77話 チームイレブン
狩人は狩猟をするものである。
というのは現代では少し違う。
魔法とステータスを知る全ての人々が狩人であり、それらを武器に職務を全うする者は職業狩人と呼ばれる。
だが魔法黎明期からそう呼ばれていたかと言えば厳密には違う。
人はその頃は『魔法使い』であった。
五十年前の『竜災』を境に人は変わった。
人類に敵対する強大で傲慢な竜という生物を相手取るのには魔法使いでは足りなかったらしい。
だからこその『狩人』。
奇蹟を起こす魔法使いではなく、奇蹟と現実を武器に超常の生命体を狩ることを生業とした。
それがいつしか魔法を使う人全てに当てはまるようになり、世界共通統魔機構や各国の政府が魔法やステータスを持つ人々の総称を決めあぐねていたこともあってか、万国共通の認識として狩人という呼称が人を指すようになった。
竜との戦いが減った今でも人々は狩りをする。
獣を相手に、同じ人間を相手に。
国立狩人養成所斑鳩校では対人戦闘の訓練もある。
自衛の手段として武力の研磨と行使を認めはしても、人間相手に学生が戦いの真似事をすることは肯定できないとする人間もいる。
その多くは部外者であるものの、反魔法反異能主義者に目を付けられ度々論争の的となっている。
内部の学生からすれば余計なお世話もいいとこだ。
「これより学内考査最終項目、狩猟技能効果測定を行う。
事前に通達した通り、三対三の模擬戦形式で武装は当校が指定した物のみ。
異能は入学時に申請した者の中で我々が許可を出した物のみ使ってもよいものとする。
高位階の殺傷量の高い魔法は状況次第で我々が介入することはあるが、原則禁止とはしない。
また、勝敗は直接的な評価項目ではない。結果ではなく過程を競ってくれたまえ」
B組の監督教師である首藤教官が概要を告げれば、昨日と同じように中央グラウンドの芝生の上に集められたA組からC組の生徒に緊張が生まれる。
今日は学内考査最後の日であり、そして最も大事とされる狩猟実技のテストだ。
配点は最も高く、学年十傑を目指す生徒にとっては大一番に他ならない。
三対三の模擬戦形式。
ただ勝つだけなら俺とセラとジンのいつものメンバーで組めばおそらく誰相手でも勝ててしまう。
だがそれで勝てたとしてもおそらくスコアは稼げないだろう。
「グループのメンバーは事前にこちらで決めてある。
親しい者と戦うことになるかもしれないが、まあ覚悟したまえ」
やはり自由に決めさせてもらえないか。
となるとA、B、C各組から一人ずつランダムに選出?
即興で決められたチームなら確かに公平性はあるかもしれないが、いくら狩人への通りが悪い武器を使うと言っても慣れない人間と組んで実戦形式で戦うというのはいささか危険な気もする。
まあその辺りは教官陣が上手くコントロールしてくれるか。
続々と生徒の名前が呼ばれる。
やはり各クラスから一人ずつの選出だ。単純にクラスごとでチームを分けていたら実力が偏るのだから当然と言えば当然だが。
「11番、月詠、大崎、一瀬」
さあ呼ばれた。
縁起の良い十一という数字だ。他の生徒は聞かない名前だが、もしかしてB組のやたら俺を憎んでる連中だったりしないだろうか。
取り敢えず首藤教官の前に向かえば、背の低い大人しそうな男子生徒と苦笑いを浮かべる女子生徒が先にいた。
「試験概要を纏めたdファイルが入学時に導入された斑鳩校専用アプリを通じて君たちの端末内に送られた筈だ。
よく読むように」
首藤教官はそれだけ言ってまた次の生徒を呼び出す。
落ち着かない様子の二人を連れて取り敢えずグラウンドの空いているスペースに向かう。
会話も無しにそれぞれが首藤教官の言っていたファイルを開き確認していれば全員分の点呼が終わったようで、倉識教官が手を叩き注目を煽る。
「今から十分間を簡易作戦立案の時間とする。
試験概要をよく読んでまともな策の一つでも作ってみせろ」
即席の面子で即席の作戦か。
危ういのは承知で、その上でしっかりとした三人一組を構成させること。
多分作戦や構成の成否に関わらず、しっかりとした意図を持って取り組めば少なからず配点は貰える。
ならまずはお互いの事を知らなければ。
「A組、月詠ハガネだ。
二人ともよろしく頼む」
簡素すぎるくらいが丁度いい。
時間が沢山あるというわけでもないし。
それぞれの得意な分野を把握して、チームワークとまではいかなくとも足を引っ張り合わない程度には纏めたい。
「…………あー。B組の大崎、大崎チトセです。
……あ、あはは。ゴメン、私多分足引っ張っちゃうかも」
内気というわけではなさそうだが自信は無いのか、手入れされた髪を弄りながらそう自己紹介した女子生徒、大崎チトセ。
「……あの、僕も。あっ、……一瀬リクって言います。
その、僕も戦いとかやったこと無くて…………」
二人ともが自信無さげに申し訳なさそうに告げる。
士気が低い。多分二人ともこの学内考査で十傑入りなど狙っていないのか。
モチベーションの低さからして、この狩猟技能効果測定は適当に流す予定だったんだろう。
先ほどから二人ともいたたまれない表情をしているのは、そんな気概でありながら不幸にも注目を免れない月詠である俺と同じ班になってしまったためだ。
「獣相手の実戦経験は?」
「……いやー、それが恥ずかしいことに一方的に魔法でなぶるだけのやつでさ」
「僕もそうだからその、月詠君の迷惑になるだけ、かも……」
この二人は魔法技能効果測定であれだけ醜態を晒した俺をそこまで下に見ていないようだ。
人や獣相手の実戦経験がないというのは一学年時点では別に珍しいことではない。
そのための斑鳩校特別プログラムである課外狩猟訓練が存在する。
おそらく今この二人に小難しい戦法を伝えたところで活かすのは難しいだろう。
ならやることは簡単だ。
「取り敢えずはルールの確認をしよう。
さっき首藤教官が言ってたように、別に勝つことが命題じゃないしな」
三人で立って向き合い、それぞれの端末で斑鳩校生徒専用の個人運用アプリから狩猟技能効果測定の概要説明文を開く。
「三対三で魔法込みの現代戦闘再現戦を行う。
前衛、中衛、後衛のそれぞれの役割を予め決め、前衛は全武装の解除、中衛、後衛は直接的な相手からの魔法あるいは肉体による接触があった場合戦闘不能扱いで戦線離脱となる。
中衛は一度だけ離脱後30秒経過後に復帰が可能となり、後衛の場合は以降の復帰は認められない」
「あー、はい! 私、後衛やります」
「ぼ、僕も!」
「まあバランスよく決める必要は無いようだからそれでもいいとは思うが」
俺は前衛だろう。
前線を支えつつ後衛が相手を倒してくれるのを待つのは確かに悪くはなさそうだ。
問題は実戦で魔法を使ったことがないこの二人がどれだけ相手に命中させられるかだが。
身体の動かし方を見ても武術の類いをかじっているわけでも無さそうだし、いささか決定打に欠けるな。
「武装の数に制限は無く、敵チームあるいは味方チームが落とした武装を使うことも許可されている。
この辺りは使えそうだな」
「えーと、月詠君?
ゴメンだけど私、剣とか使えないからね?」
大崎チトセが気まずそうにそう伝えてくる。
そもそも剣を使える人間の方が少ないだろうから詫びることもないと思うが。
「いや、それはいい。ただ、大崎と一瀬がどんな魔法を使えるのかは教えてほしい」
「……私は、えーと、火と水の二番目と、風の一番目」
「僕は水の一番目と三番目だけ、……です。
でも三番目の方は最大魔力の都合で二回しか撃てないから、ごめん」
幸いなことに範囲にも貫通力にも困ることは無さそうだ。
後は作戦立案だが、正直そんなものを作っても予定通りとはいかないだろう。
逆に作戦の通りにいかなかった場合にパニックになってしまう可能性が高い辺り枷にすらなる。
俺たちは一流の部隊じゃない。今日集まったばかりの三人で、相手が誰なのかもわかっていない。
「二人に聞いてほしい事がある」
「……おー? もしかしてとっておきの作戦とか?」
「ああ。そんなとこだ。
これなら戦闘が苦手な二人でも高得点を狙えるし、何なら勝てる」
「ほ、ほんとに……?」
ルールをひとさらいした結果利用できそうなものは幾つかあった。
『意図した防戦展開や遅延行為などは減点の対象にあたる』
特にこれなんかは面白そうだ。
引いて戦うのもまた合理ではあると思うが、今回はあくまで学生のテストだからある程度の積極性が求められるのだろう。
これを利用して特定の状況下で相手側を減点させまくったりしたらさぞ嫌な顔をされるだろう。
まあ減らした分だけ自分たちに加点されるとは限らないので今回はやめておくが。
他にも『決められた領域内から出た場合は、戦線離脱とはならないものの、その場所からは魔法あるいは武装による攻撃は禁止とし、逆に領域外にいる敵に対しての攻撃は有効とする』など、利用しがいのあるルールが目白押しだ。
俺たちの本懐は各々が力量を十分に示し、この試験において高得点を稼ぐこと。
俺一人がでしゃばっても多分意味はない。
それぞれの役割を理解し全うすることが大事だと思われる。
そしてその為には勝利は必須ではない。
だが、今回の策の場合は必須ではなくても勝手に勝利は付いてくる。
「ああ、聞いてくれ。
今回俺たちは───────────」
作戦ではなく、策。
難しくはないし、細かい連携も必要ない。
何より楽しい。
「………………はぁ……?」
「…………えっと、え……!?」
予想できた二人の反応に思わず笑ってしまった。
そろそろ時間だ。
対人戦闘訓練用の武装がタイヤ付きのかごに雑に詰め込まれ運ばれてくる。
目当てのものを探していれば、やはり種類豊富なだけあってちゃんと存在していた。
槍一本と盾三つ。
これさえあれば、チームイレブンは最強だ。