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73話 さようなら

庶民派カフェ『アザレ』

学生客をメインとしたサービスが売りであり、価格と味の両立を追求して激戦区である『学生通り』の一角で盛況を続けている。

看板メニューは豆からこだわったコーヒーとうたってはいるが、実際は何でもある。

一般家庭で作れるような料理は頼めば何でも出てくるため、メニューにない物を頼む者も割といるらしい。



「アザレのショートを一つ、ブラックベリーのタルトを一つ、それからプレーンのカヌレを一つ。

サイドにブラックをアイスで二つ、オレンジジュースを一つ」



二人がけのソファ席にセラとアルテナ。

向かいの椅子に俺が。

角を丸く削ったモダンな黒テーブルを囲んで仲良く座っている。


銀髪赤目の幼女アルテナは銀髪蒼目の美少女セラをじっと不思議そうに見ている。

壮観な景色だ。並んでいると姉妹の様だし。

後ろを通る客やスタッフの視線を集めるのも無理はない。



「人の姿をした竜、ね。

……ああ、昨日の騒動もこの子に関連したこと?」


「他にも竜がいたってだけだ。

そいつらが神川かみかわ町を襲撃した。

アルテナを探してな」



隠しだてする事なくセラに全て話す。

昨日の夕方頃に旧都東京神田(かんだ)市にてアルテナと出会ったこと。

その後彼女を連れ夜道公園を散策していたら公安に取り囲まれたこと。


その後斑鳩市北区神川町にて竜二体と交戦、のち公安の別部署に取り調べを受け監視されるにまで至ったこと。

こうして並べれば我ながらハードな一日だったと思う。



「……ハガネ君、貴方に言いたいことは山ほどあるけれど。

取り敢えず、彼女は無害ということでいいの?」


「…………アルテナは魔法上手く使えない」


「……だそうだ」



竜の言葉を信じていいものなのか。

見た目が庇護欲を掻き立てるものなだけに騙されてはいないのか。

とまあ考えてはみたものの実際のところこいつに現実的な脅威は感じない。

何せ追われている時から抵抗らしい抵抗もしていないのだ。


ただアルテナが天涯孤独の身と問われれば正直わからない。

例の正体不明のチャットの送り主はおそらくアルテナを何らかの手段で監視し、そして護衛している。

夜道公園での雷撃にしたってそうだ。



「だが俺とお前がこいつを匿っているのは状況的には相当マズい。

何せ公安が血眼になって追っかけてるホシだ」


「私たちの家柄を考えれば直ぐにこの子を突き出すべき。

…………そう言いたいんでしょう」


「ああ。だが……」



俺たちが入店してから新たに入ってきた客は二組の計四人。

だがどちらもカップルのようだし俺を監視していた人間とは全く違う。

外から見張っているのか?

彼ら公安部の狙いはアルテナだろう?


だったら外で俺とアルテナが鉢合わせた時にとっとと包囲すればよかった筈だ。

人の賑わう学生通りだろうとそんなことを気にする公安部ではないだろう。


だが、このカフェに入店してから五分は経ったが未だに何の動きも見られない。

別件で人員を取られた? いや、護国十一家の監視などいくらお役所仕事と言えどぞんざいにしていいものなのか?



「……なあ、アルテナ。

そろそろ聞かせてくれ。お前、なんでこんな世界に来たんだ」



公安の動向はひとまず置いて、今は今しか聞けない話を聞こう。

この幼い竜は何らかの目的を持って人里に降りてきた筈だ。

俺に『竜祭』の予告をして、星の名前を訊いて、本当にそれだけのために無数の危険を冒したのか?

違うだろう。必ず何かある。



「…………アルテナは、人になりたかった」



ヴァルカンもエンデも、人の姿を好んではいなかった。

今思えば彼らは完全に竜に戻ることを望んで『銀』とやらを捜していたのではとも考えてしまう。

このアルテナが鍵なのは間違いないだろう。


そして当のこいつは自ら願って人になったと言う。

願っただけでなれるものなのか?

いや、多分竜の魔法か何かだ。



「お前は自分の意思で竜になったのか?」


「…………アルテナはなりたいって思っただけ。

…………気付いたら翼も鱗も無くなってた」



無自覚な魔法の行使?

それがヴァルカンやエンデと言った他の竜にも波及したのか。

だとしたら追われるのも納得だが、それじゃあ今の状況に説明が付かない。

俺の異能すら読み取って回避するほどずば抜けた知覚能力を持つ強大な竜たちが、科学技術と培った経験でお膝元をローラーしている公安部が、なぜどちらも揃ってアルテナを捉えられない?



「お待たせいたしました」



悩んでいれば配膳台に乗せられたケーキとドリンクが到着する。

俺はシンプルなショートケーキ、セラはベリー系の果実が乗ったタルト、アルテナは飾り気のないシンプルな焼き菓子。

ケーキなんて食ってる場合か。



「アルテナ、フォークは使えるの?」


「…………平気」



食ってる場合みたいだ。

クリームが溶ける前に俺も食おう。

………………。



「じゃあ、アルテナは東京に来たことで人の姿になったのか」


「…………違う。『渓谷』にいた時から」



渓谷……。多分竜境を越えた西側にある竜の住まう地のどこかだろう。

その口ぶりからして共通の言葉と規則ルールを持っているのかもしれない。

竜に高い知性があることは知っていたが、まさか社会と呼べるものまで形成しているかもしれないとは。

ヤバくないか、人類。



「…………でも、アルテナもう帰る」


「帰る?」


「…………人にはなれなかった」



無表情ながら寂しげだ。

長いまつげを伏せがちにして、小さい口でケーキを頬張る幼女。

何をもって人になるのかは俺にはわからないが、まあこれまで人扱いされなかったのはそうだろう。


今だって服の中に隠してある尻尾と、片方だけの角(飾りのようにも見えるので怪しまれてはいない)は残ったままだし、戸籍を取得して小等部に通えるようになるかと言われればすぐには頷けない。



「…………なら、この後服を見に行きましょうか」


「いや、なんでそうなった」



アルテナの口周りを紙ナプキンで拭きながらセラがそんなことを言う。

さながら母親か姉か、髪色が近い(よく見れば反射率が違う気がする)ことも相まって親類縁者のようだ。



「おめかしは女の子の特権だもの」


「……まあいいか。なんかもうよくわからないし」



本来であれば俺たちはとっくに拘束されていて、アルテナは連れ去られるか討たれるかしている。

公安が追っているという事は国が追っているという事だ。

ヴァルカンやエンデの件も相まって今はのんびり状況を俯瞰している余裕などないだろう。


だが妙なことに荒事の気配はまるでなく、三人で優雅にカフェでお茶をしてこの後のショッピングの計画さえ立てている。

先に自分の分を食べ終わったアルテナがセラのケーキをじっと見ている事だから、セラが一口分をフォークで掬って差し出す。

竜面皮ゆえに特に表情も何もないが、多分機嫌はいいのだろう。

今度は俺のも催促されたので皿を出せばセラがまたアルテナの口に運ぶ。


世の中全部こんなんでいいだろ。

喧嘩したら魔法を撃ち合う前にケーキの大食い競争で決めろ。

陰謀だの策謀だのが馬鹿馬鹿しく思えてくる平和具合だ。


この一ヶ月の異常の連続から察するに、絶対このまま平和に終わることなどない。

どうせ誰かが何か企んでいて、誰かが死んで誰かが泣くんだろ。

平穏に近付けば近付くほど警戒するようになってしまったのは悲しいさがだ。


「じゃあ、ハガネ君。お会計お願いね」


「はいよ」


アルテナを連れ手洗いに行ったセラ。

入店時に端末で個人情報の照合は済ませているために、アストライアが悪戯しなければ決済はそのまま済む筈だ。

この間に店内をぐるりと確認する。

やはり何の異常もない。何の違和感もない。


ここまで来ると逆に恐ろしい。

例えば公安の連中があの竜二人とやりあっているとしたら、こっちに人員は割けないだろうしヴァルカンとエンデもアルテナを追えない。

それくらいしか現状の説明がつかない。


取り敢えず店を出て、学生通りに並ぶアパレルショップを外から眺める。

最寄りの駅まで一直線かつ車道が存在しないために道幅は広く、三人で並んで歩いてもなんら邪魔にはならない。

間にアルテナを挟んでめぼしい店をセラと探す。


結局選んだのは複合ビルの一階にある大手メーカーの服屋だった。

大きくハズレる事はないし子供用も取り揃えてるだろうから無難だろう。


防犯対策の端末の認証を済ませ、店内を物色する。

季節は冬から春に変わったばかりだと言うのに、店全体で推しているのは夏物が多い。

アルテナの着られそうな服を探していれば多くが半袖ばかりだ。



「角と尻尾を隠せるからフード付きのパーカーってのは合理的だったんだな……」


「そうね。でも、誰が彼女に服を用意したのかしら。

下着に肌着、ショートパンツにハンカチとキッズローファーまで揃えるなんて」



先ほど店のトイレで確認したのだろう。

今まで考えていなかったが、確かに誰がアルテナにここまで尽くしたんだ?

……あの謎のチャットの送り主という可能性が一番高いが、だとしたら何者なのか。

今も多分どこかで何らかの手段で俺たちを監視している筈だ。


公安よりもずっと熱心に。

何をさせたいのやら。



「これなんてどうかしら」



それほど種類のない子供用コーナーを歩く中でセラが手に取ったのは紺色のフリル付きのワンピースだった。

膝が隠れる程度の長さの丈で、セットの白インナーの長袖と合わせて着ればさながら西洋のお嬢様だ。


……いや、目立ちすぎじゃないかこれ。

それにこれでは尻尾と角が隠れない。



「それなら心配いらないわ」



俺の微妙な顔を読んだのか、セラが先回りして答えを寄越す。

手に持っているのは子供用の黒無地のヘアバンド。


アルテナの角に少しかかる角度で銀の髪の上から巻けば、銀の中に黒のアクセントが生まれ見映えはする。

肝心の角の下にあたる部分は丁度リボンが合わさるが、いまいち隠れているかと言われればそんなことはない。

アルテナの角は五センチほどの牛のそれに近いものだ。

全部隠すのは元より無理か。



「…………アルテナの?」


「ああ。

試着してきたらどうだ?」



まだここに何をしに来たのかわかっていないらしいアルテナをセラが連れて試着室に向かう。

また少し時間ができたので試着室の脇で辺りを簡単に窺うもやはり何の視線も異変もありはしない。

アルテナが隠れ身の異能でも使っているのかと疑うほどだ。



「アストライア、チャットは来てないよな?」


『ぜんぜんね。昨日の連中はなんか忙しそうだけど』


「なに…………?」



いや、公安が多忙に追われているのは予想できたが、なぜアストライアにそれがわかる?



『凄い数の戦術用途通信が斑鳩市から神田市にかけて飛び交ってるもの。

昨日の夜、この端末にもちょっかい掛けてきて大変だったんだから』


「…………俺が非軍用端末を使っているのをいいことに公安の連中がクラッキング、あるいは一部権限のハッキングを試みたのか。

監視をあえて自分から口にしたのも手の内全部晒け出したように見せるブラフかな。

厄介な連中だ」


『でも安心しなさい。この超高性能ウィルスバスターアストライア様がいるからには細菌も木馬も落とし穴も豚も敵じゃないんだから!』


「うーん、頼れる。最高」



というかあのいかにもサイバー領域にも精通してますみたいな白衣の女が率いる連中の情報攻撃から俺の貧弱な端末でよく防衛できたな。

太陽光充電全開にしていてもバッテリーが目減りするだけあるということか。

凄いというか恐い。

これでまたあいつらの俺に対する警戒度が上昇している筈だ。



「じゃなくて、そうだ。

公安の連中が秘匿回線で忙しそうにしてるってのは」


『そのまんまだけど。

民間の衛星通信と違って対電磁波擾乱(じょうらん)に特化してるから通信量の短期の増加がそのままダイレクトに波帯域を圧迫してるの。

なんで非常事態時の緊急連絡用の回線を使ってるのかはわかんない』



護国十一家内にもそう言った秘匿回線のようなものはある。

だが使うことは一切ない。

当然だ。使えばそのまま泣きついたと思われ、助けられてしまえばそのまま大きな貸しになる。

同じ護国に救われようものなら恥だと感じる家がほとんどであり、困り事があろうとも守護の一族や政府に交渉といった形で船を出すのが普通だ。


流石に公安部にそんなみっともないプライドの披露会は無いだろうが、どちらにせよ文字だけでなく音声や映像といったそれなりに容量のかかる通信を頻繁に行うのであれば暗号化した一般回線を用いるのが普通だろう。


考えられるのは非常事態がどこかで起こっているということだ。

それも斑鳩市周辺にて。


当然、渦中にいるのは、



「…………ハガネ、服着た」



試着室から出てきたこの幼女だ。

若干袖の浮く白シャツの上にフリルがあしらわれた紺色のワンピース。

白のソックスと元から掃いていたキッズローファーを合わせ、頭には黒い無地のヘアバンドが結ばれ目映い銀髪をより引き立てている。

お嬢様というかこれでは、



「お姫様、だな」


「ええ。流石に目立ちすぎてどうかと思うくらい」



と言いつつどこか得意気なセラが着付けを終えて試着室から出てくる。

試着室の中の鏡を呆けて眺めているアルテナも満更でもなさそうだ。

浮世離れした見た目にその格好はよく似合っているが、これで街中を歩くというのは角と尻尾が無くても人目を引きそうだ。


未だ不思議そうにしているアルテナの背後に回り決済アプリでワンピースの襟外にくくられたバリュータグを読み取り会計を済ませる。

回収箱にタグを放ればもう着て帰れるというものだ。

親父の謎の振り込みがなくとも払える額だったのはありがたい。



「セラは何も買わないのか?」



と言ったはいいが、こいつは正真正銘の名家のお嬢様で、服など困っていよう筈もない。

ティーン向けのローブランドなどわざわざ買うこともないのか。

無為な問いだった、そう思ったが、



「あら、選んでくれるの?」



悪戯っぽく笑いながらそう返してくる。

今日はずっとこんな感じだ。

俺と違って守護の一族筆頭の次期当主の器を期待されてるだけあって、高等部に入ってからは少し張り詰めた表情が増えていたが、アルテナも交えたこの茶会とショッピングで多少なりとも気がほぐれたなら誘った甲斐もある。



「アルテナとお揃いでいいなら」


「なら貴方も同じものを着なさい」



この女に少女趣味全開の服を着させられるのならそれも悪くないか……?

しかし、月詠つくよみの長男が女装していたとなれば勘当とかそういうレベルではなく物理的に存在を消されるかもしれない。

末代まで語り尽くされるならまだいいが現代では映像証拠まで残ってしまうのだ。

やめよう。



ヘアバンドはセラが決済を済ませ、アルテナが着ていた服は紙袋に入れ店を出る。

気付けば空は夕暮れより少し踏み込んだ色になっている。

段々と日は伸びてきたため時刻の割に暗さはあまり感じないが。


俺とセラは学校指定の狩人装束。

どちらも上がコートタイプのゆったりとした装いであり、この斑鳩市では珍しくもない。

だがその間に挟まっている銀髪赤目の幼女はやはり目立っていた。

良くできすぎた人形のような顔と、紺と白で構成されたシックなワンピーススタイルが、よりただならぬ雰囲気を際立たせている。


…………。

誰も来ない。

俺の想定ならヴァルカンやエンデ、公安の面倒な連中、天魔、護国十一家、鎖木の植物園を初めとした深淵のろくでなし軍団諸々、選り取り見取りで現れても何ら不思議ではなかったが。


街の様子も普通だ。

というかやはり公安の監視が消えている。

物陰に身を潜める者も、空から覗く者も居やしない。



「平和が恐い?」


「……見透かすな」



正確には平穏からの急転直下が恐いだけ。

不意に絶望で頭をぶっ叩かれて現実でシェイクされるのが嫌なだけだ。

だから身構えてしまう。



「ん? アルテナ、その手に持ってるのなんだ?」


「…………頭に付けたやつの余り」



俺の服の袖を掴む手とは逆の手に黒い何かが握られている。

よく見れば先ほど買ったヘアバンドのリボンの予備生地だった。

持ち帰るのか、竜の住みかに。



「…………ハガネと、セラに、あげる」


「おう、ありがたく」



無表情、ではない。

アルテナは少し笑っていた。


半人半竜のこいつに何かしてやりたいと思って、俺もセラも今日は色々と付き合っていた。

多分アルテナにしても悪い気分ではなかったのだと思う。


だがそれだけだ。

こいつは人の世界に居られない。

本人がどれだけ無害で無垢で無防備だろうと、周りがそれを許さない。

セラもそれをわかっていて、それでも服を買うなんて言い出した。



「…………シースとも、お別れだし」



俺が持っていた紙袋の中から小さな白蛇が顔だけ覗かせる。

森林保護区から遠いこんな場所で蛇でも出たらひと騒ぎになってもおかしくないが。


アルテナが手を伸ばせばするするとその手に移る。

蛇って懐くのか? ……いや、竜と蛇の近似性を考えたらもしかして何か交信手段があるのかもしれない。


シースと名付けられた白蛇はアルテナの小さな手の上で何をするでもなく首をもたげている。



「その白蛇とお別れというのは……」


「…………シースは、いられないから」



竜の世界。

衛星写真で本州西側を捉えても、写るのは滅茶苦茶に入り組んだ不毛の地ばかりだ。

『獣』ですらない既存種のごく普通の蛇が生きていける場所じゃない。



「…………ハガネ、あの星の名前」


「……?」


「…………アルテナ、忘れた」



一等星が幾つか空に輝いている。

夕暮れから夜に変わりつつある空で、そう言えばこいつに星の名前を何個か教えたんだったと思い返す。



「…………ハガネとセラの事も、アルテナは忘れるの?」



ああ、多分な。

と言えるほど神経が凍っているわけじゃない。

忘れることが恐いからこその言葉。

竜も人も同じだ。



「じゃ、こうするか」



まずは俺のファスナーにヘアバンドの予備生地の黒い薄布を硬結びで着ける。

次にアルテナの手の上で固まっている白蛇、シースにそっと同じ布を巻く。

流れを汲んだセラは手提げ鞄のストラップホールに。

全く抵抗しない白蛇に少し困惑しつつも、これで全員がアルテナのヘアバンドと同じ黒い布を纏った。



「忘れたんなら思い出せばいい。

星の名前は流石に無理でも、俺とセラ、あとシースの事くらいなら、その頭のバンド見たら思い出せる」


「…………ん」



小さな顎でこくんと頷いたが伝わったと信じたい。

流石に野生に帰る蛇に布をいつまでも巻き付けるのは既存種保護法に引っ掛かりそうなのでほどいてやるが。


「……って、何してんだこいつ」


…………布に自分から絡まってる。

するすると身体を滑らせるのはいいが、どんどんがんじがらめになってないか。


「…………シースも、多分喜んでる」


違う気がするが、まあそれほど困っているようにも見えないしいいか。


いつ、どこに、どうやって帰るのか、アルテナはついぞ言おうとしなかった。

踏み込むのは躊躇われたし、正直こいつを追っているヴァルカンたちや公安の連中に襲われないか気掛かりだが。

こいつには味方がいる。

俺たちじゃない、誰かが確実に。

あの正体不明のチャットの送り主が何者かはわからなくとも、こいつを竜にとっては超危険地帯である斑鳩の地に送ってなお無事に過ごさせる事ができる力の持ち主なのは確かだ。


なら俺が保護者面するのももうここまでだろう。



「今はゴタついてるから、また今度来いよ」


「…………ん」



それだけ言って別れた。

もう会うことはないかもしれない。

もしかしたら明日会うかもしれない。

何となく、そんな気はしなかった。



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