76話 魔法技能効果測定
この世界に魔法を持たない人間は存在しない。
世界共通統魔機構が行った非職業狩人における行使可能魔法の平均数は三種類。
最も少ない者でも全三十種類の内から一つは必ず使えることから、最大魔力量の不足による発動不可を除けば人は誰でも何かしらの魔法を使えることになる。
基本に火、水、土、風。
発展して雷と氷。
更にそれぞれに五段階の位階があって、どの属性のどの位階の魔法が使えるかは当人のみしか把握し得ない。
一般的には中位魔法、すなわち各属性の三番目に該当するものが一つでも使えれば優れたる魔法使いとして認知される。
四番目にあたる上位魔法を使えればこの狩人社会の組織では引く手数多だろうし、更にその上の最上位魔法を使えるとなるとお国からお呼びがかかる。
だが当然ただ使えればいいというわけではない。
全ての魔法の威力には最低限の保証がなされている。
ステータスの項目の内の一つ、『魔法力』が高ければ高いほど変換効率が上昇するために威力や範囲は上がっていくが、例えばどれだけ魔法力が低かろうとも火の魔法の一番目を使えば火柱は立つ。
だからこそ、単純に魔法力が高く高位の魔法を使えるだけでは際立って優秀とは言い難く、逆に中位魔法が精々であれど最大魔力量に優れる継戦能力の高い狩人の方が総合的な評価は高くなる。
拠点制圧の一発芸ならば上位魔法は優れてはいるものの、現実的な脅威となる獣や竜相手には中位の魔法の方が有用なシーンが多いこともあり、どんな種類の魔法が使えるかではなく、その魔法でどんなことが可能なのかが近年では重要視されている。
魔法が狩人にとってなくてはならない道具なのは確かであり、俺にはそのなくてはならないものがなかった。
端的に言って終わっている。
「こんなテストにどれだけの意味があるんだかなあ」
国立狩人養成所斑鳩校、中央グラウンド。
四方を校舎棟に囲まれたど真ん中に位置する人工芝が敷き詰められた運動場。
俺の隣で柔軟体操をしている昔馴染み、『影谷ジン』がそう話しかけてくる。
がっしりとした体格で俺よりも更に少し背が高く、この見た目以上にしっかりとした経験を積んでいる盾持ちの男だ。
ジン以外にも今この緑の芝生の上には五十人ほどの生徒が集められている。
ひとえに学内考査の内の最重要項目である『魔法実技効果測定』のためだ。
「実はハガネも乗り気じゃないだろ」
「まあ、俺たちは魔法なんて牽制にすら使わないからな。
セラやサカキなんかは学年上位は余裕だろうが」
ジンも俺も狩りの際は常に肉弾戦オンリーだ。
だからこそ魔法による面制圧のできない対多戦闘は苦手だが、逆に的が少なければ少ないほどレベルやステータス以上の力は出せる。
もう一人の幼馴染みである『風霧セラ』がいる時は中位魔法による援護が見込めるためにバランスがよく、三人で居ればレベル差が10程ある獣の群れであっても切り抜けるのは難しくない。
現代戦闘で重視されるのは迷宮産の武装による近接攻撃と異能による初見殺しばかりだが、依然としてやはり魔法による牽制やフェイント、必殺の制圧力などは持ち札としては非常に強力であり、竜狩りや高位の獣の掃討作戦のニュースなどで話題になるのはいつだってわかりやすい大魔法による殲滅だ。
「おい、そこのお二人さん。
今俺の悪口言ってたろ」
「おっ、噂をすればだ。
期待してるぜ、サカキ」
同じA組のクラスメイトであり、席が近いこともあってよく話す間柄にある『利根サカキ』が俺とジンの顔を見るなり寄ってくる。
ムードメーカー気質なのかお喋り好きなのか、サカキがいて退屈になることはあまりない。
だがこいつも最優のA組であり、特に純粋な魔法技能に関しては学年でも五指に入るレベルだった筈だ。
「緊張しまくるっての……。
三クラス合同でやらなくたっていいだろぉ……」
「ハハ、まあ俺とハガネが不甲斐ない分お前がA組を背負ってるのよ」
「そういうことだ。
精々俺たちの分まで期待されてこい」
魔法技能効果測定は究問試験と違って更に項目が細分化されている。
展開から発動までの速度や安定性、精密性に加えて、魔法の範囲や威力なども数値化するらしい。
ただ、一度にその項目全てを測定するわけで、一回きりの大勝負となる。
落ち着かない他の生徒の様子からしても、やはり大勢に見守られながら失敗できない試験に挑むというのは中々のプレッシャーだ。
ちなみに俺は捨ててるため重圧も何もない。
「うわ、アレって国土防衛省のウェブコマーシャルで見たやつじゃん」
「仮想敵投影用の大型機動端末『フラッシュバード』。
流石に金に糸目はつけてないな」
二メートルはある車輪付きの真っ黒な板。
それが四枚、長方形の角に位置するようにグラウンドの芝生の上に並べられている。
現在最も広く普及している首に巻くタイプの携帯端末『NeXT』のディスプレイ投影技術と類を一緒にする仕組みであり、この四つの巨大な投影機から直方体の空間内に仮想敵を模した立体映像を投影し、それを魔法なりで撃ち抜けば別の場所に置いたメインの端末が撃ち落とされた立体映像の場所や数、投影から撃墜までにかかった時間などを勝手に計測してくれるという便利な代物だ。
本来は仮初めの直方体の内部に入り、囲まれた状態での訓練を想定してこのフラッシュバードは制作された筈だが、今回は生徒三人が均等に切り分けた直方体の真横に立ち、決められた自分のエリア内でどれだけ的を落とせるかというルールのようだ。
「確かにこれはいい見せ物だな」
「…………いや、ハガネ。
お前はセラと並んで今日いち注目されるんだからな……」
サカキにそう突っ込まれるが、だからと言って慌てふためいても仕方がない。
できないことはできないのだ。
「そろそろだ。ハガネ、サカキも行くぞ」
「ああ」
ジンに促され機器の設営が終わりつつあるグラウンド中央へと向かう。
楽しい魔法技能効果測定の時間の始まりだ。
━━━
「まずは私が手本を見せる。
首藤さん、頼む」
「了解した」
A組の監督教師、倉識ソラの声を、B組の監督教師、首藤ヨウゼンが受けて、少し離れた位置に置かれたメインの端末を操作する。
薄水色の直方体が四つの巨大な黒い板によって投影され、更にそこから均等に三分割する薄水色の仕切りが生まれる。
「事前に説明した通り、お前らには決められた範囲の的を時間内にどれだけぶち抜けるかを競ってもらう。
別のボックスに干渉すりゃ減点だ、コントロールを見誤るなよ」
説明を終えた倉識教官が翻って中央ボックスの前に立つ。
メイン端末から聴こえる簡素なスリーカウント、その後に直ぐ様薄水色の的が二十個前後、何もなかった空中に現れる。
大きさはバラバラだが、形自体は皿型の丸く薄いものだ。
倉識教官が右手をかざし雷の魔法を使い撃ち落とせば音もなく的は消え、また次の的が現れる。
直方体の外郭を形作る壁は実体干渉に際しての消失設定がされていないためにボックスは残ったままだ。
たった五秒間の的当て、見た限りでは全ての的が撃ち落とされブザーが鳴り終了となる。
生徒からは感嘆の声、にわかにざわつきが生まれたのは倉識教官の魔法技能を初めて目にしたからだろう。
的を視認してから撃ち落とすまでの時間は瞬きすら許さないほどであり、針のように細く直線にならない雷の魔法を用いたにも関わらず、正確無比に撃ち抜いた技量はやはり『金』を冠する狩人のそれだった。
「ハガネ、気付いたか」
「ああ、鳥がいたな」
「……えっ? 全部皿じゃなかったか?」
サカキは見落としていたようだが、無数の薄水色の的の中に一瞬、鳩の姿を模した的があった。
一瞬で砕け散ったから同じように気付かなかった生徒も多いだろう。
多分あれはアタリだ。
的それぞれに配点が設定されているとして、三倍くらいは貰えるかもしれない。
「時間も押している。始めるとしよう」
首藤教官がA、B、Cそれぞれの組からおそらくランダムに生徒を一人ずつ呼び、高さ幅共に五メートル、奥行き十メートルのボックスの前に立たせる。
「用意」
緊張の中始まった魔法技能効果測定。
それぞれが得意とする魔法で的を撃ち抜いていくものの、やはりパーフェクトとはいかない。
特にあの鳩のような的を射抜ける生徒は五組終わった時点ではいなかった。
小さく、出現は一度きりであり投影位置は決まって奥の方だ。
「次。A組、影谷、B組、…………」
「俺か。前座くらいは務まるかね」
呼び出されたジンが腕を伸ばしながら前に出る。
大柄の盾持ちということで魔法は苦手に見えるが、ジンは好んで使う場面が少ないだけであり技量自体は相当高い。
「用意」
スリーカウント後の初弾、他の生徒がまだ展開している最中にジンは四つの的を巻き込む水の魔法を空に放つ。
威力と展開速度に優れている点がこの試験では大分有利に働いている。
精密性という観点では両隣の生徒に劣ってはいるものの、結果として落とした的の数は一番多かった。
何より、
「ハガネ、サカキ。俺が一番乗りだ」
「鳥落としだろ、ちゃんと見てた」
「あー、あの鳥だよな! 速すぎてわかんなかったぜ……」
ジンはあの鳩のような的を撃ち落としていた。
的が三つ以上重ならないように魔法を撃っていた事から察するに、最初から狙っていたんだろう。
成績は開示されていないが今のところ暫定トップかもしれない。
「次は……、あのお姫様か」
紫がかったボブヘアに異国の血を感じさせる顔立ち。
『ルジェ・セラドニア』。
今は亡き『バレンシア中道国』の王族の血統を現代に残す生きた歴史書。
バレンシア中道国が滅びた原因、それはかの竜災によるものであり、国土のほとんどを失い世界共通統魔機構から国外退避を勧告されバレンシア国民は皆散り散りになった。
失われた人口の増加の目処が立たずにそのまま時だけが過ぎ国連から消国手続きの受理が発表され、しかしセラドニア家は今もなおその名を第四亡命先である日本にて存続させている。
強かな家だ。
その経緯から護国十一家とはまた別の権力とつてを持っており、国賓扱いであった過去は捨てこうして市井に一人娘を送り出すほどである。
そのお姫様の魔法は随分と可憐だった。
各属性の一番目、つまりは最下位に位置するランクの魔法をローテーションして放っている。
ショーでも見ているかのようだ。
己に縛りを課しているのか、ただの遊びと割り切っているのか。
撃ち漏らした的の数はおそらく二、三。
残念ながらジンのスコアは超えられただろう。
「ハハ、やるもんだなあ。儚い天下だった」
「仇は俺が取ってくるぜぇ、ジン」
名前を呼ばれたサカキがジンの背中を叩いてボックスの前へと向かう。
この学校に入学できるのは皆中等部時点で神童だとか天才だとか持て囃された者ばかりだ。
その中でもA組からC組までのいわゆる上位クラスに在籍する者の能力は非常に高い。
ただ漫然と上がるレベルやステータスではなく、しっかりと技術面での研鑽を積んでいる者も多く見られる。
だが、時に才能だけでそれらを引っくり返してしまう者もいる。
サカキの用いた魔法は火の二番目、干渉範囲に優れる『炎隠(ほがくれ/ロスフレア)』。
己のボックス内からはみ出すギリギリを掠めるような威力と範囲の炎で偽りの的を破壊していく。
速さ、規模共に高いレベルにありながら、連発を苦にもせず遂には例の鳩のような的も射抜く。
だが惜しくもたった一つの撃ち漏らしによりパーフェクトとはいかず。
一人くらい出るだろという空気の中で天才たちが惜しくも至らない事で、倉識教官の株が勝手に上がっていく。
そんな中で今日一番注目されている人間の手番が回ってきた。
「A組、風霧」
「はい」
生徒会の役員という事で今日は機器の設営などの手伝いをしていたセラが呼ばれる。
表情は鉄の如く、緊張も昂りも見られない。
守護の一族の直系、つまりは数多いる天才の上に立つ人間という事で、自分の番を終えて談笑に興じていた他の生徒の視線が自然と集まる。
「用意」
右手のひらを空に向けるような姿勢。
たったそれだけのポーズでも両脇の生徒がつい横目に見てしまう程に様になっている。
銀髪美少女というものはやはりズルだろう。
「始め」
魔法を発動した際に、魔力が最も偏る部分に光の輪のようなものが浮かび上がる現象。
展開円と呼ばれるそれは余剰魔力の放出と言われており、魔力を変質させる際に効率が悪ければ悪いほどに大きく目映い輪が形成されると言われている。
セラの場合はその真逆だ。
かざす右手、肩にほとんど展開円ができていない。
両隣の生徒と比較すれば一目瞭然だ。
貫通力の高い三番目の魔法、風と水の属性を使い分け淡々と的を撃ち抜く姿に生徒の多くは見とれている。
淡々と、そう見えてしまうのはあまりにも正確でまるで作業のように魔法を放っているからだろう。
現れた的を直線に走る魔法で射るだけ。
流れるように行われるから退屈に思えてしまう。
結果はパーフェクト。
振り返ったその顔に喜びも何もない。
どよめきの後に小声の会話が各所で聴こえる。
耳を澄ませば大方セラへの賛辞だった。
流石は守護の一族だとか、あとは見た目の事とか、そんなものばかり。
中位の魔法を顔色変えず連発していたこともあって畏怖している生徒も多少いた。
もう組数は残り少ない。
死刑宣告を待っている気分だ。
「A組、月詠」
首藤教官に遂に呼ばれ、サカキとジンに送り出される。
護国十一家などという家の生まれで、しかもセラと親しい間柄の人間というだけでとんでもない視線を浴びている。
だがその多くは期待ではない。
わかってしまう。これは嘲りだ。
日本国内における特権的な階級地位を持ち、多くの界隈に強い影響力を持つ護国十一家。
当然それを疎ましく思う者も多く、俺のように相応しい力を持たない人間はそう言った現実的な矛先を一手に受けることになる。
直接手は出さずとも、あの偉そうな護国の人間が無様を見るというだけで聴衆にとっては十分なエンターテインメントだろう。
正直やりたくない。
人類の行使できる三十種類の魔法はどれも見れば種類がわかってしまうのだ。
つまり全くの別現象を引き起こす雪禍でズルはできない。
どうしようもない。
「用意」
無情にも時は進む。
「始め」
薄水色の壁の向こうの空を眺めるだけ。
ざわつきが聴こえる。
当然だ。良くも悪くも目立っていた人間が実技試験中にも関わらずあろうことか棒立ちでいるのだから。
最初に現れた的がいくつか消え、また新たに現れる。
0点か。
それは嫌だな。
せめて何かないか。
…………鳥。
緩やかな世界の中で三秒が経過した。
そろそろあの鳩のような的が現れる。
どうせ無数の的の一番奥で優雅に翼を広げるのを待っているんだろう。
俺が魔法を使えないのをいいことに。
それは納得いかない。
だが大っぴらにやるわけにはいかない。
集中しろ。
研ぎ澄まして頸を刎ねることだけ考えろ。
見ろ、観ろ、視ろ。
「断て」
【夕断】。
━━━
━━━
学内考査より魔法技能効果測定がA組からC組まで完了した。
生徒たちはそれぞれの教室に戻され、各クラスの監督教師と生徒会役員である風霧セラだけが残り、機器の後片付けを行っている。
と言っても車輪付きの真っ黒な板を専用倉庫に仕舞うだけだ。
三人の大人と一人の少女。
年齢も性別もバラバラな彼らは、しかし全く同じこと、同じ人物について考えていた。
「風霧、なんであの馬鹿はあんなことしたのか。
私にはわかんねえ」
メインの端末を中腰で操作するB組監督教師、首藤ヨウゼンの周りを囲うように、一通りの作業が終わった者たちが集まっている。
「さあ。一つ言えることは、ハガネ君は格好付けではあっても、意味もなく手を抜いたり試験を放棄するような性格ではないという事くらいかと」
「…………なおさらわからねえな」
四人が思い浮かべるは馬鹿と揶揄された生徒。
つまりは先ほどの軍用反応訓練装置『フラッシュバード』を用いた魔法技能試験にて、終始棒立ちで空を見つめていた一人の男子生徒、月詠ハガネについてだ。
護国十一家の直系ということで期待が集まる中、灰髪灰眼の少年は身動ぎ一つせず五秒という短くて長い時間を終わらせた。
当然誰の眼に見てもA組からC組までの全生徒四十六人の中で最下位なのは明らかであり、そのスコアは侮蔑や落胆を通りすぎて困惑すら生んでいた。
「では、風霧君。
月詠君は本気でやっていたと?」
初老ながら腰に負担のかかる体勢で仮想キーボードを弾くヨウゼンがセラにそう訊ねる。
この試験では三人の監督教師も機械で判定する部分とはまた別にそれぞれの観点で生徒を測っていた。
「はい。おそらく」
「魔力欠だったか。
それともあいつは元から使えないのか」
「氷の一番目を使っている所は何度か見ましたが。
魔法力も魔力も乏しいとよく自虐していましたね」
生まれつき高位の魔法を使うことができても、発動に必要な魔力が自分の最大魔力より多く結果として使えないという事例は存在する。
だが最下位にあたる一番目の魔法すら使えない魔力量などあり得るのか。
顔を見合わせる教官陣、メイン端末に一人の生徒の成績情報が映し出される。
「ふむ、では仮に彼が一切魔法を使えなかったとして。
これはどういう事なのだろうね」
ヨウゼンがメイン端末から少し身体を離し全員に画面の確認を促す。
月詠ハガネの魔法技能効果測定の結果だった。
魔法をそもそも一度も使用していないために幾つかの項目は採点すらされていない、余りにもお粗末な結果だ。
だが、
「この5点分は、何かね」
「…………」
ヨウゼンの言葉を受けた結果、沈黙が生まれてしまう。
月詠ハガネは魔法を一度も使っていない。これは正しい。
ならば月詠ハガネはスコアを獲得していないのか。これは正しくない。
「…………どういうことだ。
他の的を一個も壊さずに一番奥に現れたアタリの鳥の的を落としたのか」
「……これは魔法技能の試験であって、異能の使用は禁止されている。
風霧君、彼の異能は?」
「私が彼に教えられたのは【虚雨】、【斬雨】、【夕断】の三つの変遷です。
月詠家特有の異能変質現象により現在の彼の異能はわかりませんが、そのどれもがいわゆる異能不全状態にあり使うことはできなかった筈です」
『異能』。
約十人に一人、魔法やステータスとは系統を異にする特別な力を持って生まれる。
魔力を消費して何かを放ったり、見えないものを見たりと様々で、得てして多くは強力で強大であり、更に魔法以上に隠密性に長ける究極の初見殺しとして戦場では恐れられている。
この世界の根幹である『ASTRAL Rain』にて設定されたものではあるものの、世界中に開示されたメインのソースコードから逸脱した異能がいつからか現れ始め、遺伝することによってまた新たな異能が生まれることが知られている。
魔法と異なり異能の辞典は作れないと言われており、余りにも強力なものは世界共通統魔機構が把握し、異能所持者の行動に制限を設けるまである。
そんな異能だが、ごく稀に不可思議な設定を設けられたものが存在する。
『自身の最大体力全てを消費して───……』といった自殺紛いの要求をしてくるそんな異能は『不全状態』と言われ、発動した際に所有者が死亡あるいは消滅するか、もしくはそもそも発動条件が理論上不可能となっているものを指す。
ハズレと言われる微妙な異能でさえも機能するだけマシであり、他者との大きなアドバンテージとなるだけに、この不全状態にある異能の所有者は不運とされる。
「…………異能ではない。魔法でもない。
護国とはつくづく扱いに困るな」
ヨウゼンの諦めたような呟きは青空と芝生の間に吸い込まれる。
「……昨年のこの時期もそうだった。
音冥君の件、針間教官は覚えているだろう」
「……はい。と言っても、僕は彼女を担当していませんでしたが。
音冥ノアさんもまた、この試験ではやってくれましたね」
やってくれた、という苦々しさと呆れが混ざる発言をしたのはC組監督教師の『針間キミト』だ。
二十代後半という異例の若さで斑鳩校の本教官を務める英才であり、顔立ちは若々しくもその表情には苦労の痕が窺える。
「……? あのイカれた金髪は何を?」
「彼女は全属性の四番目しか使えなかったのです。
そしてその膨大な魔法力によって放たれた魔法は両隣の生徒のボックスを軽々と侵犯し、一度の魔法で全員分の的を破壊しました。
本人の弁では可能な限り出力は抑えたとの事ですが、結果として音冥さんは初撃の3点分のみ。
両隣の生徒はもう一度二人だけで試験を行うことになりました」
護国十一家序列一位の家の一人娘にして学内最強、音冥家の至宝、音冥ノア。
過去の経験から既に成長限界に達してはいるものの、その成長分を抜きにしても彼女に敵う者は学内に存在しないと言われている。
言葉はそのままに、精鋭揃いの教官陣含め最強である。
「……マジか。いや、でもまだ音冥の方が状況的には納得いくが……」
A組の監督教師、倉識ソラが頭を掻きながら呆れる。
去年は規格外が一人。
そして今年は論外が一人。
共に国を護る名家の出だ。
「……次の試験も控えている。
彼の得点に異存ある者は?」
ヨウゼンの場を取り持つ言葉に挙手も反対もない。
結局、月詠ハガネはこの魔法技能効果測定にて50点満点中5点を獲得した。
何も知らない生徒や教官陣からすれば拍子抜けどころか議論の対象であり、そしてハガネ本人からすれば上々の結果であった。
ソラとセラは翌日の狩猟技能効果測定にて、更なる波乱を予感していた。
当然、渦中にあるのは失敗作で出来損ないの筈のあの灰髪灰眼の少年だった。