表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/116

67話 ぶち抜け

幼女に化けた竜、アルテナは去っていった。

とんでもない言葉を残して。



『竜災だって。大丈夫なの?』


「どうだかな」



本当に、どうなんだかわからない。

約五十年前に世界中で同時多発的に発生した竜種による蹂躙、『竜災』。

それ以前では高山地帯でごく稀に見られる程度だった筈の竜が群れをなして大挙し、人はなす術もなく踏み砕かれた。

なにせ既存の兵器は効き目が薄く、民間地域にまで押し寄せられてしまっては狩人個々人での対処が求められてしまう。


当時、世界でも有数の魔法先進国であった日本では九州地方が崩壊し、空から本州に雪崩れ込んできた竜の大群が西日本を荒らしに荒らした。

現在の『竜境りゅうざかい』に当たる旧名滋賀県にて、護国十一家主導のもとぶつかり合い、首魁であった罪竜を討伐し日本での竜災は幕を引いた。


その傷跡は半世紀が過ぎた現在でもなお残り、特に西日本全域は罪竜『せ赤のイフリシア』の放った反生命魔法『赤祝書エンドレッドノート』によって命芽吹かぬ死の国へと変えられてしまった。


当時の事は映像や文献でしか知らないが、もしまたあの千に迫る竜が押し寄せてきた場合どうなるのか。

空を飛び地を這い、特異な魔法を用いて巨体で行進する大敵を前に、今のこの国の狩人たちが真正面からぶつかればどうなるか。



「…………勝てる、だろうな」


『ふーん。まあアンタが頑張ればそうかもね』



いや、俺がどうとかそんな話じゃない。

第一次の竜災を経て世界中が竜の脅威を身をもって知った結果、狩人の魔法、というか戦闘技術は著しく進化した。

それまでの鈍重な魔法の撃ち合いから、数があまり採れない迷宮産の武具を用いた近接戦闘が主流となり、戦闘速度は飛躍的に上昇した。


魔法はあくまで大規模な破壊に際した物であり、竜や獣、人を相手するのならばその膂力を活かして武器を振らざるを得なくなってしまった。

二十一世紀も終わりかけの頃、人は原始を思い出したのだ。

やれ銃だ地雷だミサイルだ核だなどと時代遅れも甚だしい。


その結果が狩人単身の状況解決力の向上だろう。

狩人の総合力の判断基準とされる『禁猟深度査定』における上から三番目の『銅』のランクですら、その身一つでのはぐれ竜の討伐報告が今年なされている。


ましてや『金』である俺のクラスの担任である倉識ソラ教官や、あの音冥おとくらノアであればもはや普通の竜では相手になどならない。



「……それに、竜に大きな動きがあった場合、護国も政府ももう躊躇う事なく広範囲殲滅の手に出るだろうな。

元から焼け野原の西側なんて沈めてもいいくらいの気概でヤバい連中のヤバい異能や魔法で竜を滅ぼすはず」


『へー。国ごと倒すんだ』


「国民の住めない国土に価値を見出だしてないんだろう」



確かに西側の汚染除去は日々少しずつ進んではいるが、再び竜災が起きたならば悠長なことは言っていられない。

本州東側を死んでも守り抜くためには戦場を竜境から西にすることが不可欠だ。

一部の狩人が持つ強大すぎる力を解放してでも早期決着が望まれる。



「なあ、アストライア。

アルテナ(あいつ)はなんで竜祭が近いことを俺たちに伝えたんだろうな」


『さあね。そもそも竜が人になるなんて話も聞いたことないし』



まあアストライアに訊いたところでわかるわけではないか。

こいつも俺の携帯端末に仕込まれた何らかのエラー、またはそれに近い存在であることには違いない。


今この世界は間違いなく変革期にある。

天迷宮ダンジョンの稼働、新体系の魔法『爆破』、加えて『天淵アビス』と呼ばれる謎の場所。

常識が毎日崩れていく中で、人に化けた竜に出会ったこと。

誰かのせいで何かが進行しているのは疑うべくもない。



『ねえ、バカ人間。

アンタどっちの味方するの?』


「…………え?」



何を言っているのだろう。

誰と誰の対立だ?

まさか人間と竜の?


そんなものは問いになってない。

俺が護るべきは月詠つくよみ

俺が斬るべきは立ちはだかるもの全て。

なら背に負うのは人間だし、斬る相手は竜に決まってる。



『だってあの子逃がしたじゃない』


「…………さっき斬ってれば、って言いたいのか?」


『例えば竜が侵攻を企てていたとして、敵情視察に斥候を送るならどんなヤツを送ると思う?』



アストライアの言い分はわかる。

正体こそバレてしまってはいるが、アルテナのあの見た目は人類の敵意から最も離れた場所にあると言っても過言ではない。

真面目に斥候を語るのなら銀髪赤目の幼女と言うのはいささか目立ちすぎるが。


アルテナ本人が何も考えていなくとも、例えばその身に時限型の魔法を仕掛けたり、遠視の力のようなもので人間側の防衛体制を覗かれている可能性は大いにある。



斑鳩市に戻る暗い道を歩きながら考えていれば、遠くでサイレンが鳴っていた。

斑鳩市北部の狩人用の宿舎が多く並ぶベッドタウンである場所ゆえにトラブルはあまり起きることはないはずだが。

タイミングが胡散臭すぎる



「…………この警報音は、……避難勧告か……!?」


『発令場所は斑鳩市神川(かみかわ)町地域消防。

…………うーん、数件の出火の報告の後に鳴らされたみたい』



出火?

そんなものは狩人が多く住むあの町ではなんの問題にもならないはずだ。

水の魔法は多くの人が使える。

そんなことでいちいちサイレンなど鳴らすはずがない。


まさかアルテナが何かしたのか?

俺があいつを野放しにしたことで誰かが不利益を被った?


……いや、そんなどうでもいいことは後で考えればいい。

今は救え。

街は目と鼻の先だ。少し山になっているここからなら明かりが見える程に。


…………?



「人…………?」



街の明かりと月の光。その両方を受けて空に誰かの姿が二つ、照らされている。

どちらもシルエットは人のようだが、そんなことはありえない。

目算一キロ先ほどの上空にいるそれは、なぜなら宙で(・・)立っている。

飛行魔法など存在しない今、人間が空に立つことは不可能だ。



「アストライア! 超望遠!」


『はーいはい』



ディスプレイを投影し、端末の望遠機能で写し取ったものを確認する。

夜闇に立つそれは、確認してみれば間違いなく人の姿をしていた。


だが、人の姿をしているだけで、どちらも人ではなかった。


双角、剣尾。曲単角、槌尾。

そして、



「…………翼」



それが何なのかなど考える必要もなくなった。


竜だ。



「……っ、竜祭ってのはそんなに早く来るもんなのかよ」



走りつつも映像を確認していれば、彼ら、大人の男女に見える竜たちは下界の街を眺めていた。

首を左右に動かしていることから何かを探しているようにも見える。

街の隅から黒い煙が上がっているのが見えてくる。間違いなく彼らの仕業だろう。


片方が手を下にかざしている。

何をする気なのかと問い詰められる距離でもないし、別に訊く必要もなさそうだ。


破壊に決まってる。

憎悪も愉悦も特になく、息をするように命を奪う。


この距離じゃ間に合わない。

雪禍せっか夕断ゆうだちも射程範囲外だ。

間違いなく大勢死ぬ。

大人も子供も関係ない。竜からしたら全部同じ塵だ。

届かないのか?

俺は…………、



『なーに焦ってんのよ。使いなさいよ、アレ(・・)



アストライアの言葉。

アレ(・・)とやらが指す物は限られている。

今俺が身に付けている武具と言えば、

左手に埋め込まれてしまった『雪禍せっか』。

左手の中指に嵌めた『八握爪やつかのつめ』。

右手に通した『宵綴じの鞘』。


そして、



『アイツがアンタに遺したんでしょう?

笑って死んだ天使の形見くらい、使ってあげなさいよ』



右の手首には今、飾り気の無い金の腕輪が着けてある。

あの日、迷宮の吐き出した奇蹟生命体、『天魔ゼルフ』を天淵アビスで見送った時。

崩れるように消えていった男の居た場所にぽつんと残されたもの。


これは他の天魔に渡してやるべきだ。

憎しみしか拠り所のないあいつらには、感情を同じにする仲間しかなかった。

遺された物は、残された人に渡す。

たとえどれだけ人を殺したとしても、どれだけ憎しみを振り撒いたとしても、死んだらそれまで。


葬式も墓参りも生きている人間のためにやるものだ。

死んだ者にできることなんて何一つとしてない。

だから、これは俺のエゴ。



「…………皮肉だな。

人間を滅ぼすほどに憎んでたあいつが遺した武器で人間を助けるなんて」


『でも、最期は憎んでなかったんでしょう』



ああ、そうだ。

雪を見て命を流していたあの天魔は、消えるその時、人のことなど考えていなかった。


急ブレーキ。

靴底をすり減らして無理矢理止まる。

込める力は全て右手に。

舗装されたコンクリートに掌を当て、意識を研ぐ。


右手が人工の大地に沈む。

掴んだのはその更に下。

深い暗い迷宮のようなそれに手を伸ばし掴む。


赤茶色の瓦礫が重なりあって、細長い三日月を作る。

二メートルはあろう赤銅。

つるは無い。

ただ、にぎりのための窪みだけある、彫りかけの像のような原型。

ある筈の物がほとんど無くたって、これは弓だ。



「『迷閃ストレイシア』」



その武器の名を呼べば鼓動する。

黄金のラインが走り出し、俺の右手にまで侵食する。

悪くない。

右手を星と垂直に、左手で見えない矢をつがえる。

身体は半身はんみで、角度は少し上に。


弓なんていつぶりだ。

背と腹に力を入れて引き絞れば、穿つものの熱が聞こえる。


天魔の亡骸に触れたことで憎しみに支配される、なんてことはない。

ただ不謹慎なほどに気分がいい。

この黄金に輝く矢を星空に撃ち放てば、どれだけ美しいか。




「ぶち抜け、【天炎槍ゼルフリート】」




流れ星より眩しい爆閃で、夜を照らせ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] かっこよすぎぃぃぃぃぃぃぃ! オリジンな武器も趣があって良い 星と垂直とか、動作ひとつひとつに作者の天元突破した表現力で出てて震えました [一言] 更新ありがとうござます!毎日楽しみにして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ