によって、2番チームの女子生徒の足を取ることに成功する。


同時にハガネは前衛と中衛二人を援護なしで相手することになり、自然と11番チームの中後衛ラインが緩んでしまう。



「一瀬君! 今行くか───うわっ!?」



中衛ラインに立つチトセがリクが一瞬足止めした直剣の女子生徒の方を向くも、その彼女が放った風の魔法で尻餅を付いてしまう。

この辺りもまた実戦経験の差であり、自陣側で二対一の状況を作れているにも関わらず、11番チームが劣勢に立たされていることは誰の眼にも明らかだった。



「うっ、痛……」



その結果チトセの援護は遅れ、足を絡めとっただけに終わった水属性の魔法も虚しく、リクはその女子生徒に直剣で盾を持っていない方の腕を払われお手上げと言った風にジェスチャーを取る。

狩人装束を鉄成分を多く含んだ『防御型』にしていたために傷すら残らなくとも、実戦の痛みというものは大きかったのか、リクはそのまま苦い顔で領域ボックス外にすごすごと出る。


今度はその女子生徒とチトセの一対一。

当然不利としか考えられなかったが、その間隙の最中にハガネが勢いよく後退し、狭み撃ちの形を流れるように取る。

急な出来事のようで、その実ハガネは下がるタイミングをずっと見計らっていたために、一人を倒して勢いづいていた女子生徒は背後からのハガネの大槍の一撃に反応が遅れる。


重さは正義であり、鈍重な一撃を辛うじて受け止めた筈の鉄直剣はどこかへと飛んでいく。

手の痺れに顔を歪ませる女子生徒の腕をチトセが叩いたことで直接的な攻撃と見なされ、彼女は試験開始前に教官に伝えていた自分の役割ロールの撤退条件に従って戦線離脱リタイアとなる。


前衛は全武装の解除で、中衛、後衛は相手からの直接的な魔法あるいは肉体による接触があった場合、戦闘不能扱いで戦線離脱リタイアとなり、中衛は一度だけ離脱から30秒経過後に復帰が可能となり、後衛の場合は以降の復帰は認められないというルール。

その女子生徒は前衛であったために全武装の解除が確認され領域ボックス外へ出ることになる。


二対二という状況、残り時間は二分ほど。

膠着を打ち破ったのはハガネの前進、というより進軍だった。

じりじりと詰め寄る重武装に、鉄直剣と魔法で応戦する2番チーム。



「当たって!」



ここでチトセが仕掛ける。

ハガネのすぐ真横まで前進し、半ば奇襲のような形で火属性の二番目、『炎隠(ほがくれ/ロスフレア)』を放つ。

走りながら撃ったために若干明後日の方角に飛んでいったその魔法を余裕を持って避けた2番チームの二人。

失敗に焦ったチトセが慣れない実戦の弊害か、不安定な体勢のままに退こうとした結果、リクが放っていた水魔法の残滓に足を取られ転びかける。


それを見るなり優秀な反応速度で詰めてきた2番チームの直剣持ちの男子生徒と、少し遅れて退路を潰すように魔法を放つ軽盾持ちの男子生徒。

完璧すぎる連携と言えるその流れ、ハガネはチトセを庇うように動こうとするも、あまりに鈍重で動きが悪く(・・・・・)、逆に直剣の一撃で大槍を払われて隙を晒す。


武器は手離さなかったものの、体勢は整わず。

立ち上がり退こうとしていたチトセを飛んできた水の魔法が襲い、盾を持たない右肩に当たる。



「あー、痛ぁ……。

ご、ゴメン月詠つくよみ君! すぐ戻るから!」



中衛は直接的な被弾の後、残り時間が三十秒以上であれば領域外にて30秒待機することで一度だけ戦線復帰が可能となる。

逆に後衛は復帰はできないものの、どれだけ退いても減点対象にはならない。


謝りながら領域外に出るチトセ。

復帰の目安は残り三十秒付近という山場だ。

それまでハガネは一人で耐え続けなければならない。


当然2番チームはこの間に数的有利のままハガネを落とし、三十秒後に残ったチトセを落とす算段だ。

怒涛の攻めが始まる。

そう誰もが思った瞬間、



「ぃよッ!!」



掛け声一番、風が吹いた。

といっても誰かが魔法を放ったわけではない。

ハガネが大盾を投げた(・・・・・・)


それなりに重量のあるそれは速度こそ出なかったものの、前のめりになっていた中衛ラインの鉄盾持ちの男子生徒の不意を突き直撃する。

その突然の奇行に生徒全員が唖然とする中、被弾した男子生徒は直ぐ様領域外に離脱して復帰を狙う。

つまりは中衛だったのだろう。


ここで一対一、雌雄を決する場面となる。

片や軽快な直剣捌きを見せる2番チームの男子生徒。

片や鈍重な上に動きの悪い11番チームの月詠つくよみハガネ。


大盾を捨てたことで堅牢さは半減し、しかし槍捌き自体は大盾を持っていた時と対して変わらない。

そのためにほとんど拮抗した中で、若干ハガネが攻め込まれる形になる。



「ハッ、遅い、っての!!」


「…………」



一進一退の攻防の中で2番チームの男子生徒にも熱が入る。

荒々しい口調で攻めを継続し、中央から11番チームの自陣側まで徐々に押していく。



「お待たせ、月詠つくよみ君!」



ここで残り三十秒、チトセが復帰し短い時間の有利が取れる。

ハガネと挟み込む位置で領域内に戻ったチトセはそのまま足を止め魔法を構える。

だが直剣持ちの男子生徒はここで冷静さを見せ、ハガネを無視して振り返り、チトセへと向き直る。



「えっ、ちょっ!?」


「…………大崎」



ハガネのその小さな声は届き、チトセは覚悟を決める。

大盾を構え、

そして、



「うぐぐ……、死なば、もろとも!」



構えを放棄して近距離で風の魔法を放った。

直剣の腹がチトセの付き出した腕に当たり、これで二度目の被弾となる。

このタイミングで更に2番チームの盾持ちの男子生徒が復帰して、残り二十秒という刹那。

チトセの風に煽られほんの僅かに体勢を崩していた直剣持ちの男子生徒、その剣に狙いを定めて、



「もう一丁!!」



今度は大槍を投擲した。

驚愕に眼を丸くしたまま手元に強い衝撃を受け、男子生徒は直剣を領域外へと飛ばしてしまう。

これでハガネは完全な無防備。

それを見て、盾持ちの2番チームの男子生徒が火の魔法を放つ。


前衛ならば全武装の解除で離脱、中後衛ならばこの一撃で離脱。

逃れる術はもはやない。


その時、ハガネが左手をおもむろに突き出した。

まるで炎を撫でるように、放たれた火の玉はそれだけで消えてしまった。



「………………」



魔法を完全に素手で無効化していたという事実に、少なくないどよめきが生まれる。

だが、ダメージの有無に関係なく被弾したのは事実だ。

その瞬間から一瞬遅れて2番チームの離脱していた生徒の顔に喜色が差す。



「……よ、よっしゃあ!! 俺たちのか──────」



残り時間五秒。

その数瞬。




「『飛水矢(しぶきや/ミエリナ)』」




どこからか魔法が飛んできて、

唯一残っていた筈の2番チームの男子生徒の背中を直撃した。



「そこまで」



多くの生徒が理解できないでいた。

当事者である2番チームの生徒たちもまた口を開けて固まっている。

だが衝撃はそれだけに留まらなかった。



「3-0。全員生存(・・・・)かつ敵チームの全滅により、11番チームの勝利とする」




━━━




善い戦いだった。

全員が全力で本気で、最善が尽くされていた。

策は全て遂行され、俺たちチームイレブンは見事全員生存の完全勝利を手にしていた。



「…………………………は?」


「…………ち、ちょっと! 首藤教官!?

どういうことですか!?」



と、まあこのように文句が出る結果ではあったが。

当たり前だろう。

敵であった2番チームからすればこんな負け方は本来あり得ないものだ。



「な、なんで戦線離脱リタイアした奴が魔法を撃ってきたんですか!?」



彼らの最初の不平不満はこれだった。


最後、俺が大槍をぶん投げて直剣の男子生徒と結果的に相討ちになった後のこと。

しっかりと2番チームの中衛の男子生徒は俺にとどめを刺すべく魔法を放ってきた。

動きの悪い(・・・・・)俺は避けられず、ルールとは無関係なために雪禍せっかでダメージを抑えて戦線離脱。

唯一領域内に残ったのはその男子生徒のため、2番チームの勝ちであった。


筈なのに、そこに水を差すように誰かが魔法を放った。


そう、11番チームで一番最初に離脱した後衛の一瀬リクである。



「落ち着きなさい、蔵前くらまえ君。

ルールはルールなのだ」


「……いや、だからそのルールをこいつらは破って……!」



確信した勝利が手からすり抜けていったことが余程頭に来ているのか、蔵前と呼ばれた男子生徒は猛抗議をしている。

首藤教官も焦らさずにさっさと伝えてやればいいのに。



「なんで後衛のアイツが離脱した後にまた戻ってきたんですか!?」



その怒りも正直ごもっともだと言う他ない。

俺だったらキレてるかもしれない。

だが一つ、間違っている。



「簡単な話だ。

11番チームの最後列に居た一瀬君だが、彼は後衛ではない(・・・・・・)


「……………………は?」


「ついでに言えば、中衛ラインに居た大崎君もまた、中衛ではない」



首藤教官の言葉にしんと静まり返るグラウンド。



「11番チームは、全員前衛だった(・・・・・・・)のだよ」


「……………………、……」



実戦経験の無い二人の生徒と、魔法の使えない前衛が一人。

そんなチームを見れば誰だって考える、『前を経験者に預け、残りは後方支援に徹させるだろう』と。

俺だって考える。それが戦場では最適解だ。


そして試験開始直後に俺たちが見せたあの陣形。

縦一直線に並び、前中後のラインを強く意識させられたことも相まって、2番チームや他の生徒からは俺たちが綺麗に役割ロールを分担していると考えたんだろう。


だがこれは実戦形式であって実戦じゃない。

ルールがあって、穴がある。


『ああ、聞いてくれ。

今回俺たちは、全員前衛でいく』


試験前に大崎と一瀬にこの言葉を言った時は二人は愕然としていた。

そりゃあそうだろう。まともに戦った事もないのに突然前に放り出されるなんてたまったもんじゃない。


そのための大盾だ。

二人には盾を持つように言って、更に『死んでも盾を離すな』と告げておいた。


全武装の解除が前衛の撤退条件であり、逆に言えばどれだけ被弾しても武装がそのままなら不死身なのだ。


今回の試験において最も難関とされる『全員生存』の項の達成の一番の壁は、領域内に居る限り武装のロストのリスクが付き纏うということ。

魔法を受けて、剣を受けて、つい盾を手離してしまったらそれだけでアウトなのだ。


だったら領域から消えればいい。

領域外に居る場合、領域内にいる相手に攻撃をすることは認められない。

だが、別に領域外に出ること自体にペナルティも何もないのだ。


大崎は中衛という役割ロールを演じる事を更に演じていた。

だからこそ最初の被弾で撤退した振りをして常に好機を狙っていた(というかアストライアのカウント曰く30秒より少し早く復帰していたためにバレる可能性もあったらしい)。


一瀬は試験開始後のどさくさに紛れ被弾して離脱した振りをして、最も大事な場面で領域内に戻り飛距離に優れる水属性の三番目の魔法にて後詰めを担った。



「……ちょっと待ってください。

だったら全員生存はおかしくないですか!?」


「…………そ、そうだ!

盾を持っていた他の二人はともかく、月詠つくよみは槍も盾も投げ捨てたじゃないですか!?」



そう、これが一番の肝だ。

鈍重な前衛の俺が盾も槍も投げ捨てて、なんで生存扱いなのか。



「……月詠つくよみ君」


「はい」



首藤教官に促され、俺が前に出される。

2番チームからはとんでもなく睨まれている。

見回せば、倉識教官とセラは共に半眼で凄まじい呆れっぷりを示し、ジンは苦笑いしている。

昔から俺の策は評判が悪いのだ。


今俺は何も持っていない。

盾も槍も投げ捨てたのだから。


だが月詠つくよみは刀を捨てない。

俺が月詠つくよみである限り、俺もまた刀を捨てない。



「真打ち登場、ってな」



コートタイプの狩人装束の内側あるいは下。

背中と首の間辺りに手を伸ばしそれを掴み、シンプルな鉄刀(・・)を背負い抜きする。

非迷宮産の冷たい刀だ。刃は無く、ほとんど打撃武器に近い。



「……………あ、暗器…………」


「ベルトを通してずっと背負っていたお陰で随分と動きが悪かった(・・・・・・・)

やっぱり刀は腰に差すに限るな」



教官陣は全員、生徒はセラやジンをはじめとする数人がこの仕掛けに気付いていたようだ。

学校側で用意された武装はどれも大きく重く、隠し持つには向いていない。

だからこそ隠し持つ。あり得ないと思われればそれだけやりたくなってしまうのは人のさがだ。


しかしバレないように刀を背負うのは苦労した。

まず背を反れない。

それから身体のラインが直線的になってしまう。

とんでもなく不格好な動きになってしまうのは目に見えていたために、ならば逆に重武装で行こうと考えたのだ。


総じて『事前に試験官である教官陣に各役割(ロール)を通達する』というルールの中に、相手にそれをバラす必要がないという隙間があったからこその策だ。

二度は通じない。

というか俺たちがこれをやる前に誰かがやっていたら終わっていた。



「………………」


「…………っ!」



もはや反論もない。

こんな滅茶苦茶で初見にしか効果がない猫だましのような作戦をまともに食らったのだ。

悔しいだろうし、納得がいかないだろう。

戦いなんてそんなものだ。



「君たちもよく戦った。

自信を持ちたまえ、あの月詠つくよみを追い詰めたのだから」



首藤教官のそんな励ましも今は届きにくいのではなかろうか。

あの月詠つくよみ、とはどの月詠つくよみだ。

なぜ彼らがここまで悔しがっているかって、それは彼らが月詠つくよみなんて目じゃなかったからだろう。

本気で最初から勝てると思っていたのは違いないし、恐らく俺の噂を聞いて、昨日の魔法技能効果測定の体たらくを見て確信した筈だ、『護国なんて大したことない』と。


雑魚相手に卑怯な手で引っくり返されたのだから、そりゃあ素直に負けましたなんて言いたくない。

だが試験の結果としては首藤教官の言うように彼らもスコアは十分稼いだ筈だ。

こちらが崩れた隙を逃さず詰め寄り、魔法も近接戦闘も物怖じすること無く披露した。



「次、5番、7番」



首藤教官はもうこれ以上付き合う気は無いらしい。

つまりはこの審問の場もお開きだ。

不安そうに見ていた大崎と一瀬に振り向いて場を離れるよう促す。

中央のバトルコートから少し離れた芝生の上、11番の三人で集まる。



「よっしゃ!」


「か、勝てたよ! 僕たち!」



負かした相手の近くでは喜びにくかったのか、二人とも拳を握り高揚か疲れか頬を赤くしている。

総合的に見れば明らかな格上の相手だった。

それを策と技量と、身を犠牲にして盾を守るという頓珍漢な行いを勇気をもって実行したことで引っくり返したのだ。



「しかも全員生存のボーナス付きだ。

スコアもさぞ期待できるな」


「……月詠つくよみ君は、あんまり喜んでない感じ?」


「いや、これでも喜色満面だ」


「そうは見えないけど……」



自然と頬が弛む二人ほどではないにしろ俺だってこの勝利は嬉しい。

実際の戦闘でこうもことが上手く運ぶのは稀だし、なんなら次からは別の手を打っても警戒されて通らないかもしれない。

それでもたった一度をしっかりと通せたというのはかけがえのない経験だ。


俺は策士でも軍師でもないが、やはり欺くという行いはとても愉しく思えてしまう。

戦いの中で相手の意表を突く、大局的な流れで盤面を引っくり返す。

全てが掌の上とはいかずとも、決まりきった定めを滅茶苦茶にしてやるのは何にも勝る快感だ。


今回の策もまた、俺一人がどうこうしたからというわけでもない。

大崎、一瀬の二人が無痛の敗北よりも痛みを伴う勝利を選択したからこその金星だ。



「ありがとう、二人とも。

即席のチームだったが、良い連携だった」


「へ? あ、あははは、大袈裟だなぁ……」



照れを隠そうともしない大崎チトセと、表情に困っている一瀬リク。

今回の試験では仲間に恵まれたと言ってもいいレベルだろう。



「じゃあ俺は倉識教官に話があるから。

ああ、次の学内考査では敵だな。楽しみにしてる」


「え゛」


「……あはは、お手柔らかに」



昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵だ。

二人に別れを告げて、先程から何か俺を呼ぶような仕草をしている倉識教官の元へと行く。

称賛か説教か、どちらにしろ早いところ受けておいた方がいいのは違いない。


バトルコートでは他のチームがしのぎを削っている。

外野に魔法が飛んでくる事もあり見学している他の生徒は少し離れた位置にて、その戦いの中で使えるものはないかとつぶさに観察をしているようだ。



「お呼びでしょうか、倉識教官」


「……別に呼んじゃいないが。

まあいいか、採点手伝え」



バトルコートを見つめる倉識教官の横に立てば、投影したディスプレイの画面が見える。

今戦っている生徒六人の名前と顔、その下の備考欄に採点項目が設けられリアルタイムで変動している。

操作しているのはもちろん倉識教官だ。



「お前の奇策のせいで皆疑心暗鬼だぞ」


「遅かれ早かれ別の誰かがやっていたと思います」



前衛、中衛、後衛という各役割(ロール)を事前に通達はしても、それを相手に伝える必要は無いということ。

あからさまに隊列を意識させることで役割ロールを誤認させること。

狩人養成所の試験で暗器を使うこと。


どれも別に奇策という程じゃない。

おそらく去年一昨年も誰かが似たようなことをやっていた筈だ。



「意図してルールに穴を作っているのでは?」


「まあ、その辺りは学校側の考えだから私にはわからないが。

役割ロールのフェイクはまだしも、暗器を直接的な勝因にしたのはお前くらいだ」



刀を上着の下に隠しながら戦うということ。

それを相手に覚られないように立ち回るのは確かに苦労した。

だが戦いで一番大切なのは意外性だ。


拮抗した中でお互いが薄皮一枚の回避で斬り結んでいる最中、ほんの一ミリ相手を騙すことができればそれはそのまま勝ちに繋がる。



月詠つくよみ、先に言っておくが。

今回の学内考査でお前が十傑入りするのは不可能だ。

お前の評判なんてもんは近い内に地の底だ」


「残念です」



突然もたらされた当たり前すぎる結果に驚きも何もない。

魔法技能効果測定にて赤点どころかほぼ無回答みたいな真似をしているのだから、他でどれだけ挽回しようとも学年十位以内というのは無理だろう。



「この狩猟技能効果測定でも風霧かざきりみてえな目に見える卓越ぶりを見せたわけでもない。

生徒の多くはお前が小手先の小細工でケチくせえ勝ち方したと疑わねえ」


「事実です。今の俺が味方を活かしつつ全員生存の条件のもと勝たせるにはあれくらいしかありませんでした」


「…………イラつくな、ほんと。

ぶん殴ってやろうか」


「体罰はご法度ですよ」


「うるせ」



手を抜いた、とは言っても使っていい力の範疇では全力で戦った。

他の生徒が本気で戦っているというのに、接戦を演じるために加減をしたと思われるのは筋違いだろう。


倉識教官もそれをわかっているからこそ俺の脇腹を肘で突く程度に留めてくれているのだ。

それでも結構痛いが。



「私はな、学生の頃はそりゃ無敵だった。

同学年どころか上級生すらボコボコにして誰一人私に逆らえなかった」


「時代が違って助かりました」


「やかましい。そんで私には力を隠す理由もなかった。

普通の家系、普通の生い立ち。気分よかったぜ、しがらみも何もなく暴れて評価されるってのは」



もし俺が夕断ゆうだちを解放して好き放題すればどうなるのだろう。

出来損ないなんて言ってくる奴はいなくなるし、月詠つくよみの名前も今ほど地に落ちたりはしない筈だ。


だが、夕断ゆうだちは間違いなく制限される。

日々誰かの監視下にある生活、すり寄ってくる親しげな誰かに囲まれて、気分よく過ごせるのか。



「もどかしいか、使いたくても使えない力を持つってのは」



倉識教官は俺の異能の存在を知らない。

だが、俺が何かを隠して抱えて生きているのは察しがついているのだろう。


夕断ゆうだちが使えない事を俺はもどかしく感じている?

………………。



「倉識教官、俺は今回の試験にとても満足しています。

例え外野からどのように見えたとしても、しがらみなどなく気分よく最後まで戦えました」


「…………あっそ。なら僥倖ってヤツだ」





━━━





それ以降倉識教官は黙々と採点作業をこなしていた。

その横に立って他の生徒が戦う姿を見て、俺の学内考査は全項目が終了した。


それを見計らったかのように届いた一通のチャット。



『竜境に、来たれよ』



正体不明の差出人からのそれを読み終わると同時に、今度はコール音が鳴った。

発信元はあの公安の男、『棟方むなかたミツキ』からだった。

立て続けの異様な通知に胸騒ぎがする。

少し間を置いて応答を選択した。



「はい、月詠つくよみです」


「………………………………………………───」



切れてしまった。

………………。

何かが起こっている。

起きてはいけないことが俺の知らないどこかで。


こちらからかけ直すか迷っていた時、再びコール音が鳴る。

だがその発信元は公安じゃない。

知り合いどころか、家族だ。



『ハガネ、仕事だ』



護国十一家序列十一位、月詠つくよみ家現当主、月詠つくよみシドウ。

かつての竜滅作戦の功績から『竜喰らい』と称される、俺の親父だった。



『銀を狩ってこい』



それだけ言って、通話は切られた。





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