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74話 グラウンドを眺めて

五月になった。

なったらどうなるのかと言われれば特に何もない。

四方の校舎に囲まれた中央の窪地になっている人工芝のグラウンド脇。

ベンチに腰を掛けて放課後を過ごす。


俺自身は確かに五月になったからと言って何が変わるわけでもない。

ただ、この国立狩人養成所斑鳩校の雰囲気は先月とは少し異なっている。

一部の学生は『禁猟深度査定』という狩人の実力調査の資格のために気を張ってはいるが、そうではない一般の生徒も僅かながら浮き足立っている。

ひとえに『学内考査』という定例的な行事のせいだ。


学内考査は全生徒を対象にした狩猟能力、問題対処能力のテストである。

それぞれの学年のトップから十人が表彰され一ヶ月ほど晒し者になるらしいが、特にこれと言って報酬はないらしい。

ただまあ名誉なことではあるし、三学年の生徒なら卒業後の就職活動に有利に働くかもしれない。


つまりはその程度のものだ。

当然俺、月詠つくよみハガネもそのテストを受ける決まりになっている。

護国十一家だから免除とかそういうのはない。


実力順で決められたクラス分けにおいて最も優秀とされるA組に所属する以上相応の結果が求められるのは違いない。

護国十一家としては落第でもそこそこ(・・・・)の力はあるとされているからこそ何かしらの爪痕は残さなければならないだろう。


だが一つ問題がある。



「なあ、アストライア。

どこまでバラしていいと思う?」


『知ーらない。思いきって本気でやっちゃいなさいよ!』



いや、それは卑怯だろ……。


左手に埋まってる『雪禍せっか』、まずこれは使えない。

去年の試験内容には教官陣相手の模擬戦があったらしいが、木刀あるいはそれに準ずる直接的な殺傷力の無い武器の使用のみ許可されていたらしい。

雪禍せっかなんて殺傷力そのものだろ。というわけで禁止。


加えて俺の異能である【夕断ゆうだち】も駄目。

こいつはそもそも実戦ですら使用を躊躇うレベルの反戦則アンチルールだ。

同級生を真っ二つにする気はない。


なら手に持つ刀をコーティングするように臙脂えんじ色の鞘を作る異能スキルを持つ手甲てっこう、『よいじのさや』。

こいつも駄目だ。

他の生徒が魔法とステータスだけで戦っているというのに一人迷宮産の武具を身に付けてどうする。


じゃあ黄金に輝く細い腕輪、原始弓を創る『迷閃(ストレイシア)』はどうか。

もちろんNGだ。

不可侵である迷宮の構造物すら破壊する天魔の力を宿した爆破矢を射る異能持ち。

そんなものを学校で使ったらテロリスト扱い待ったなしだ。

…………。



「あれ? 俺どうやって戦うんだ?」



魔法は使えません。

異能は使ったら傷害罪です。

両腕に付けた迷宮産の武具はルール違反です。



『……あーほら、アンタ足速いでしょ』


「…………」



ステータスの存在で形骸化してしまった今は亡き徒競走。

当然試験項目にそんなものはない。


魔法技能の項目もあった筈だが、魔力を持たない身ではな。

いや、アストライアの言い分では俺は魔力は持たずとも魔法は使えるんだったか?


試しにレベルが正数だった時の感触を思い出し、ろくに使えない中で唯一親しんだ氷の魔法の一番目、つまりは最下位に位置する『氷片(ひへん/イスラ)』の発動を試みる。

校内での、というか日本全土で有事以外での魔法の使用は法律で禁止されているが、まあバレないだろう。



「………………」


『…………何やってんの、アンタ?』



簡潔に言えば駄目だった。

魔法にはコツ(・・)というものがある。

赤子が生まれてすぐ無自覚に魔法を放ちまくる、なんて例が存在しないように、自我と自意識 が芽生え、他者の魔法に触れてようやく自分の中にある魔法の資質に気が付く所から始まるのだ。


生まれた時点で人類が使える三十種類の魔法の中からどれが使えるかは決められており、後天的な努力や経験などで別の属性、別の位階の魔法が使えるようになった例はこの一世紀存在しない。

百パーセント才能の世界であり、残酷なことに魔法技能は遺伝する傾向にある。


だからこそ護国十一家や守護の一族は長く君臨することができるのだろう。


それはともかくいよいよ現代的な攻撃手段が無くなった。

唯一、模擬戦形式の試験項目ならば徒手空拳、あるいは木刀を用いて目標をクリアすることは可能だろう。


まさか相手の魔力障壁をぶち抜いて肉体にダメージを与えろなどという無茶な要求はしてこない筈だ。

鉄製の武器などは更に魔力エーテリウムとの相互半減作用が働くために、真剣ならば致命傷である一撃を相手に怪我させること無く命中させられるだろう。

『教官陣相手に一撃与えること』のようなテーマだったら希望はある。


だが近接戦闘力だけが狩人の全てではない。

幾多ある項目の内の一つ抑えても優秀とは言えない。



「………………サボるか」


「何をサボるって?」



ベンチに背を預けた瞬間、俺の頭上から声がかかった。段差の上、首を後ろに倒せば声の主と目が合う。

片側を編み込んだ黒髪ポニーテールの女性、肩には乱暴に木刀を担いでおりとてもガラが悪い。

倉識くらしきソラ』、俺の所属するクラス1-Aの監督教師だった。



「教官、なぜ木刀を?」


「腑抜けた奴の頭をかち割る為に決まってんだろ」



多分冗談ではない。

生半可な魔力障壁ではたとえ木刀であろうとこの人にど突かれれば致命傷になりかねない。

しかし腑抜けた奴とは誰のことか。


「何とぼけた顔してんだ月詠つくよみ

堂々とサボり公言しやがって、ああ?」


「何をサボるかは言ってませんよ」


「どうせ学内考査のことだろうが」


鋭い。

狩人の総合的な能力を指し示す禁猟深度査定において最高位の『金』を持つ国内有数の狩人なだけある。

荒々しくも思考は常に回っていて、気だるげに見えても隙はない。

確かまだ二十代前半の筈だが、どんな経験と努力をすればこうなるんだろうか。


「実は明日は家庭の事情で……」


「学内考査は明後日だ。よかったな」


「………………」


『…………おバカすぎ』


護国十一家切り札、『家庭の事情』を切ったにも関わらず作戦は失敗した。

不発に終わり色々失った。


倉識教官が背後からベンチの背に手を当て、俺の頭上を颯爽と乗り越えて眼前に着地する。

スタイリッシュだ。


「教官、俺は近距離戦闘以外の魔法技能が芳しくありません」


「だからどうした」


「学内考査の結果次第では一部生徒から反発が出ると思います。

『なぜこんな者がA組に在籍しているのか』と」


我ながら情けない言葉だ。

そもそも俺がA組に選ばれたのは月詠つくよみという家柄が理由の大半を占めている筈だ。

最優(・・)たるA組に惜しくも選ばれなかった者たちが俺を酷く憎んでいるのは知っている。

これで俺が学内考査でろくでもない成績を残したら、というか学年十傑に選ばれなかったら色々言われるのは想像がつく。


俺が護国十一家の人間としては出来損ないで、平均より少しだけ優秀程度の実力だというのは知られてはいても、いざそれがはっきりと明るみに出てしまえば悲しいことに俺個人の評判は地に落ちるし、コネでA組に入ったというあながち否定できない謗りを受け入れなければならなくなる。



「どうすればいいですかね」


「んなもんお前が自分でどうにかしろよ」



ごもっともだ。

俺の隣、ベンチに腰掛け足を組む倉識教官。

どうやらこのしょうもない話に付き合ってくれるらしい。

美人教師と放課後一対一で会話など一般的に見れば心踊るシチュエーションだろう。

ちなみに威圧感が凄いので心は踊っていない。



「どうせ月詠つくよみに伝わるセコい異能とか隠し持ってるんだろうが。

バレずに使えよ、その辺を」


「試験では異能は使っていいものなんですか?」


「たりめーだろ。そいつの価値基準を測るのに構成要素の一つである異能スキル縛ってどうすんだ。

今の魔法社会に公平性なんてもんはハナから無いだろ」



言われてみれば確かにそうだった。

ステータスの伸びも、次のレベルに必要な経験値も人によってまちまちだ。

使える魔法も異能の有無もランダムだし、だからこそこの学校では個々人の数値化された能力をデータとして集計せずに、結果だけを必須調査項目として見ている。

進級に際してのレベルのノルマも絶対ではないらしい。


学年すら本来は必要ないのかもしれない。

総獲得経験値は累積していく。

レベルが100を超えた際に迎える成長限界ハンドレッドリミットの存在で成長の極端な鈍化はあれど、微々たる積み重ねでレベルは上がる。

長く生きていればそれだけ人は強くなる。

だが結局はその積み重ねすら誤差に思えるほどにステータスの増加幅の才能というものは残酷だ。


人種だの年齢だのと言ったものが全て気のせいだと思えるくらいに現代の人間の個人の力はピンからキリまでバラバラになっている。

だからこそ皆気にしていないのだろう。

上には上がいるし、下には更に下がいる。

早熟から晩成まで成長速度は様々であり、多くが成長限界に達していない学生の身分では気にするだけ無駄と考える生徒も多いのだろう。


だが、



「倉識教官から、A組からC組のいわゆる『上位クラス』の生徒はどう見えてますか?」


「調子乗りすぎ勘違いしすぎ魔法好きすぎ。

私のガキの頃より魔法優性思想が強く根付いてやがる」



教師としての立場からの発言ではないなと思う反面、この人が今年のA組を任された理由が垣間見える言葉だった。

竜狩りや上位種の獣の掃討作戦、敵性国家や反体制勢力を相手取る対人戦闘など、理想からは程遠い最前線での現実で戦う人間だからこその突き放すような言い方。


魔法優性思想、とはそのまま使用可能な魔法の位階やステータスの数値そのものを信奉した旧態依然の考えだ。

魔法黎明期は特にこの毛色が世界でも強かったらしく、古くからのカースト制度を彷彿とさせる階級社会がよく見られたと記録に残っている。


例えば火の五番目、最上位魔法『旋火燎嵐(せんかりょうらん/フレアドレッド)』。

例えば雷の五番目、最上位魔法『開雷庭園(かいらいていえん/シャルザハル)』。

これらの一部の選ばれた人間のみが使える究極とも言える魔法群は、大陸間弾道ミサイルや戦術核、禁止兵器等で牽制しあっていた時代を一変させた。


まず予測ができない。

人間一人というあまりにちっぽけな存在が上空から放つだけ。

どれだけの対空防衛態勢があろうとも意味はなく、またこれらの魔法の威力は鉄と魔力エーテリウムの相互半減機能があってなお壊滅的な被害をもたらす。


大魔法の撃ち合い。

魔力をリソースにしている以上国力は関係なく個人に依存し、既存の制圧兵器に匹敵する破壊をもたらせど土壌や大気の汚染を全く気にする必要がない。


革命だったと思う。

だからこそ当時の日本を初めとする一部の魔法先進国は大規模な規制を国際社会で提言したのだろう。

侵略されていた小国の一人の大魔法使いが強国の街を落とす。報復に三人の大魔法使いが小国を地図から消す。

そんな事が頻繁に起きては地球から人類はいなくなる。


そう言った流れを経て、魔法優性思想というものはあくまで特定のお家が優れたる証として持っている程度のものに収まった。

戦時下でもないのなら武器が意味を失うように、人が共存の姿勢を相互強制している間はどれだけ強大な魔法を持っていようとかえって邪魔なだけだ。

当然一部の人間がそう言ったものを保有していることで、社会の基盤を引っくり返そうとするろくでもない連中への牽制にはなるけど。


無許可での魔法の使用が禁止されている日本での民間の認識では、魔法やステータスはあくまで有事に役に立つかもしれない程度のものだ。

だが倉識教官の見解ではこの学校に限りそうでもないらしい。



「別に新しい代に限ったことじゃない。

三学年の連中は多少は弁えてる奴がいるが、二学年はお前らと大差無いな」


「……魔法、あるいは魔法力を神聖視している?」


「こんな場所にいる以上どうしても他者との優劣は目につく。

そん時に最初に比べたがるもんなんてのは限られてる。

それがどれだけ儚いものなのか実戦で叩き込まれない内は、目で見てはっきりわかる魔法の威力やそれを可能とする魔力量や魔法力のステータスってのは何にも勝る勲章であり、旧来の意味のステータス(・・・・・)だろ」



どれだけ強力な魔法を、どれだけ沢山放てるか。

国内の狩人養成所に通っている以上、実戦経験と言っても獣管理所の低レベルの戦いやすい相手ぐらいしか用意されていない。

つまりは雑に魔法を撃てば敵は倒れて、レベルは勝手に上がっていくのだ。

駆け引きなどなく痛手は受けず、ボウリングのように一度でどれだけのピンを倒せたかが優劣の争点になる。


近年になって国内の養成所の指導方針にて対人戦闘も重用される傾向にあるが、生徒間でも教師間でもあまり好まれてはいない。

なぜなら面倒だからだ。


超至近距離でのド突き合いに魔法が割り込む余地はほとんどない。

あくまで戦闘の組み立ての基盤となるのは迷宮産の武具かあるいは己の肉体のみ。

ステータスによって高速化された世界の中で魔法とは余りにも悠長であり、牽制に使うか、あるいはとっておきの隙に叩き込む必殺かの二択ぐらいしかなく、余程発動速度や魔力量、改変規模に自信がある者でもない限り魔法主体での近距離戦闘は無理がある。


そんなコンマを争う世界の中で重要なのがステータスとはまた別の『身体操作能力』だ。

要はどれだけ身体を上手く使えるか。

俊敏性の数値が飛び抜けて高かろうと、運動したことのない人間ではそれを活かすことはできない。

意識と魔力エーテリウムの補助機能と肉体が噛み合ってようやく正しい疾さ(・・)が生まれる。


余程の生まれ持った才がない限りは、鍛練でしか身体操作能力は磨かれない。

体捌き、歩法、型、剣槍に始まる各武術、それらの反復とはすなわち苦痛であって、若年の内に好んで没頭する者は多くない。

現に月詠つくよみが指導するシンゲツの下部組織の道場に若い門下生はほとんどいない。



「ま、ぶっ殺し合いに縁が無い奴はそれが健全なんだろうな。

その点私の受け持つA組、特に影谷かげや風霧かざきり含めたお前ら三人は随分血生臭え」


「昔から三人で狩りばかりしてましたからね」



実家が斜向かいにあたる幼馴染みの影谷かげやジンは、俺の親父が引っ越しの挨拶で迷宮産の大盾を送った時からの仲だ。

元々親同士は知人関係にあったらしく、それでジンは盾持ちになり俺やセラと狩りに行くハメになったという。



「しかも影谷曰く、魔法を使う事の方が珍しいそうだな。

特殊部隊にでもなるつもりか」


「全員殴って蹴って斬ってが好きなだけですよ。

セラは『魔法は闘いにおいて無機質すぎる』なんて言ってましたし、ジンは『盾越しの骨と肉の感触を知らない奴は人生の八割を損してる』なんて言ってましたから」


「……ハッ。集まるべくして集まったのかよ」



泥臭い闘いを神格化するわけじゃないが、やはり身一つで猛攻を掻い潜り、連携をもって敵を圧倒するというのはただ魔法で焼き払うよりもずっと意義のあるものだと思っている。


魔法は確かに重要だ。

現代における拠点制圧能力においてはやはり他の追随を許さず、一部の人間の特殊な異能を除けば各属性の五番目の最上位魔法の使用者というものは各国が保有する戦術兵器に他ならない。


だが、折角素早く重く動ける身があるのなら使わない手はないだろう。

火の魔法が使えなくても火炎放射器を使えば敵は燃やせるが、ステータスが設定されていなければ人は徒手空拳では猫にすら負けるのだ。

殴り合おう。ド突き合おう。



「んで、結論は出たのか」


「……試験要項がわからないのではっきりとは言えませんが。

取り敢えず、バレない程度(・・・・・・)に好きにやらせてもらいます」


「上等」



雪禍せっかの白刃を抜かずに【終銀ついのしろがね】を発動する。

卑怯とは言うまい。こちとら魔法を奪われてるのだ。

仮にも名家の長男であり、栄えあるA組の一員として十傑入りを目指そう。



「倉識教官、ありがとうございました」


「怪我だけはさせんな。

それ以外なら私が許可してやるよ」



細く長い指で髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜられる。

撫でるというか揺さぶられたというか、何にせよ立ち上がって去っていく倉識教官はやはり口調は荒くとも優しく頼れる人柄だった。


呆けた午後に五月の日差しと緩い風が染みる。

狩人装束の上着のファスナーに巻いた黒い布が揺れればあの銀髪赤目の幼女を思い出す。



「アルテナはどうしてんのかな」


『さあね』



感傷的になると同時に少しやる気が湧いた。

異能スキルの訓練。高出力化ではなく、その逆。

どれだけ最小限の出力で行使できるか。


平穏の中でも、やっぱり戦いからは逃げられなかった。




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