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75話 究問試験

「んじゃ、始め」



国立狩人養成所斑鳩校1-Aの監督教師、倉識くらしきソラの一声で始まったのは『学内考査』の第一項目の究問試験だ。

この斑鳩校では一年に四度、全生徒を対象とした狩人としての総合的な能力を測るための催しが開かれる。

それがこの学内考査であり、競争社会を煽る斑鳩校の中でも特に生徒間がただならぬ空気になってしまう時期を生む要因でもある。


総合結果が出たのちには各学年の上位十名が表彰され、一ヶ月は校内のそこかしこで有名人にならざるを得ない。

名誉なことながら学外試験の免除資格や奨励報酬などは用意されておらず、自分の狩人としての実力がどの程度なのかを測る目安でしかなく、上位に入ることができれば一目置かれるくらいでしかない。


ただ、その一目置かれるということが多感な十代半ばの学生にとってどれ程甘い響きか、大人たちはわかっているからこそ成績上位の生徒の開示などに踏み込んだのだろう。

特に優秀な生徒が集まるA組、B組、C組の生徒は己の力を疑うことなく上位入賞のために気の入り方が違うように思える。


俺、月詠つくよみハガネもやる気に満ちている。

というのも護国十一家という大層な家柄に生まれておいて何も結果を残せないというのは如何せんよろしくない。


魔法が使えないという狩人として致命的な欠陥を抱えている以上、携帯端末『NeXT』に解答を入力する形式で行う究問試験は落とせない。


学校側が用意した試験用アプリは試験時間内では閉じることができず、また端末の他の機能も制限される。

机の上の投影台にディスプレイを映し出し、十五人のA組の生徒は皆静かに仮想の画面を叩いている。


カンニング防止のために投影するディスプレイの明度や多角補助機能は抑えることが義務付けられており、少し角度が違っていれば画面は明瞭には見えず、真正面にいる本人のみしか見られないようになっている。


『究問5:陸型獣の既存種との相違点について』


ご丁寧にアストライアが読み上げてくれるが、そもそもこいつはどうやってアプリ側の他機能制限を突破してんだ。

限定的に全権をこのアプリに委ねている筈だが、まあこいつの事だから自分だけこっそり領域外に設定したとかかな。


『枝問1:陸型獣の中でも広く知られる狼型ガウル種の群生時の傾向について、次の四項の中から当てはまるものを選びなさい』


戦闘基礎の項目からの出題。

狩人であれば誰もが戦うであろう狼型の獣。

よく群れ、え、そして取得経験値は多く、あまり強くはない。

いわゆる美味い(・・・)敵だ。

だからこそ世界中の獣管理所はこいつを重宝し、狩人見習いの人間にあてがっている。


そんな美味しい餌にほとんど食われかけたのが俺だが。

百を超える群れが狂ったように雪崩れ込んできてなす術が無かったのも今では良い思い出だ。

その後の解放同盟エルシアによる獣管理所襲撃事件の際には逆に獣喚びの呪花にお世話になったゆえに、どういうわけかガウル種に縁のある人生になってしまった。


想起しながらもアンサーボックスを埋めていく。

やはり入学してから最初の究問試験なだけあってぬるい。

机にかじりつくだけでなく、実際の体験も交えている人間からすればサービス問題ばかりに思える。


『究問7:天迷宮ダンジョン固有の拾得物と、その入手手段の再現性について』


アストライアがいつものやかましいボリュームと抑揚を殺して事務的に読み上げる。

ノリがいいのは結構だがアプリ側の監視システムがフィードバックされて存在が学校側にバレたりしないか心配だ。


『枝問1:天迷宮ダンジョン内での拾得物の保有権について、以下の項目から当てはまる状況を選びなさい』


迷宮で拾ったアイテムはおいそれと懐に入れていいわけではない。

C、B、A、S、SSとランクが存在する迷宮産の武装だが、鉄鉱物由来の既存の近接武器と異なり百パーセント魔力エーテリウム由来のために、狩人や獣が無意識に身に纏う魔力障壁を貫通しやすく、たとえCランクの武器であろうとも決してはずれ(・・・)ではない。


そんな貴重な武具が手に入る天迷宮ダンジョンは、この一世紀、ほとんど重要視されていなかった。

なぜかと言えば、それは全く機能していなかったからである。


敵がいない。

階層が無い。

要はただの地下空間でしかないものが多く、ごく稀にしょぼくれた敵と低ランクのアイテムが手に入る数少ない生きている天迷宮ダンジョンも人の手で自動化が進み、ただの武器工場でしかないからだ。


だが今は違う。

表沙汰にこそなってはいないが、世界で同時多発的に新しい天迷宮ダンジョンが次々と発見され、しかもそれらは全て十全に機能し、内部にはこれまで発見された獣の最大レベルである99を容易に上回る強大な敵が蔓延っている。

手に入るアイテムもまた強力無比であり、特に今狩人社会を賑わせているのはアメリカ全州連邦ベルストア州より『ベルストアの天迷宮ダンジョン』固有の『魔銃ガンド』だろう。


魔弾を放つあの武器は、銃が廃れて久しいこの世界で再び猛威を振るっている。

日本においても既に主要武装に取り入れている組織も少なくない。


そろそろ情報封鎖も限界の筈だが、生徒間で天迷宮ダンジョンの話をする者は多くない。

人食い迷宮と化した旧都東京常葉市『トコハの天迷宮ダンジョン』での凄惨な事件のこともある。


俺も勝手知らない話ではなく、それどころか当事者でもあるために苦い思い出が多い。

だが得た物も多いのは否定できない。


正確には天迷宮ダンジョンではなく『天淵アビス』という別の位相の場所だが、雪禍せっかという雪の紋の力のお陰で度重なる困難を振り払うことができた。

Exランクという既存の規格から外れた武装だからかその力は絶大であり、強大な竜すら退けることが可能だ。


これを入手したことは政府や世界共通統魔機構には報告していない。

Sランク以上の武装の拾得の際には報告義務が発生し、これを留保、または虚偽の報告をしていた場合には武装の没収と法的措置が適用される。


屁理屈を述べるならばExランクは既存のランクとは別物であり、単純にSランクの武装より優れているというわけではないし、そもそも雪禍せっかは俺の左手と一体化してしまっている為に、没収となれば俺は左手首から先を失うことになるのだ。

いくら義手義足の技術的進歩が著しかろうと、刀を振るう際のバランスが悪くなるのでそれは勘弁願いたい。


まあトコハの天迷宮ダンジョンで入手したSランクのアクセサリである『八握爪やつかのつめ』の報告も怠っているのでハナから言い訳を立てる意味もないのだが。


『ロスト』というレベル100をゆうに超える難敵、更に超低確率で湧く『ノーブル個体』、つまりは特殊個体であった蜘蛛型の敵を倒した際に入手した指輪型のアクセサリである八握爪やつかのつめだが、これに関しては戦闘中は右手の中指に、それ以外は狩人装束の胸ポケットに忍ばせているものの、機能した試しが一度もない。

だがまあ意匠は嫌いではないので何となく肌身離さず持っているだけだ。


思い出が逸れすぎたが、この究問も大して難しくはなかった。

この調子ならば問題なく終わりそうだ。


次の究問は、



『究問8:竜種について』



…………。

締めに相応しい題だ。

侵食現実以降世界に溢れ、人に仇なす悪しき『獣』。

そんな獣とは更に一線を画す強大で悪辣な異形の存在。

それが『竜』。


その姿は様々であり、西洋の古典的なドラゴンをモチーフとしたものから、東洋の胴体の長い龍をモチーフにしたものまで幅広く存在する。

レベルは100で固定であり、ステータスは個体によってまちまちだ。


獣と共通するのは人類への敵意だろう。

だがその思考の内訳は獣が生存意識に起因するものであるのに対して、竜は縄張り意識や人に近い悪意のようなものを持って人類と敵対する。


竜は賢く、人語を解さない獣とは異なり多くが人間との会話を可能としている。

狡猾なものも多く、これまで幾度となく竜滅が行われてきたにも関わらずしぶとく現存している。


そして人類は竜に蹂躙された過去がある。

今から五十年ほど前に、それまでは深い山中にごく稀に出現する程度だった竜種が一斉に人里に姿を現し、世界各地で人の住む世界を破壊して廻った。

世界人口はその後の余波も含めれば三分の一にまで減少し、名を消した国と姿を消した国土は数知れない。


竜は人を敵視しているし、人は竜を憎悪している。

多分一生このままだ。


『枝問3:竜種の同族意識、または帰属意識の有無について、以下の項目から当てはまるものを選びなさい』


竜は群れない。

千を超える竜が結託していた『竜災』が例外的であり、基本的には姿が似通っていようとも相容れることはない。

並んだ四択の内から適当なものを選んで解答は終わる。


だが知っている。

これは配点は貰えても、正しくはない。

竜は群れる。

仲間意識は存在する。

それどころか、死の国と化した西日本で、彼らは社会と呼べるほどの共通理念と価値観を持っている可能性すらある。

国はそれを知っている筈だ。


『枝問4:竜種が人類に対して持ち得る顕在的あるいは潜在的な感情について、以下の項目から当てはまるものを選びなさい』


憎悪、侮蔑、嫌悪、憐憫。

これでもかと並ぶ選択肢はどれも正しい。

竜は人に対してマイナスの感情のみを向けるようになっている。そう造られている。


ならばあのヴァルカンが俺に名前を訊いた理由はなんだったのだろうか。

エンデが去り際に俺を見つめた意味は?


アルテナが笑ったのは俺の気のせいだったのか。

んなわけない。


『はい、おしまい。おつかれ様』


簡単な問題だった。

納得はしてないけど。


次の時間は最悪の魔法実技効果測定だ。



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