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68話 花火

斑鳩市北区、神川かみかわ町。

町内に建つ施設の多くがマンションや都営住宅であり、斑鳩市中央部に勤務する狩人のベッドタウンとして知られる地域で今人々は慌ただしさに包まれている。


突如鳴らされた避難警報。

午後十時過ぎということもあってか床についていた者もそれなりにいた中で全員が例外なく叩き起こされた。


サイレンの音色に加え地区消防からの緊急アナウンスが響き、多くの職業狩人は不明勢力の襲撃だと察する。

獣、侵略国家、思想集団。

そういった敵性存在からの攻撃は現代では滅多になくとも、彼らは平和ボケしているわけではなかった。


状況の把握はスムーズに行われた。

都営住宅の幾つかが魔法によって焼かれ、一部のビル群からも煙がたっている。

下手人は誰の目にもすぐに止まった。

なぜなら空にいたから。



「居ねえなあ。塵どもが匿ってんのかあ?」


「提案:居住区の破壊」


「あんま殺すとカシラがうるせえんだけどなあ」



男と女が空で話す。

それぞれが美男美女と言って差し支えないが、彼らは人にあるべき物が無く、人にあってはならない物を持っている。


男のひたいの両端から天に伸びる黒い角。

女の前頭部から歪に歪む白い角。

長い爪、人の皮膚と爬虫類の鱗がまばらに並ぶ腕。

剣を模した尾に、槌を象った尾。

そして原始の姿に近い大きな両翼。


人の心など無い。

竜だから当然だ。



「想起:命令範囲内での殺戮許可」


「はは、まあどのみち半年後(・・・)には全部掃除するしな。

少し減らしてもいいか」



命を奪うことに抵抗など無く、揃って二人は両手に魔力を募らせる。

その威力は人の知る魔法とは比較にならず、矮小な異能や魔法で防ぐ術は無い。

殺す、という意識すら無く、ただ欲しいものを探すために物をどかすような感覚。


閑静な町に破壊の雨が降ると思われた矢先。



「警告:系統不明の『異導スキルライン』を検知」


「……あぁ?」



破壊は彼らからではなく、彼らに対してもたらされた。



「提案:回避───────」



待機状態にあった魔法を握り潰し、はためいてその場を離れた二人。

一秒も経たぬ内に閃光が残像をえぐり、そして爆ぜた。

夜空に光を灯すそれは、二人の使う竜翼の魔法を一瞬掻き乱すほどの爆風を生み、地上にさえ波及する。

切りもみの状態から空を叩きつけるように体勢を立て直した男と女。



「…………誰だァ? 塵の身で悪くねえ威力じゃねえか」


「報告:異導の発生元」



女の方がぴたりと指差したのは、町から大分外れた郊外の闇。

その暗がりの中心に、黄金に光る何かがいる。

煌々と輝きながらもどこか昏さを残すそれは、人とも竜とも異なる存在に思われた。


赤髪の男の方が獰猛さをむき出しにて笑う。

金髪の女の方は氷のような冷たさで俯瞰している。


ぼろぼろの狩人装束を着る二人の興味は、下された命令でも人類の虐殺でもなくなった。



「誘ってやがんなァ? 塵風情が」


「提案:殲滅」



男の方が町に背を向け天に両手をかざす。

夜空の星でも掴むように握り、背を反ったのち振り下ろす。



「『渇涸枯雷カルカドネ』」



番外にあたる竜の魔法が、遠い金色のいる場所に落ちた。

轟音と閃光と、何よりの凄まじい破壊力をもって。

残ったのは半径五十メートル程の巨大なクレーター。木は炭化し橋や旧道と言った人工物は爆風の煽りを受けて消し飛んだ。


背後の町では更に警報がけたたましく鳴っていたが、二人はもはや振り返ることもない。

なぜなら終わっていなかったから。


金は、白へと変わっていた。

大破壊に曝されてなお、平然とそれは立っていた。



「疑問:対象の魔法無効化方法」


「くっ、くはは、は。

消し飛ばしてから訊くかあ?」



抑えがたい衝動に抵抗することなく身を任せ、二体の竜は白く煌めく何かに向かって空を蹴った。




━━━




俺以外の全てが吹き飛んでいた。

雷、というか光と炎と爆発の複合のような魔法。

旧街道はコンクリートごと巻き込まれて土はめくれあがって木は焦げる時間もなく消えた。

大穴と呼んでいいほどの規模の空間がえぐられて命どころか無機物すらいなくなった。


右手に握るは天魔の遺器、『迷閃ストレイシア』。

左手に握るは武者の形見、『雪禍せっか』。

足場は凍ったコンクリート。

俺を中心とした一メートル四方しか残ってない。

雪禍せっかの異能で殺せた魔法はあくまで一部だ。結果として斑鳩市北部郊外の旧街道は更地になった。


原因といえば、こいつらだ。



「発動:『哭泣鳴水レナート』」



抑揚の無い声と同時に放たれる大波。

ほとんど海が襲いかかってきてるようなものだ。

放ったのは金髪の竜の女。

着古された狩人装束を着てはいるが、翼に角に尻尾と人間らしくない要素ばかりだ。



『呑まれるわよ!』


「渡るか」



ビル並の高さに迫った大渦と波。

全て押し流す気か。

右も左も後ろも前も、この津波から逃れられる場所はない。


だから登るしかない。

昇るしかない、空に。



「要求:番外異能の説明」


「言うわけねえだろ」



踏みしめるのは凍てついた大気。

雪禍せっかの異能で凍らせた一瞬を蹴り抜いて空を歩く。

幸い馬鹿げた規模の水の魔法のお陰で大気中の水分量は十分なためにいつもより強く凍てを蹴られる。


左手に握った雪禍せっかで大波の先端を弾いて凍らせさらに飛翔。

高みで睥倪していたこいつらと一瞬並ぶ。

荒々しい雰囲気の赤髪の男と、無機質そのものな金髪の女だ。



「よお、塵」


「追問:番外異能の入手方法」



俺と違ってこいつらは完全に宙に立っている。ホバリングしているわけでもその翼で羽ばたいているわけでもない。

おそらく竜の異能か魔法だろうが、とても興味深い。

魔法の発見から一世紀が経った今でも人は単身では空を飛べない。

空を駆けることしかできない俺からしたら垂涎ものだ。



「【天炎槍ゼルフリート】」


「またそれか」



ゆったりとした時の中で、宙を落ちながら無骨な弓を引き絞る。

放つは爆閃。

両者の距離は二十メートルもない。

景気よくいこう。



「消し飛んでくれ」


ぬりい」



天使が用いる爆破の魔法の再現。

死なばもろともの大爆発。

夜空を照らした大花火だったが、あいにく綺麗なだけだった。


爆発の瞬間、赤髪の男が何かをして、衝撃のほとんどを無効化していた。

反対に雪禍せっかでも爆風までは殺せなかった俺が宙を舞い、同時に下では大津波が更地を喰らっていた。

落ちる前にまた空を蹴り体勢を直し再度突貫する。



「発動:『震振降土ガラガン』」


「……っ!?」



殺された大地が隆起して持ち上がる。

どうなってんだこいつらの魔法。

天災どころか天変地異。

大自然ではなく超自然だ。


突き昇った大地は浅い山の如く。

わかったのは、これは攻撃ではなかったということ。

これは踏みしめるべき大地。



「おい、塵。探し物してんだ」


「望求:捕獲対象の確認情報」



驚くべきことに話し合いの場になった。

だが迷閃ストレイシア雪禍せっかも収める気はない。

常識なんてこいつらには通用しないだろう。



「『銀』を捜してる。死ぬ前に答えろ」



『銀』。

まあ心当たりがないわけではない。

俺の周りにある銀のものと言えば、セラの髪色、雪禍せっかの作る結晶。

そして今日出会った少女。



「なぜ捜す」



竜ともあろう身分でわざわざ人間の世界に降りてくるとは。

随分暇なのか、それとも大至急の用事なのか。



「殺すために決まってんだろうが」


「…………なるほど」



銀髪赤目の幼女、アルテナは正体不明の竜だ。

それでいて仲間っぽいこいつらには追われていて、ついでに人間にも追われている。

何をしたらそんなことになるのか。

気になるな。


気になるから、



「斬るか」


「不通:理解不能」



どんどん行こう。

夜空に花火を五発、決裂の意味で撃ち込んだ。






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[一言] コミュ障しかいねぇ!
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