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70話 取り調べ

逆鱗に触れる。

とは、逆立つ竜の鱗に触れ怒りを買うことだが、まさか慣用句ではなく実際に竜に激昂されることになるとは。



『や、ヤバくない……?』



たじろいでいるアストライアの反応も無理はないように思える。

五十年前の竜災後から、『竜』は滅多に人前に姿を現さず、稀に本州西側から迷い出た『はぐれ竜』の出現が狩人界隈で騒がれる程度でしかない。


その末端の竜ですら一般的な職業狩人のステータスでは単身ではほとんど太刀打ちできず、場合によっては護国十一家や民間の狩猟委託組織の上位の狩人にお鉢が回されることも少なくない。



───



ほむらのヴァルカン


Lv.100


体力??/??、魔力??/??



───



そらのエンデ


Lv.100


体力??/??、魔力??/??



───



閲覧可能なステータスを見れば、それぞれの名前とレベルが確認できる。

レベルはたったの100。

俺が今まで天迷宮ダンジョンで狩ってきた異形よりも遥かに低い。


だがこの数字に特に意味はないことも知っている。

『獣』のレベルというものは酷く公平だ。

レベルごとにステータスに振り分けられる数値の総数が全種統一されており、戦う目安としてはわかりやすいことこの上ない。

攻撃力、防御力、魔法力、俊敏性、いずれかに片寄りこそすれ、レベルに見(・・・・・)合わない強さ(・・・・・・)というものは存在しない。


だが竜は違う。

こいつらのステータスは間違いなくあのレベル100を超える獣たちのそれを大きく上回っている。

人間はレベルの上昇に伴ったステータスの上がり幅が個々で大きく異なるが、竜もそれに近い。


同じレベル100の竜であってもその強さはピンキリらしい。

要はヤバい。



『gghaaaaaaaaa────────』



鼓膜をぶち抜く赤い竜の咆哮。

振動数と音圧を雪禍せっかで無効化しているためにきらきらとした氷片が宙を舞う。


次いで跳躍。

巨体がしなやかに跳ね発達した前腕を叩き付けてくる。

当たればどうなるかなど考えたくもない。



「……っ! 速っ」



ギアを上げて余裕をもって回避した筈が叩き付けの風圧に煽られ少しバランスを崩してしまう。

速さ自体は多分人の形態だった頃と変わってはいない。

ただ、竜の身体で同じ速さで暴れられては破壊力は比じゃなくなっている。


割れた地に手をめり込ませた焔のヴァルカン。

なぜ抜かないのかと疑問に思いかけたが、直ぐ様大地が俺に牙を剥いた。

足元が爆ぜて踊り出す。

今日何度も見た竜の土魔法だ。



『─────』



鞭のような振り回した巨大な尾が俺の頭上をかすめる。

通りすぎたと思いきやそのわだちから炎が燃え盛り反撃の糸口を掴ませてくれない。

大雑把と表現すれば隙のようにも思えるかもしれない。

だが実態は凄まじい質量の野生が本能の赴くままに肢体を繰り、範囲と破壊力によるごり押しを可能としている。


デカくて速くて重くて痛い。

最強だ。


唯一の救いと言えば、的が大きくなったことくらいか。



「【夕断ゆうだち】」



二体の竜の瞳は爬虫類によく見られる縦に線が入った割れたような眼だ。

それとぴたりと視線が合うや否や、二体の巨竜はどちらも大地を踏み散らかして大袈裟に回避する。

警戒して当然だ。息を一つ抜けば首が飛ぶ。



「活路は、やっぱこれしかなさそうだな」


『……ねえ、ほんとに戦うの?

ばかのアンタは平気でもアタシはこの端末壊されたら困るんだけど』


「その時はサポートセンターに持ってってやる」



電子の悪霊をデータ復旧する日が来るかもしれない。

でもそのためにはここを切り抜けなければ。


もう斑鳩市北区神川町郊外のこの場所の地形は滅茶苦茶だ。

蛇のように波打つ岩が隆起して、その足元では霜が降りて炎が残っている。

つくづく竜とは規格外だと言わざるを得ない。

こんなものが西側にずっと棲息していて五十年間大きな争いがなかった事の方が異様にも思える。



『上、水! それから後ろ雷!』



チョーカー型形態端末NeXTの全方位カメラをアストライアが活用している。

疑う理由もない。見ることもせずに避けて避け続けて首を刎ねる道をただ走る。


ヴァルカンが天を仰いで咆哮し、その頭上に火球を生む。

エンデがその鋭すぎる爪先で宙をなぞって氷爪の銀弾を装填する。

こいつらの魔法は自由すぎる。


五つの位階、決まった形。

人の使う魔法は術者次第で威力こそ変わるものの、それに至るまでの過程も、出来上がるものの本質も実はそう大きく隔たることはない。


だが二体の竜の魔法はこうも自由だ。

足先で角で尻尾で軌道を描いて、展開円で遊び、踊るように魔法を放つ。

先鋭化した筈の人のそれが児戯に思えるくらい、奔放で開放的だ。



『────aaaaaaaaa』



大気すら鳴動する声に呑まれないように右手に握った雪禍せっかに力を込める。

何度だって激突してやる。

人も竜も、結局どつき合いが好きなんだろ。


どのみち負ければ死ぬのだから、死ぬ寸前まで体温を落とそう。

それだけ雪禍せっかの出力を上げればこいつらを氷付けにできる。

竜が滅ぶにはおあつらえ向けだ。


いざ自刃。

全身全零で死ぬ前に殺す。


業威わざわいけっか───




『……あー。そこの竜二匹、動くなー』



…………。

拡声器? からの声で俺もヴァルカンもエンデも止まってしまった。

夜も殊更、近くに見える神川町の明かりはあるが、今この場所は随分と暗い。

そんな中でどこから声を上げたのか一瞬わからなかったが、俺たちの頭上に降下してきたヘリコプター三機からサーチライトが照射されたことで場は奇妙な空気になってしまう。


状況からして民間か政府か護国十一家かの介入。

だが、ヘリなんて翼持つ巨竜の魔法と膂力の前では落とされて終わりなのによくもまあやる。

何か考えがあるのは間違いなさそうだが。



竜退行ダウン・ドラグレイド反応から八分四十七秒。

……キミたちも、限界じゃないの』



気だるげな女性の声だ。

何らかの勧告を促すには些か覇気に欠けるというか。

だが、今確かに『竜退行ダウン・ドラグレイド』と言っていた。

この二体の竜が姿を思い出した時に言っていた単語だ。



『これより本格的な包囲が始まる。

…………頭のおかしい連中が何人も来るんだよね。

消耗したキミたちじゃ勝てないかも』



それは警告だった。

だが、人類の敵である竜に対して本気で生き延びるために逃げろと言っているわけではないだろう。


これは交渉だ。

これ以上暴れられては困るこの組織と、暴れること自体が目的ではない竜たちとの落としどころの見つけ合い。


焔のヴァルカンは『銀』を探していると言っていた。

おそらくあの銀髪赤目の幼女、アルテナのことだろう。

決して人間の世界で暴れ狂い滅ぶことが本懐ではない筈だ。


雪禍せっかを消せば急に辺りが暗くなったように思える。

俺の存在は捕捉されているだろうが、詳細までは知られていないと願いたい。



『さて、どうするかい』



こうしている時間ですら、この天の声が言うには竜退行ダウン・ドラグレイドの時限は迫っているのだろう。

なぜかこの竜たちは本来の姿が規制されている。

変貌の前の『巻き戻す』『回帰する』と言った言葉からして限定的に竜の姿に戻れるようだが。


赤く炎が揺らめく。

陽炎となって黒く夜闇に消えて、まずヴァルカンが人に成った。

それを見てエンデも。


ヴァルカンの方は少し不満げだが、不機嫌というには少し足りない。

どちらかと言えば興を削がれたことへの気落ちみたいだ。


二人の瞳とぶつかる。

何を言うでもないと思ったが、思いの外見つめられる。

…………?



「……………………名前は」



驚くべきことにヴァルカンはそう訊いてきた。

人への興味など竜にあろう筈がない。

まして塵だの虫けらだのと呼ばれていたというのに。

戦いの中で何か思うところがあったのだろうか。



月詠つくよみハガネ」


「………………鋼の(・・)、次は殺す」



燃えるような赤髪の竜の男、ほむらのヴァルカンはそう言うと背を向けて郊外の更に外れへと歩み出し、翼をはためかせ空へと飛ぶ。

感情に乏しい金髪の竜の女、エンデは依然として無表情ながら、少し俺と目を合わせてヴァルカンの後を追う。

次は殺す。塵を払うでも虫を踏み潰すでもない。

殺してくれる。まるで対等のように。

悪くない。



「ああ、待ってる」



人類の敵であるこの二人は今討伐しなければ斑鳩市、ひいては日本そのものが危ういだろう。

だが俺の方もあの業威血界の行使から若干ガタが来てる気がする。

追っても良い予感はしない。


それに上空で事の成り行きを見守っている連中がむざむざと竜二人を帰すとも思えない。

何らかの追跡手段で完全な殲滅を計らっている筈だ。


得てして強大な竜との戦闘という貴重な経験を積んでしまった。

セラあたりに自慢できるな。いや、言ったらまた怒られそう。

ジンに自慢しよう。


よし、帰ろう。



『どこに行く、月詠つくよみハガネ』



天の声が俺を呼んでる。

どこと言われても帰る場所などあの何もないマンションか、天淵アビスくらいしかないが。



『護国だろうと重要参考人に違いはあるまい。

その身柄、公安狩猟課特捜班『希望室』が預からせてもらう』



気だるげな女の声が頭上に響いていた。

誘拐、尋問、取り調べ。

四月に入ってから得難い経験ばかりで全く嬉しくない。



『連日の捜査でこちらも疲弊していてね。

明日も仕事なんだ。手を煩わせないでくれたまえ』



こっちは明日も学校なんだが。


段々高度を下げてくるヘリコプターたちに囲まれながら、今日も今日とて面倒ごとに肩をすくめざるを得なかった。




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