78話 重武装月詠
一年に四度、この国立狩人養成所斑鳩校では学内考査と呼ばれる狩人としての資質能力を計測する試験が行われる。
その最終項目、狩猟技能効果測定が今始まっていた。
「4番、8番共に領域内に入りたまえ」
昨日もお世話になったあの巨大な投影機によって芝生が広がるグラウンドの中央、人工芝ではなく鉄分を溶かし込んだ材質の加工地面でできたバトルコート区画に透明な直方体ができている。
昨日より更に大きく、高さは十メートル、幅二十メートル以上、奥行きは五十メートル以上ある。
とは言うものの戦いのスペースとしては広くも狭くもないだろう。
屋内戦闘なら剣すら振れない事だってあるし、竜を相手にしたのならどれだけの狭所だろうと結局更地になるのだから。
三対三の対人戦闘という形式の狩猟技能効果測定、その初戦は最も注目が集まっていた。
風霧セラ。守護の一族と呼ばれる類い稀な血統の持ち主であり、ついでに目映いほどの美貌も兼ね備えているのだから男女問わず視線は勝手に集まる。
長い銀髪が風に揺られるも当人は鉄面皮の仏頂面、サービス精神などありもしない。
手に持つのは学校側が用意した軽鉄剣のみ。
セラの後ろに位置する二人の男女は、片方は小さめの鉄盾を構えているもののもう一人は武装も何もない。
制限時間はたったの5分。
前衛、中衛、後衛の役割から好きなものを選択する形式。
前衛は全武装の解除で、中衛、後衛は相手からの直接的な魔法あるいは肉体による接触があった場合、戦闘不能扱いで戦線離脱となる。
中衛は一度だけ離脱後30秒経過後に復帰が可能となり、後衛の場合は以降の復帰は認められないというルールのもと戦うことになる。
おそらく非武装の生徒は実戦経験に乏しいのだろう。
ならば下手に武器を構えるより何も持たないのも手だ。
剣にしろ盾にしろ、持っていると使いたくなってしまうものだ。
避けた方が無難の筈がつい受け止めてしまう。
「んじゃ、記念すべき第一戦だ。
そういや言い忘れてたが、敵の全滅かつ味方が全員生存の場合結構な加点がされる。
仲間は大事にしろよ」
倉識教官が土壇場でそんなことを言い出したものだから、生徒たちの間でにわかにざわつきが生まれる。
もっと早く言えよという声が聴こえてきそうだが、口にすれば教官権限で容赦なく減点されるので誰も言わない。
まあ確かに相手を殲滅させる能力よりも、味方を欠かすことなく目的を達成させる能力の方が大事なのは間違いない。
新しく伝えられた加点要素に随所で相談の声が上がる。
「月詠君、A組の教官が言ってたヤツって……」
「難易度は高いが、上手く行けば俺たちも達成できるだろうな」
「うぅ……、ヤバイよ。僕緊張してきた」
「私もだから平気平気」
不幸にも俺と同じ班になってしまった他クラスの生徒、大崎チトセと一瀬リク。
二人ともが実戦経験がほとんど無く、今回の試験に臨むにあたって気概も何も無かった。
だが何かと疎まれがちな俺に悪感情は抱いていないらしく、簡単な立ち回りと取って置きの策を伝えれば多少なりともやる気を見せてくれた。
まあこれだけの人数の前で無様を晒すのを望む人間はいないだろう。
ならば俺が勝たせなければならない。
それが月詠、ひいては護国十一家に生まれた人間の使命の一つだろうし、普段偉そうにふんぞり返っているだけの貴族と思われたくもない。
だが勝つだけでは足りない。
大崎も一瀬も十全に力を見せつけ、それでいて更に全員生存して勝利が望ましい。
班のピックは教官陣がなるだけ公平になるように選んだのだからそう簡単にはいかないだろうが。
「始め!」
セラを前衛に置き後方からの支援を待つ4番チームに対して、8番チームは全員が軽武装の遊撃で固めたような編成。
三人ともがそれなりに戦えるような顔つきと立ち回りを見せており、慣れない対人戦闘で後方支援がままならない4番チームの後衛の女子は中々思いきって魔法を撃てていない。
セラもどうやら本気で戦っているわけではないらしく、踏み込めば斬り刻める場面でも受けに徹している。
「よしっ、貰ったぁ!」
そのセラの脇を通り抜けた8番の男子生徒が中衛ラインにいた4番の盾持ちに突貫する。
意図して作られた一対一だ。
誰が意図したのかは知らないけど。
「撃ちなさい」
多分俺にだけ聴こえたと思う。
恐らくは使い捨てのチャットルームを立てて三人だけの小声での会話をしているのだろう。
セラのその合図と同時に、それまでまごついていた4番の後衛の女子生徒と中衛ラインにいる男子生徒が全く同時に前方方向に向けて火と風の範囲魔法を放つ。
「おわっ!?」
「ちょっと、何……!?」
セラの脇を抜けていた8番の男子生徒が唐突に息を合わせてきた4番チームの攻撃に退かざるを得ず飛び退く。
実戦経験が乏しい人間を戦場で囮ではなく兵士として活用するにはどうしたらいいか。
兵法を叩き込む時間もなければ、身体を鍛えることもできない。
だったら引き金の引き方と、そのタイミングだけ教えてやればいい。というのが今セラがやっていることだろう。
流動的な相手に対して自分たちからアクションを動かしても不利でしかない。
かと言って複雑なフォーメーションも柔軟な対応も望めない。
だからこその一気呵成のカウンターだろう。
セラごと巻き込む範囲で雑に撃てるからこそ意味があり、そしてそんな魔法の渦の中で動けるセラありきの作戦でもある。
だがこうして見ていると、やはり魔法は遅い。
学生でも見てから反応して回避できてしまう。
そして回避に成功した男子生徒は、
「がっ! あっ、やべ……!」
魔法を後ろに背負いながら身を屈めて避け詰めたセラに短槍を弾かれる。
そのまま剣の腹で肩を叩かれ離脱。
更に人数有利を生んだ4番チームが陣形そのままに前進し、領域内で行進をする。
当然セラの合図で全く同時に魔法を撃ちながら。
これはセラが前衛でなければここまで綺麗に通らなかった作戦だろう。
戦いの心得がある遊撃的な立ち位置の敵三人を前で抑えつつ、意図して抜かせ中衛同士一対一の構図を作らせ、そこで動きの薄かった駒を突然揃えて動かす。
何度かセラが剣を持っていない方の手で魔法を構えるような仕草を取っていた事から、多少のアクシデントにも対応できる余裕すらあったのだろう。
そして領域内ギリギリの範囲での火と風の魔法を前衛を巻き込むことを恐れずに放ち範囲でゴリ押し、崩れた所をセラが叩く。
連携に見えてその実ワンマンチームだ。
だがこの力量差を引っくり返せるというというのも大事な資質だろう。
「そこまでだ。
3-1で4番の勝利とする。各自武装を解除し領域外に出なさい」
結局五分という制限時間のお陰で完全に劣勢だった8番チームは一人を生存させることに成功していた。
セラが今出している出力内で無理に詰めれば後衛の女子生徒が落ちていたかもしれないために慎重になっていたのが生存を許した要因だろう。
完全勝利には至らず、しかしあのまま続けていれば8番の全滅は容易に想像できたために結果としては圧倒的だったと言えるだろう。
汗一つかいていないセラに同じチームの生徒が駆け寄り感謝を述べている。
セラもまた自分一人で暴れるのではなく味方を活かしつつ戦うことを選んだのは違いない。
それだけ余裕があるということだ。今のあいつに一対一どころか二対一でも安定して勝てる者はこの学年にはほとんどいない。
「2番、11番共に領域内に入りなさい」
そんな事を考えていればお呼びがかかる。
よかった、早いタイミングで。
「さ、稼ぐぞ」
「んー、……やっぱ怖いなー」
「だ、大丈夫、だよね?」
まだ不安そうな二人を連れて薄水色の透明なボックス内へと入る。
相手の2番チームは知らない生徒ばかり、これならば勝機はある。
そして俺は今、とても注目を浴びている。
それは護国十一家だからとか、魔法技能効果測定でとんでもない得点を取ったからとかではない。
「……なんでアイツ、槍と盾持ってるんだ…………?」
「月詠って剣術道場じゃなかった……?」
「つーか、動き辛いっての……、また護国サマの手抜きかよ」
散々な言われようだ。
相対する2番チームは鉄直剣を持った男女が二人前に、そのすぐ後ろに小さい盾を持った男子生徒が一人という押せ押せの陣形。
対してこちらは前に俺が、その後ろに大崎が、そしてまたその後ろに一瀬がと、綺麗に縦に列を作って並んでいる。
だがそれ自体に突っ込まれてはいない。
問題は武装。
大崎と一瀬は共に大きめの鉄盾を構えており、徹底して防御の姿勢を試験前から見せている。
そして俺の武装と言えば、右手に大槍、左手に大盾の重武装スタイルだ。
困惑と疑問の声が各所で聴こえるし、なんならこれから戦う筈の2番チームの相手ですら眉をひそめている。
「始め!」
楽しい悦しい戦いの時間がやっと始まった。